第4話 四日目 サンドウィッチ 小説家になるためのその2

「ドン! ドン! ドン!」

「先生、先生、起きて下さい。弟子第一号です」

 紛れもなくあいつの声だ。まったく朝っぱらから騒々しいやつだ。ここは安アパートの、しかも真ん中の部屋――右隣は空き部屋だけど――なんだから、近所迷惑になるじゃないか。一度先生として、ビシッと説教をしてやる必要があるな。と一瞬思ったが、とてもできそうもないことを悟り、ため息をついてしまう。やっぱりダメだ。根が小心者の俺は、あいつの一途な性格と迫力にはどうしても対抗することができない。

 鍵を開けてやると一昨日と同じように、北瑠が勢いよく部屋へ飛び込んできた。

「先生。今日はちゃんと、待っていてくれたのですね」

 朝からご挨拶だな。それは新手の嫌味か? そう思いながらも、当然のことながら口にはしていない。

「お早う。北瑠はいつも、朝が早いんだな」

 少しの皮肉を交えて言ってやったつもりだが、これも北瑠には通じていない。

「先生。もう朝食を済ませした? まだでしたら私サンドウィッチを作ってきたので、一緒に食べませんか?」

 北瑠はそう言いながらバッグから、可愛い子猫柄のナフキンで包まれている、お弁当箱らしきものを取りだした。

「えっ」

 まったく予想もしていなかった俺にとって、またまたベタな表現で恐縮しまくりなのだが、これは青天の霹靂だった――もちろん悪い方の意味では無く。

 まさか北瑠が俺のために、サンドウィッチを作ってきてくれたなんて。嬉しすぎて、俺の中の危ない衝動が再び目覚めかけた。まあ、まだそれを抑える理性は持っているつもりだが。

「昨日もその前も、ビッグドリームで先生に奢ってもらってばっかりだったので、何かお返しをしようと思って……」

 北瑠は照れていたのか、少しはにかんだ様子で視線を逸らせながら、何か言い訳をするようにそう呟いた。

「ありがとう。実はさっき起きたばっかりなので、まだ何も食べていないんだ。今コーヒーを淹れるから一緒に食べようか」

「それなら私がコーヒーを淹れます。先生は先に顔を洗って、着替えをしておいて下さい」

 なんだか良い展開になってきたな。こういうことなら、弟子を持つのもいいかも。つい俺は、そんな不埒なことを考えてしまった。許してほしい。

 その後、俺と北瑠が仲良く、北瑠手作りのサンドウィッチで朝食を取ったことは、言うまでもない。しかし、その幸せすぎる様子を事細かに述べても、犬も食わないし猫もそっぽを向くので割愛させていただく。


「それでは小説家になるためのその二、ジャンルについて始めよう」

 講義をする前に、俺も一応先生らしくそう宣言した。北瑠と二人、いい雰囲気になった後なので、少し照れくさくはあるのだが。

 北瑠が一昨日の掃除で空けてくれたスペースには、小さくて古いやぐら炬燵を置いていた。春なので、もちろん炬燵に布団は掛けていない。

 俺はいつも愛用している、薄汚れてペチャンコに押しつぶされたクッションを使っていたが、北瑠の方は、いつ引っ張り出してきたのか普段陽の目を見る事のなかった、たった一つしかないふかふかの客用座布団を当然のように使用していた。しかもかなり上等の。やっぱり俺達の師弟関係は逆転している。

 俺と北瑠が向かい合っているその場所は、座るスペースを含めても二畳程度の広さ――いや、広さというよりは狭さと言うべきか。

 狭いながらも、そこが俺達師弟の、神聖なる教場となっていた。神聖とは、辞書で調べてみると『尊くて侵しがたいこと、清浄でけがれないこと』とある。残念なことに、全然当てはまらない。

「北瑠は、小説のジャンルで思い当たるものは、どういうものがある?」

 小さくて古いやぐら炬燵の、向かい側に端座する北瑠に訊いてみた。こういった質問から入るのも、講義のテクニックのひとつである。我ながら上々のスタートを切れたと、自己満足。

「そうですね……推理小説とか歴史小説とか、それに恋愛小説とかもありますよね」

 北瑠は俺の振った質問にも、素直に答えてくれる。これで講義がやり易くなった。

「そうだね。後、細かく言えば、ホラーやミステリー、SF、ファンタジー、青春、コメディ、アクション、バトル何かだね。あっ、そうそう、ハードボイルドなんかもあるよね。それから、北瑠は嫌うかも知れないけれど、官能小説も小説のジャンルのひとつになるんだよ。細かく分ければ、もっといろんなジャンルがあるのかも知れないけれど、それは取り敢えず置いておくとして、これらの分野については特に説明をしなくても、だいたいどういうものかは想像つくよね」

