お兄ちゃんと楽しくショッピング

規則的な音が鼓膜を叩く。徐々に間隔が短くなるメロディーが不快感を覚えさせ、アッチェレランドの終わりと同時に怒涛の攻撃が始まる。もう音楽などあったものではない。

それでも本能的に伸びる手が発生源に届き、時計を取り上げると一瞬驚く。

「もう夏休みか」


夏休み――それは課題という代償をもって青春を手に入れることである。

ある者は部活に勤しみ、ある者は友情に勤しみ、またある者は恋愛に勤しむ。

青春とは人生の春に例えられる時期のことを言うらしい。その理論なら俺は今のところずっと青冬しか味わってないのだが……

青春なんか、リア充なんかクソくらえ。口ではそう言っている俺も本当は羨ましい。けど、口に出さざるを得ない。


「リア充爆ぜろ」

口に出し続けていると本当になるって聞いたことあるが、あれ嘘だろ。

俺は『リア充爆ぜろ』とずっと言っているがリア充はこの世から居なくならない。そして毎年『今年こそは』と言い続けて気付けば16になっていたよ。むしろ口に出した方が叶わない説あるぞ。


「はっ、そんなんだから彼女ができねぇんだよ」

誰だ!兄貴だ。

「ったく、いつから起きてたんだよ」

夏休みに入り大学生の兄、海人は基本昼過ぎに起きてくる。まだ9時過ぎなので起きていないと思っていたらがっつり独り言を聞かれていた。

「つか、兄貴にだけは言われたくねーよ」

かくいう兄も彼女いない歴=年齢である。

「俺の経験から言うとお前は絶対にモテない! 」

「なんでだよ」

すげー気になる。兄貴の事だからどうせろくなこと言わないだろうけど。

「お前は俺に顔が似ているからだ!」

何という説得力。経験則さすがっす、お兄様。こりゃ一生モテなさそうだぞう。個人的には顔面偏差値は中の下だと思ってたんですがね。

「それにしても、なんで可愛い妹じゃなくて不細工な弟なんだろ。女体化しねーかな」

「こっちのセリフだよ! なんでこんな不細工な兄貴なんだよ。可愛いお姉ちゃんをよこせ」

「傷の抉り合いはやめよう。双方辛いだけだぞ」

ラノベだったら可愛い妹か姉がいるもんだろ。現実不条理すぎる。

「そういうのは母さんに言えよ。今から作れよ、って……」

「だあぁぁー!! やめろ。考えたくない」

親のあんな事やこんな事は想像したくもない。俺が1人悶絶していると兄が唐突に呟く。

「今日暇なんだけど」

「そうか」

「ショッピングに行かね?」

「は?」

何が楽しくて兄とショッピングに行かなければならないのか。女子と行くから楽しいのであって、ましてや家族だぞ。

「やだよ」

「1000円やるから」

「行こうか」


はたして連れてこられたのは地元のアニメショップだった。

「てっきりショッピングモールとかだと思ってたわ」

「俺が買い物っつったらそっち系に決まってるだろ」

兄はオタクである。俺もオタクだが、軽度だと自分では思っている。コミケはセーフだよね? 抱き枕とか持ってないし。まだセーフ。まだ一線は超えていない……はず。

そこそこ大きなビルの一角にあるためか平日にも関わらず多くの人がいた。さすがアニメの力。

俺も中学生の頃はオタクでは無かったはずだが高校に入ってからは兄に汚染され、オタクになっていた。12時前には寝ていた生活も気付けば深夜アニメをリアルタイムに見ないと耐えられない体になっていた。

兄を睨みつけようと横を見ると、既にそこにはいなかった。はしゃぎすぎだろ。

一人ぶらぶらとラノベコーナーに向かう。適当に棚の本に手を伸ばすと、柔らかい感触を感じる。そこには細く白い手が伸びていた。これは、恋の予感!

そこに居たのは美少女――ではなく美少年、有栖川 瑶香であった。

お互い即座に手を離し一歩身を引くとしばらく見つめ合う。

「ふふっ」

沈黙から開放されるとに有栖川は笑った。

遂にバレてしまった。俺は学校ではオタクである事を隠していた。それなのにクラスの生徒に現行犯を抑えられるなどあってはならない。もう手遅れですけど。

しかしよくよく考えるとここにいるってことは有栖川もオタクだよな。いや、けどあの超絶美青年だぞ。

「よ、よお」

なるべくラフに挨拶するとペコリと礼儀正しくお辞儀をしてきた。

「こんにちは、黒木くん」

よかった。顔覚えられてないかと思った。

「やっぱりラノベ好きなんですね」

「ああ、うん」

こちらが聞こうとしていた質問が飛んできた。しかし『やっぱり』とはどういう事だ。

「お前も好きなのか。全然知らなかった」

「いわゆるオタクと言うやつですよ」

「俺がオタクってバレてたのか」

「席替えの時に同じオーラを感じ取りましたから。けど他の人には気づかれてないでしょうね」

だからあの時不気味な笑顔をしてたのか。同類を見つけた笑顔か。ビビった。

まあ、他の人にバレてないなら一安心か。

「好きなラノベとかあんの? 」

「アンタレスの落第騎士」

「『アン落』ね。確かこないだアニメ化してたよな」

ふと有栖川が震えているのに気づいた。その震えは徐々に大きくなっていき、そっと口を開く。

「酷かったよね」

「え?」

「アニメオリジナルのストーリーにしただけならまだしも、キスゴ・フミカドを殺したんだぞ! 更にはミス・トネライトの口調が原作と全然違う! そして細部なら許せるが主人公やヒロインの顔まで作画崩壊し……」

「分かった分かった、とりあえず落ち着けって」

しまった、こんな所に地雷があるとは。思い切り踏んでしもうた。これ以上続けのは地雷の上でタップダンス踊るようなものだ。

「読んだことある?」

「まだ無いんだよね」

「今何と?」

殺気! 有栖川くん殺気出てるよ!

「じゃ、じゃあ買ってみようかな」

俺は『アンタレスの落第騎士』を手に取るとレジに向かう。

「本当っ! 」

「ああ。じゃあな」

子供みたいに眼をキラキラさせやがって。

有栖川は嬉しそうに手を振り続けている。

今日600円(税別)を代償をもって有栖川の新たな一面を知ることが出来た。普段であれば高く感じるラノベの値段も安く感じられる。


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