夕暮れの中で
岳が氷だけになったクリームソーダを吸い続けている。
「おかわりー」
「自分で行ってこい。端っこだろうが」
ぶぅと言いつつも素直に取りに行く。
一方佐伯は聞いたこともない演歌を熱唱している。そして部屋の端っこでは有栖川が横持ちのスマホゲームをしている。何この統一感の無さ。
俺らは今カラオケにいる。『俺ら』というのは俺と岳と佐伯と有栖川だ。謎のメンツではあるが俺が誘ったので仕方がない。
数日前――
昼過ぎにLINEが届く。LINEを交換している人がほぼいないので鬼神のごとき速さで開く。
『カラオケ行かね?』
青春には縁遠い俺は動揺と歓喜を押し殺して淡々と事情を聞く。
その日は高校の近くで花火大会があるらしいが岳は行く人がいないので、憂さ晴らしにカラオケに行きたいそうだ。人数は四人。
岳は連絡取れる人の殆どが花火大会に行くため来れないらしいと言う。けっ、リア充共が。
俺は呼ぶ人がいないことを伝えると、
「前プリン奢ったよな?君食べたよね?」
と脅されてしまった。この間は珍しく気前が良く怪しいと思っていたら、そういう事か。100円だけど。
俺だって勇気を持って女子と交換したこともあった。しかしスタンプの話題しか話すことがなかった。「そのスタンプ面白いね」といった返信しかできなく、やがてお互いスタンプにスタンプで返すことしかしなくなり、気づいたら会話は終わっていた。
他にもグループで俺が話した瞬間に盛り上がっていたトークが凍結する展開が多発。それ以来LINEとは疎遠になっていたのだから誘える人なんていない。
仕方なくグループのメンバーを眺めていると二人の名前を見つける。6時間悩んだ末に追加して要件を手短に伝えた。
その結果が今である。奇跡的に来てくれたもののバラバラ極まりない。
カラオケに来てから小一時間、有栖川はまだ一曲も歌っていない。佐伯は演歌、岳は最近流行りのリア充っぽい歌を歌っている。俺はネオぼっちなので皆に合わせられるように様々なジャンルをかじってある。そのため楽しめるが有栖川には実につまらなそうだ。
俺がそっと有名なアニソンを入れると佐伯と岳が不思議そうに俺を見つめる。
「なにその歌」
「え?知らねーのかよ、結構有名だぞ」
何たる不覚。これでも知らないのかよ。タイトルは知らなくてもサビは知ってる可能性もあるしな。
二人を軽く流してマイクを手に取るとイントロが流れる。
突然有栖川がスマホを机に置いて立ち上がる。そして佐伯の前に置いてあるもう一つのマイクを手に取る。
――かかった!
俺の予想通りだ。アニソンを入れた時点で俺よりオタクな有栖川が知らない筈がない。そして、超有名な曲なので全員で楽しめる。自分が天才だって改めて気づいたぜ。淀木高校の諸葛孔明とは俺の事だ。
室内に美声が響き渡る。何故かフランダースの犬を思い出す。天使のお迎えが……。
半ば幽体離脱しながら歌っていると怪訝そうな顔をした岳からブーイングが飛ぶ。
「音痴なんだから有栖川の歌を邪魔すんな」
俺はそっとマイクの電源を切る。泣きたい。単純だから悪気はないんだろうけど結構傷つく。これだからリア充は嫌なんだ。本人達が何気なく発した一言が次々と非リアの胸を刺してくのだから。
有栖川の熱唱が終わると自然と拍手が起こっていた。
「有栖川くん声きれいだね」
「本当に陸とは比べ物にならねーな」
ぐふっ。油断してたらアッパーが飛んできやがった。
有栖川は顔を赤らめ嬉しそうに俯く。
「そうかな?」
ぐふっ。油断してたらボディブローを思い切りくらってしまった。隣を見ると岳もダメージを受けていた。イケボなのに何故か胸がキュンキュンするぅ……。
有栖川が上目遣いでこっちを見つめる。
「ありがとう」
ぐふっ。上目遣いはヤバいよ。イケボなのに、男の声なのに胸がああああ! 再び隣を見ると岳の頭が柳のように垂れている。今の攻撃で瀕死になってしまったか。げんきのかたまりは無い。しかもセーブし忘れた!
目の前が真っ暗になりかけていると、可愛い女子の声が聞こえてくる。
「まあ、女声も出せるんだけどね」
ぐふっ。両声類とか卑怯だぞ……。隣を見ると岳が痙攣していた。もう辞めて! とっくに彼のライフはゼロよ!
その様子を見て有栖川と佐伯は腹を抱えて笑っている。クソ、一芝居打たれたってか。
それにしても遠足をこの三人と行きたかったと思う。最初こそバラバラだったが結局は仲良くなっているのだから。
グループ分けで余ったあの遠足はそこまで気まづく無かった。ネオぼっちなのでグループ分け以外では班の人とも普通に話せる。加えてネオぼっち奥義の一つ、『溢れ者キャッチ』を使ったことでぼっちにならずに済んだ。集団で歩く時に学生は前から順に二、三人で話しながら移動する。その組み合わせは随時変わるが道幅の狭い時に余った一人が一番後ろに来る。俺は常に後ろで一人スタンバっているので、溢れ者は俺と話すしかなくなる。
このようにネオぼっち奥義でそこそこ普通にやり過ごせるが楽しい思い出には決してならない。誰も俺を見ていないからだ。しかし今日は違う。一つの空気の中に入れていると感じられる。
これが……ぼっちじゃない者の気持ちか。
有栖川も楽しいのか次第にアニソン以外も歌う様になってくる。その度に瀕死になるのだが……。
突然岳のスマホがピロンと通知の音を出す。一瞬目を見開いて固まる。その後周りを見回して休憩中の俺と目が合うがすぐに目線を逸らした。
「どうした?」
岳が話し始めるとちょうど音楽が止む。二人の歌が終わったらしい。
「今神宮寺たちに花火大会誘われたんだ」
ああやっぱり――俺と岳は住んでる世界が違うな。やるせない気持ちを堪えて平常を装う。
「行ってこいよ」
「でも……」
「フリータイムだから俺らはまだ歌ってくけどな。あ、金は置いてけよ?」
岳は一瞬困った顔をしたが、ああと頷く。
「見送りするよ」
自分でも何故こう言ったのか分からないが自然と出ていた。
店員さんにお願いして外に出ると、岳について階段を降りて行く。自動ドアが開くと湿気のある不快な風が顔を撫でる。
「じゃあ行ってくるわ。今日はありがとな」
「花火大会楽しんでこいよ」
岳は手を挙げて応えると小走りしていく。
俺は焼ける空の中で遠ざかっていく後ろ姿を延々と眺めていた。世界には二人だけしかいないかのように静寂に包まれて感じる。嫉妬や憎悪ではなく諦めだけが胸を襲う。あいつは俺と一緒にいてはいけない。カーストが下の奴といるとその人のカーストまで下げてしまう。俺が一番分かっている事だ。
耳に再び都会の喧騒が戻った時には岳の姿が見えなくなっていた。踵を返すと自動ドアに一瞬映った自分の顔を見て立ち止まる。そこには今まで見た中で一番自然な笑顔があった。
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