6
「………」
萌はガチリと机にかじりついていた。大学受験にそなえて勉毎日戦いである。萌もそれは自覚しているし、定時制ゆえに普通科よりも学力のギャップは否めない。しかし萌は塾や予備校に行くつもりはない。と言うよりも行く必要がない、と言うべきか。聡一という先生がいるのに、必要性を感じない。聡一本人も
『テストだけの勉強なら必要ない』
と言う主張なので、当然の流れだった。定時制で聡一と会う時間が少ないのに、これ以上聡一との時間を減らしたくない、というのが萌の本音だった。聡一の教え方は基本的に答えは教えないし、アドバイスもしない。早く解く方法なんてもっての他だし、傾向と対策など聡一のもっとも嫌うところだ。基本は学校でやっている。それを活かせば、答えはでる。どうしても分からないのなら、ヒントは与える。しかし考えるのは自分だ。最終的な答えを聡一は目を通す。それだけである。
それは分かる。と、ちらりと後ろを見る。聡一はまるで無関心のように、本に夢中になっている。ルルは聡一がすでに読み終えた本を枕に、横になっている。窓からは清々しい風と暖かい光。近所の子供が道路で鬼ごっこしている声が元気よく響く。
「聡一………」
「ん?」
と顔を上げる。萌の言いたい事はだいたい分かるので渋い顔をした。
「外はダメだ」
「う……聡一、なんで分かったの」
「外に行きたげな駄々っ子みたいな顔してれば分かるって」
「私は駄々こねてない」
「今、こねてるだろ」
「私はそんな子どもじゃないもん!」
むきになって萌は怒る。聡一はきょとんとした。ルルは萌の声にやれやれと、欠伸をする。この男は女心の微妙な線に気付いていない。萌は聡一に子ども扱いされるが一番嫌いなのだ。背伸びしているように思われるかも知れないが、精一杯、聡一の横に並んで歩ける女になろうと努力している。そういう所はあの時と全然変わってないとも言える。
「とりあえず今やっている分、頑張れ」
「え?」
萌の目がぱっと輝いた。
「うん」
嬉しそうに。彼はそれを少し寂し気に見ていた。
「ルルも連れていってもいいよね?」
「終わってからにしろよ」
と聡一はすでに行く気になっている萌に苦笑する。ルルも苦笑いを浮かべる。鼻歌歌いながら、問題集に取り組む。似たような光景を一番最初の記憶で見たのを思い出して、笑みがこぼれた。彼女は侍女の目をくぐりぬけて、彼の元にやってくる。半強制的に街を抜け出すように命令をして彼は苦笑いしつつ、馬に乗り街へと下る。そのスピードに彼女は悲鳴を上げながら、喜んでいた。背後に見える城に舌を出しながら。自分の背中につかまる彼女のぬくもりが、今でもそこにある気がした。
「はい、お終い!」
と問題集を聡一に見せる。聡一はゆっくりと答えを確かめ、OKを出した。
「やった! ルル、聡一、行こう」
と勢いよく、部屋を飛び出す。
「やれやれ」
と聡一は苦笑しながらルルを抱き上げた。
「仕方ない、行きますか」
ルルは仕方なさ気に、にゃーと同意した。
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