「正しいかどうかは分かりませんが、ある程度はイメージが湧いてきます」

「ではもう少し、イメージしにくい分類についても考えてみようか」

「今言ったジャンル分け以外にも、あるのですか?」

「そう、分類の仕方にもいろいろあって、例えば芸術性という面での分類の仕方では、大きく分けると、純文学と大衆娯楽小説の二つに分けられるんだ。純文学は芥川賞、大衆娯楽小説は直木賞という文学賞が有名だよね。大衆娯楽小説はエンターテイメント小説とも言われ、これは範囲が広すぎてこれだけでは分類しきれないんだよ」

「大衆娯楽っていう位だから、面白い小説なんですよね」

「そのとおり。だけど面白いというのは、すごく範囲が広いんだ」

「例えば、どういうものなのですか?」

「まず純文学については、今更説明しなくてもある程度分るよね? それ以外を十把一絡げにして大衆娯楽小説と言うのだけれど、その中でも、他の大衆娯楽小説に比べて芸術性が高く、純文学に次ぐ程の位置を占めるような分野と、逆にライトノベルのように、芸術性はあまり関係なく、面白ければ良しとする分野もあるんだ。まあ、最近ではライトノベルも、レベルが相当に上がってきているようだけどね」

「大衆娯楽小説で芸術性ですか」

 どこか釈然としないようだが、北瑠がそう思うのも無理はない。俺自身が疑問に思っているのだから。只、これを言いだすときりがないのでスルーしているだけである。

「先に述べた直木賞やその他文芸雑誌が主宰する新人賞なんかは、芸術性を色濃く残した小説の方を対象としているんだ。敢えて分類するとすれば、文芸小説ということになるのかな。まあ、勝手に付けた名称なので、適切なのかどうかは分らないけどね」

「でも小説を書くのに、分類やジャンルって何か関係があるのですか?」

「そこなんだ。分類やジャンルと同じようにカテゴリーという言葉もあって、例えば、ある新人賞に応募しようとしても、その新人賞が求めている分野、ジャンル、カテゴリーでない場合は、全てカテゴリーエラーとして無条件に排除されてしまうんだ」

「えっ、小説の善し悪しじゃなく、そんなことで落とされちゃうのですか?」

「そういうことだね。まあ、純文学のところに、それ以外のものを送ることはめったにないとは思うけど、大衆娯楽小説は範囲が広いだけに、募集側は芸術性の比較的高い文芸小説なるものを求めているのに、同じ大衆娯楽小説で括られる、例えばライトノベルで応募してしまうとカテゴリーエラーということになってしまうんだよ。その逆の場合でも、同じことが言えるのだけどね」

「同じ大衆娯楽小説でもダメなのですね」

「実は、この大衆娯楽小説、別名エンターテイメント小説というのが曲者で、これをうたっている文学賞や新人賞のほとんどが募集要項に『ジャンル不問』としているのだけれど、文芸雑誌系の賞だと、芸術性のあまり高くない小説は全てカテゴリーエラーになってしまうらしい。やっぱり魔宮や迷宮や異世界や魔法や魔王や妖精やバトルや萌えなんていうのとは、ちょっと違うんだろうな」

「『ジャンル不問』は、信用できないっていうことですか?」

「どういう分類の仕方で分けた『ジャンル』かにもよるのだけどね。だから、自分が書こうとしている、または書いた小説と、そしてこれから応募しようとしている新人賞が、どんな分野、ジャンル、カテゴリーなのかを十分知っておかないと、失敗してしまうことになるんだよ」

 今から考えると、この場合の『ジャンル不問』とは、恋愛でも推理でもホラーでも時代小説でも良いが、あくまでも文芸的な小説という事が前提になっているようだ。

 文芸的な作品なら、あやかしでもSFでもタイムスリップでもOKだと思うが、魔境や魔王やヒーローやヒロインや妖精や萌えなどのライトノベルでは、やはりダメなのだと思う。

 但し、ライトノベルにはそれ専用の新人賞が、現在では多数存在するので、その小説に合ったところを選択すれば良いだけのことではあるのだが。

「でも、複数のジャンルにまたがっているものは、どうなるのですか?」

「そうだなあ……最近は複数にまたがる作品が、増えてきているようだからね。例えば、恋愛とコメディをミックスしたラブコメみたいに。それ以外でも大どんでん返しが当たり前のようになってきている現在では、ミステリーや推理小説の要素が、それ以外のジャンルのほとんどの小説で取り入れられているからね。作品の主となるジャンルが複数ある場合は、それが募集している側の求めているジャンルと、少なくともどちらか一方が正しく一致していなければならないと思うよ。多分」

 一方が正しく一致しているのならば、もう一方はプラスアルファーとして考えられ、作品の価値を高めてくれるが、中途半端な一致では、逆効果になりかねないのである。

「私、純文学は無理みたいなので大衆娯楽小説しかないかと思っていたのですけど、その中でも、もっと細かくジャンルとかカテゴリーというものを考えておかないといけないのですね」

