話してみれば何とやら
「どうせ起きてんだろ、陸」
「何だよ」
僅かに顔を上げて岳の方を見る。
「飯食おうぜ」
俺が無言で弁当箱を取り出していると岳は隣の席に腰を下ろす。
「おい、その席は――」
「席借りるよー」
岳が声をかけると少し離れたところから綺麗な声が飛んでくる。
「いいよ」
「お前よく橘さんの席使えるな」
正直リア充には驚かされる。普通に女子の椅子とか使っちゃうんだもんな。
「だって周りの席全部使ってるじゃん」
デカイデカイ声がデカイ。一瞬独り身たちの殺意を感じたぞ。もし人間が気でも使えたものなら俺は確実に死んでたよ。まあ俺はその気を壊す者だけどな。その幻想を何とやら、一部の人間には雰囲気殺し《ムードブレイカー》と呼ばれている。その能力を遺憾無く発揮しすぎて最近では喋ることすら億劫になっております。
そそくさと片付けると俺は再び防御形態をとる。
「じゃ、食い終わったんで少し寝るわ」
目を閉じるとクラス中の喧騒がさっきよりも澄んで耳に入ってくる。俺はこの感覚が意外と好きだ。
「カラオケ楽しかったな、また四人で行こうぜ」
「このキーホルダーかわいー。どこで買ったの?」
これを話しているのがリア充で無ければ尚良いのだが。友達とどこに行っただとか持ち物についてのたわいもない会話とか俺もいつかしてみたいな。はっ、決して羨ましいとか思ってませんとも。ええ虫唾が走ります。
憎い気持ちだけで聞いていると肩が叩かれる。
「寝るんじゃねえ」
何言ってんだコイツは。寝るなだと? 俺から睡眠をとったら何を楽しみにすればいいんだよ。
「暇だから話すぞ」
ええ、暇なのそっちの都合じゃん。しかし俺には昼休みにまで話せるようなやつはいないから意外と嬉しい。
「いいぞよ」
嬉しくてキモい口調になってしまった。
「それにしてもお前寝すぎじゃね?」
「する事ゲームと睡眠くらいしかないし」
岳が一瞬同情するような表情を見せてくる。コイツうぜえ。
「前々から思ってたんだが陸さ寝てる時めっちゃ静かだよな。俺皆にイビキがうるさいって言われるんだけど、そんなうるさい?」
「ああ、うるさいな」
岳のイビキはとにかく大きい。寝ていると扉を閉めていても廊下まで聞こえるほどだ。自分のイビキで目を覚ますこともあるらしい。
「めっちゃどうでもいい話なんだけどさ」
「じゃあ話すな」
「岳と陸って発音似てね?」
結局話すのね。
「割とマジでどうでもいいな」
岳は一瞬捨てられた子犬のような目をして、プイとそっぽを向いてしまった。すねたな。
「もういいよ。俺は寝るもん」
「待て。お前が寝るとうるさいからダメ」
さっきの殺気が本物か周りを見て確認してみる。ダジャレじゃないぞ?
