友達

9月にも関わらず熱気を伴った朝は嫌にまとわりついてくる。屋上へと続く階段の踊り場の静寂が俺たちを包み込む。

俺の目の前には恋草が立っていた。

もちろん告白などでは無いことは知っている。顔も性格も良くない俺が持てるはずはない。

「私と友達になってくれない?」

この言葉が今だけのもの、偽りのものだと知っている。それでも――

「こちらこそよろしく」

俺は一時の関係を容認する。友達なんて今までいたかすら分からないし、初めて向かい合って言われた言葉が心に響いたからだろう。


神宮寺の活躍により準備はスムーズに進み、気付けば文化祭当日になっていた。

周りの生徒は誰とまわるだの、何を食べるだの皆楽しそうに話している。

「陸ー、一緒にまわろうぜ」

岳がニコニコしながら寄ってくる。

「委員の仕事があるから無理だぞ」

「マジかよ」

頬を膨らませて怒ってますアピールをするがすぐに向こうに行ってしまった。

委員の生徒は仕事をするため委員同士でまわらなければならない。友達がいる人には辛いだろう。まあ友達いないんで関係ないんですがね。


他の3人と話しながら歩いていた恋草が速度を遅くして俺の横に来る。

「やっぱり話が弾まないや」

茶色がかったショートカットがはにかむ。

「今のままじゃ嫌なんだよな」

「うん」

「じゃあ、まずあのグループと離れちゃダメだ。ましてや俺といるなんてもっての外だ」

属するグループこそが高校生のリア充か否かの判断基準なのだ。

「けど向こうのグループに入っても気まづくなるだけだよ」

「そうやって逃げてちゃ変われない」

まるで自分を見ているかのようだ。俺は散々に現実から逃げてきた。これはそんな自分への戒めだ。

「努力した奴が必ず報われるなんてことは無い。だけど成功してる奴は必ず変わる努力をしてるんだ。それで失敗したら、また違う行動をとればいいだろ。諦めちゃダメなんだよ!」

俺は失敗の繰り返しで諦めてしまった。だからこそ目の前にいるもう一人の自分には諦めて欲しくない。

「自分に負けるなよ!」

喧騒に満ちた廊下に怒号が響き渡る。小声で言ったつもりだったのだが大きかったようだ。

一瞬の静寂から開放されると生徒達は何事も無かったかのように文化祭を楽しむ。

「どうかした?」

神宮寺が足早に寄ってくる。その後では橘さんと遠藤さんが心配そうに見ている。

「いや、叶えたい夢を諦めようかなって言ってたからつい熱が入っちゃって」

「黒っちいい奴じゃん。恋草さんも夢があるなら諦めちゃダメだよ」

そう言うと神宮寺は歩き始める。

恋草は困ったような目でこちらを見てくるのに対して俺は『今がチャンスだ』と無言で頷く。

何かを決心したかのように軽く拳を握り踵を返して神宮寺について行く。

「……とう」

去り際に何かを呟いていたが文化祭の喧騒にかき消されてしまった。


いつも通りの文化祭。陽キャの陽キャによる陽キャのための文化祭。陽キャがダンスを踊り、軽音楽部が締めを飾り、写真撮影をしている陽キャやリア充を眺めて終わる文化祭。

あの後恋草が俺に話しかけてくることは無かった。文化祭マジックなど無く、陰キャは引き立てるためだけの道具に過ぎないことを理解する。

あるいはあの一瞬が文化祭マジックだったのかもしれない。ほとんど話したことのない女子の相談に乗り自分自身も見つめることが出来た。

それに恋草は『友達』の言葉を聞き、それを守ったに過ぎない。そういうことにしておこう。

そう思うと良い文化祭だったのかもしれない。

窓枠に肘をつき小さく呟く。

「『友達』か……」



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