治水

(さて困った……。)

城に戻り独り悩む元親。これまででしたら、民が勝手に耕していたところに身の安全を保障することと引き換えに武力でもってみかじめ料を巻き上げさえしておけば良かった。災害が発生しようともそちらの自己責任と言い張りさえすればそれで済んだこと。もっとも民のほうも大雨を想定して開墾していることもあり、特に気にする必要も無かったのでありましたが。

(……こちらから場所を指定した手前……。)

なにかあった際の水の逃げ道として。とお願いすることも出来ないわけではないが。そうなると相手からは当然

「そんないつまで経っても水が引かないような場所で野良仕事なんか出来ねぇぞ!!」

と耕作を放棄されてしまうか。迷惑料として年貢を免除する選択肢も無いわけでは無いのでありますが。そうしてしまうと

(……投資した意味がない……。)

こんなことなら

(……新田開発など奨励しなければ良かった……。)

となってしまう。これが南に海が開けていても強烈な風雨に晒される事が無い。かつての北海道東部地方であれば問題無いのではありますが。ここは土佐。農繁期に容赦なく大雨が襲い掛かって来る。もっともこの雨の恵みにより耕作することが出来ているのも、また事実なのではありますが。如何せん雨が多過ぎる。これを制御出来ないことには折角の新田から新たな富を得ることは適わない。

(……やらざるを得ないのか……。)

と長谷部家総出で治水事業に取り掛かるのでありましたが。これまでの地形を鑑みての田んぼでありましたら、全てが想定内の事象でありますので変なことをしなければ問題無かったのでありましたが、今回対象となっている地域は基本。何かあった際には須らく水が浸かることになる場所でありますので、過去の言い伝えを頼りすることは出来ない。強く高い堤を築かなければならなくなった。その堤を作るにしてもただ高いものを作れば良いわけではなく、当時のメインストリートが水運であるため、一気に真っすぐ勢いよく水を海に向かって注ぎ込ませれば良いわけではない。船が行き来するのに支障のない流れを維持しながらみずみちに作られた新田を水から守らなければならない。勿論その水を稲の育成に活用出来なければ意味がない。そのためには様々な分野に精通していなければならない。ただ力任せでどうこう出来る代物ではもはやなくなってしまっている。と、ここで問題となったのが『久剛親信の政治力』。

武勇に秀で。いくさ場において部隊を任せることの出来る親信でありましたが、天は二物を与えずと言うのでありましょうか。残念ながらその才は水を治めるところまでには行き届いてはおらず。もっともこれもあんな危険地帯に新田なんぞを奨励しなければ顕在化することは無かったのでありましたが。誰ですか?そんな無謀なことを仕出かしたのは!?幾ら資金を預けようとも何処か問題点を残す代物しか拵えてはこない……。そのため折角の志願ではございますが

「予算が足りませぬ。」

とやんわりお引き取り願わざるを得ない。なかなか彼の忠誠度を高めるまでには至らない。もどかしいところなのではありますが。効果が出なければ仕方なし。ほかの分野で。となるのでありますが、この治水。開墾とは異なり、一挙に大きな成果を。と言うわけには参らず。

(1つ1つコツコツと成果を積み上げていくしかない。)

で。半年近い月日を費やし、やっと1割?のところで

(台風……。)

(……また1からやり直しか……。)

こうなったら少しでも工期を縮めるしかない。もちろん手抜きなどせず。

(手抜きをしますと、手抜きをした分。結局自分に戻ってくることになりますので……。)

となると同じ資金。同じ労力を費やした場合。より大きな効果を産み出すことの出来るものに委ねる必要があります。それだけの能力を長谷部家の中で有しているモノと言えば……

(……私だけなのか……。)

元親は水と格闘する日々を過ごすのでありました。

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