一番前の席なので前には誰もいない。左を向くと謎のイケメン、有栖川 遥香が謎のオーラを放ってスマホをいじっている。席替えの時の笑顔が引っかかっているため警戒中だ。右を向くと岳がイビキをかきかけていた。本当にやめてほしい。違う意味で視線のレーザービームを受けるから。
教室の後方にいる誰かを探しているふりをして真後ろの席も確認するともっさりヘアの男子と目が合ってしまった。
「…………」
気まずい。俺はこの間や空気が一番嫌いなんだよ。なんか話さないと。今こそネオぼっちの力を見せる時。『その雰囲気をぶち殺す』
「元島ってイビキうるさいよな」
「…………」
だから無言だけはやめてくれ。折角ネオぼっちとしての奥義を使ったというのに黙っていては無駄じゃないか。
ネオぼっち奥義の一つ、『約束されし次の話題』。話を盛り上げたい時や沈黙で話す話題に困った時に発動する対人宝具。互いが知っている人物の話題をふることで話を新たに切り開く技だ。
成功する確率は高いが、結局は口ベタなので話が繋がってもすぐに途切れてしまう。
「勉強してたのに悪いな。いつも人前で寝ないように注意してんだけどな」
ちなみにこのシャイボーイは
スクールカーストでは関わる人の地位の高さがそのまま反映される。陰キャと一緒にいると必然的にカーストは低くなり、陽キャといると高くなる。それでもカーストの低い人とグループを組む者が多いのは、グループに属していないのはそれ以上に辛いことだと認識されているからだろう。
そのため、たとえその人に非がなくても関わりたくないと考えてしまう。そもそも俺はそれ以前の話だが……
例えばカースト最上位の超人気者と最底辺のぼっちに同時に一緒に帰るのを誘われたらどっちを選ぶ?超人気者だろう。残酷ではあるがそれが正解だ。いつだって強いものが正しいのだから。
そんなクズ思考をしていると、もっさりシャイボーイこと佐伯が小さな声でつぶく。
「元島くん面白いよね」
「天然っていうかな」
「見てるだけで楽しいよね」
なんだ、普通に話せるじゃねえか。シャイボーイとか言ってすいませんでした。
突然寝ていたはずの岳がガバっと起き上がる。
「恥ずかしいじゃねーか」
「うわ!びっくりした。起きてんならそう言えよ」
佐伯が心臓に手を当て息を深く吐いている。ロングブレスダイエットなるものかな?これ以上痩せたら大変なことになるぞ。
「死ぬかと思った」
「…………」
岳が肩を小刻みに震わしている。
「ぷぷっ、ブワハハハハハハハハ」
俺も岳に続いて、ぷふっと吹き出す。
「なんで笑うのさ!」
「いやな、佐伯って死ぬとかそういう言葉使わないやつだと思ってたから。ごめんごめん」
てっきり佐伯は大人しいだけのやつだと思っていたのだが実際は違うらしい。人は見た目によらずってか。
「ぷわはははははは!」
「お前はいつまで笑ってるんだよ」
佐伯の頬が紅潮してくる。
「もう許さない。そんな事言ってるといたい目みることになるよ」
「いや流石にこの筋肉だるまは倒せないだろ」
「僕、柔道部だからね」
『え?』
驚いたのは俺だけではないようだ。
「全然知らなかった。地味だからてっきり帰宅部かなんかだと」
岳はもう少しオブラートに包むことを覚えた方がいいな。単刀直入過ぎるんだよな。
「元島くんはバスケ部だよね。えーと、黒川くんは?」
「……俺は帰宅部だよ」
「そうなんだ」
「…………」
だから部活を言うのは嫌なんだ。帰宅部なだけで会話が終わるんだもん。俺だってラノベ世界あるあるの珍部活に入ってハーレムしたかったよ! でもこの世界は残酷だ。そんな部活は存在しないし顔が良くないとハーレムにはならないって知ってるもん!
それに比べて岳はバスケ部。多くの学校でカースト上位の部活だ。サッカー部、バスケ部辺りはやはり強い。ますます俺とつるむ理由が分からん。全然わからん。
「違うよ、話してみたら面白いなって思ってさ。話しづらいのかと思ってたから」
まじか、佐伯に言われるとは。結構ショック。
「岳俺ってそんなに話しかけづらい?」
「俺は話しかけやすいと思うけどな。いろんなやつと一緒にいるしな」
それは自分から行かないとぼっちがバレるからな。打上げとかの行事もすごい積極的だしな。皆のお前いらない感が凄いけど。
中学の時の話だ。打上げで人数的に一つのテーブルに入りきれなくリア充と非リアに分けられた。いつもは話す友達も俺の存在なんかは無視するように非リア席に送り込む。そして遅れてきたカーストトップ層の一人を無理矢理詰めてリア充席に座らせた。その笑顔は純粋で下の人からは眩しすぎた。俺はその時友達とは虚偽であり、一生できないものだと悟った。
泣ける! 思わず嫌なことを思い出してしまった。危うく涙が出るところだったわ。まあ俺は単純だからその後もリア充になる努力は怠らなかったけどな。その結果がネオぼっちや。うん、泣ける。
「どうした?」
岳と佐伯が不思議そうに見つめている。
お前らは俺とは違う。ネオぼっちの経験なんか話しても意味が無い。
「何でもね」
もうすぐ休み時間が終わる。
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