8


 黒い風がひゅうひゅうと歓声を上げた。


 そこに対峙する白猫が一匹。眠りから覚まさない少女が一人。そして黒衣の男が一人。踊り回る黒い炎。男は楽しそうに、萌の元へ近寄る。猫は唸り、威嚇する。


「そう怒るな、偉大なる騎士。今は陳腐な白猫よ。私はお前に力を貸しただろう? その礼としてはあまりな態度だな」


 睨む。楽しげに男は笑った。炎は踊り狂い、雄叫びを上げる。


「その猫を焼き殺せ」


 彼は萌を愛しげに抱きしめ、命令した。


 










「おじさん、おばさん! 俊!!」


 慌てて外に出た聡一は呆然と立ち尽くす一家に声をかけた。その中に萌の姿はない。


「まさか、萌は中に?」


 コクリとうなずく俊。萌の母は冷静さを失って泣き出す。父は諦めたように火に包まれた我が家を見ていた。


 聡一は何も考えず、本能のままに自分の庭の水道をひねり、水をかぶる。


「やめろ、聡一さん! この炎じゃ無理だ!」


 俊が止めるが、その言葉は聡一には届かない。そのまま全速力で家に飛び込んだ。


 








 幼い頃から知っている存在を諦めるほど聡一は大人にはなれない。馬鹿げた行動だと思いつつ、階段を上る。


 諦める事は簡単だが、後悔は永遠に残る。


 色々な言い訳をしてきたが、萌が聡一にとって一番大切であるという事にかわりはない。炎が皮膚を焼くが、その痛覚も麻痺したようだ。何でもいい。とにかく萌を助け出す。聡一の頭にはそれしかなかった。


 









「お客さんのようだな」


 聡一がドアを開けると、黒衣の男が白猫に向かって言葉を投げた。この部屋だけは、黒い炎が笑い声を上げながら、乱舞している。その男に萌は抱かれている。


「萌、ルル!」


「ルルと言う名前をもらったのか、お前は」


 黒衣の男は、ニヤニヤして炎を弄ぶ。その炎が聡一に飛んだ。


「何しにきた、客人? よく目が覚めたな」


 炎を間一髪で避け、状況把握をしようとしたが混乱する。


「起きない方が賢明ではあったな。ま、どちらにせよ、彼女はいただく」


「ふざけ──」


 炎がまた飛び、それを避ける。


「発言権を許していない」


「許可してもらう必要もない」


「……身の程知らず、と言うんだよ。そういうのはな」


 炎が固まり、膨らむ。


「みんな死ねばいい。彼女は私のものだ」


 炎を投げ放つ瞬間、白い猫が跳躍した。


 








 私を守ってくださいね、かの龍を征伐した時のように──。


 それはすでに死んだ記憶の断片にすぎないが、彼を強くするのには充分だった。


 

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