席替えという名の駆け引き
「席替えをしようと思う」
担任の熊野 源太郎が言うと教室中がざわつく。誰々と隣になるとか、前の席が良かったなど様々な会話が飛び交う。
席替えとは一種の駆け引き。この駆け引きに失敗したものにはぼっちの道が待っている。
「おいおい、マジかよ」
岳が俺の方に嬉しそうに歩いてくる。
「下手すれば、クラスのアイドル橘さんとも隣になれんじゃね?」
お前は知らない。席替えの恐ろしさを。
駆け引きと言ったが、どの席を引くかではない。
隣になった人にいかに仲良く話しかけられるか、どこまでグイグイ攻めていくかだ。それこそが今後の関係に響いてくるのだ。まあ俺は最初のグループ分けで既に詰んでるだけどな。
「お前はアホかぁ!」
俺が恫喝を入れると岳は軽くたたらを踏む。
「どうせ俺らは相手されねぇのよ」
「いや俺は諦めねえ」
俺は経験に基づいてアドバイスをしてやってるのに。
「まあ、お前は俺と違うからな」
「まあな」
皮肉も軽く流され、さらに白い歯を見せてスマイル。俺の完敗だ。
「お、俺の番だ。行ってくるぜ」
筋肉質の腕をまくりながら引きに行く。
改めて見ると、岳もなかなかのイケメンだ。
体はでかめだが脂肪のそれでは無く、筋肉である。
「あぁ、はぁぁぁぁん」
岳は一瞬オネエみたいな声を出した後こちらに向かってくる。
「橘さんの隣じゃなかったわ」
「で、どこだった?」
「窓側」
処す。そっちの方がいいじゃん。
「まあ、お前も引いてこいよ」
俺が凄い形相になっているのを気づいたのか、早く引くように急かしてくる。
「どうだった?」
「し、し……」
「し?」
「しまったー!!」
あろう事か俺は橘さんの隣を引いてしまったのだ。挙句の果てに一番前の席。なんでラノベ世界の住人は後ろとか窓際ばっかり引くんだよ。確率おかしいだろ!
「良かったじゃん!ずりーな」
確かに普通の人からすればこれ以上にないラッキー展開だ。普通の人からすれば。
いや、確かに俺も嬉しくはある。
しかし、非リアはカーストトップと話しただけで声が震える。どう戦えと?
橘 みかん。種族は美少女。生息地はトップカースト。現存する生物の中で最も可愛いと言っても過言ではない。入学した手の頃には告った同級生が次々と散っていったらしい。メイクに頼るのではなく自分の素質でのみ、数々の生徒を葬っていった悪魔。というかサキュバス。あだ名はみっちゃん。
こんな
「よろしくねっ」
振り返ると艶のある黒のロングヘアーと胸元を揺らす。
か、かわええ!
漫画だったら絶対語尾にハートがついてたぞ。彼氏持ちでなければ、危うく告っていたところだ。
「お、おう。よろしく」
終わった……
橘さんは一瞬ニコっと笑うとすぐに周りの女子とお喋りを始める。
実を言うと、これで俺の印象が終わった訳ではない。そもそも始まってすらいない。
俺は長年のぼっちで気づいたのだ。
Q.リア充は非リアのことをどう思っているか?
A.どうも思っていない。
蔑むこともない。忌避することもない。単純に興味がない。眼中にないのだ。
同じ土俵にすら立てていないとは……
それなのに誰にでも笑顔で話しかけるとか。恐るべしリア充。
俺なんか遅れた提出物を出すために女子に話しかけるのに10分かかるのに。
リア充のコミュ力に驚愕しながら反対側を向く。
目線の先にいるのは一人の美少年、有栖川 遥香。
女子も驚くほどの白く細い手足。長いまつ毛に高い鼻、白みがかった金髪は外国人を思わせる。その整った見た目と名前から女子と間違われることもあるらしい。実際、俺も最初に見た時惚れかけた。
神宮寺を『動』のイケメンだとすると、有栖川は『静』のイケメンだろう。
容姿端麗で無口なため、クールだと女子からの人気も高い。
俺も無口だからモテてもいいはずなのだが……。
イケメンってことはコイツも俺の敵だ、などとくだらないことを考えていると、有栖川と目が合う。
「よ、よろしく」
初めて、自分から挨拶したかもしれない。
よく女子に社交辞令の挨拶をされるが、どもってしまう俺が。
「……よろしく」
有栖川はか細い声で返してくる。
だが、目がそれない。何故か俺の方を見つめている。
これは、実は有栖川が女子で恋が始まるパターンではないか!
否、それは無い。俺はかつてトイレで奴のぶつを確認したのだ――女子かどうか。
もちろん男だったが、俺のような聖剣ではなく木の枝のように粗末なものだった。
となると、実は俺ではなく橘さんを見ている説。
これは濃厚だな。よくあるぼっちの勘違いパターンだ。呼びかけられて振り向くと俺の後ろの人だったみたいなやつだな。何度あれで恥ずかしい思いをしたか。
有栖川が突然口を開く。
「こらからも」
言い終わると携帯を取り出していじり始める。
何だったのか。改めて謎の多いやつだ。
ただ、有栖川が言い終わった直後――奴は軽く口角を上げて微笑んでいた。その笑顔は教室の興奮の残滓とともに俺の脳内にこびり付いていた。
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