「そういうことだね。例えばなんだけど、若者向けとして括られるライトノベルの中でも、読者ターゲットが十代男子中心とか、逆に若い女子対象とか、また少し大人向けとかあって、更にはBLというボーイズラブなんかもあるので、もっと細分化して見極めないとライトノベルという括りだけでも判断はできないんだ」

「先生。見極めると言ってもとても難しいと思うのですが、どうやって判断すれば良いのですか?」

「文芸雑誌系の文学賞なら、その雑誌を読むことで、ある程度求めている小説の雰囲気は掴めるんじゃないかな。それに、その文学賞の過去の受賞作や書評を読めば、ダイレクトに傾向を知ることができると思うよ。書評の中にはヒントが散りばめられているから、それを参考にして対策を立てることもできると思うんだ」

 これは応募する前に、最低限必要な作業だった。どんなにレベルの高い作品でも、小説の募集に対して俳句や短歌で応募してしまっては、良い結果が得られないのと同じで、求められているものが何かを探るのは、とても重要な事なのである。

「そうなんですか。分類とかジャンルとかカテゴリーを、見極めたり判断をしたりするというのは、とても大切で難しいものなんですね」

「分類やジャンルやカテゴリーの他にレーベルという言葉もあって、それらの言葉をどういうふうに使い分けしているのかは、とても微妙で俺もよく分らないのだけれど、それぞれそれに合わない作品はエラーとして排除されてしまうみたいだね」

「じゃあ、自分の書く小説と、それで応募しようという新人賞との、マッチングを考えなければならないということですか」

「そのとおり。そのマッチングができてこそ、初めて、その作品の実力が発揮できるということさ」

「自分の書いた作品だけではなく、相手の文学賞についても知らなければならないということですね」

「そう、少しニュアンスは違うのだけれど、諺にも『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』とあるようにね」

「先生は難しい諺を知っているのですね」

「そんなに難しいことではないのだけれど、これでも一応文筆家だからね」

 このような他愛もないことでも、北瑠は大げさに感心してくれる。俺はなんだか面映ゆくてならない。

「ところで、先生はどんなジャンルの小説を書いているのですか?」

「俺か? 何だか答えにくい質問だな」

 北瑠は素直に講義を聞きながらも、ときどきこのような不意打ちの質問を繰り出してくる。これには俺もなんだか戸惑ってしまった。

「俺も最初は書きたいものを書いていたので、文芸雑誌系とライトノベルの隙間みたいな大衆娯楽小説になってしまったんだ。それも、どちらかというとコメディ色の強い。でも、これってとっても中途半端なんだよね」

「中途半端って?」

「そうなんだ。新人賞に応募する時に、文芸雑誌系ではライトノベルっぽいってことでカテゴリーエラーにされる可能性が高くなってしまって、逆にライトノベルではほとんどが十代男子対象で、魔宮や迷宮や異世界や魔法や魔王や妖精とかの、冒険やSFやファンタジーの要素が求められて、更にバトルなどのアクションシーンや萌えの要素も要求されるので、こっちでもカテゴリーエラーになってしまうんだよ」

「文芸雑誌系でもライトノベル系でもダメなのですか?」

「実はコメディ小説は、新人賞では難しいジャンルと言えるんだ」

 コメディ小説は文芸小説ともライトノベルとも言い難く、もちろん純文学でないのは明白で、他の分野に比べると新人賞や文学賞では受け入れにくい、ニッチな分野なのかも知れない。俺はついこの間まで、この迷宮を彷徨っていたような気がする。

「じゃあ、応募できる新人賞はないということですか?」

「いや、それが最近、ライトノベルでも大人向けのレーベルが、数は少ないけれど立ちあがってきたので、その方向で考えていくしかないのかなとは思っているんだ。多少コメディ色が強くても、読者ターゲットや主人公が十代でなくても、大人向けのライトノベルなら受け入れてもらえるんじゃないかと」

「先生も苦労しているのですね」

「あたりまえだよ。だから他のジャンルにもチャレンジしようと、いろいろと研究している最中さ。北瑠の嫌う官能小説だけは資料がなくなっちゃったので、今は封印しているけどね」

「もう~先生。すごく未練たらしいです」

「冗談はさておいて、北瑠は小説家になりたいということだけど、それには現在では先に述べた新人賞や文学賞の狭き門を、是が非でも突破しなければならないんだ」

「他に方法はないのですか?」

「昔は出版社や編集者に直接の持ち込みとかもあったようだけど、現在ではほとんどなくなったらしい。考えてみれば当然のことで、もし持ち込みを許してしまうと、そこには何千何万もの作品が集中して、収拾がつかなくなるからなんだよ」

「そんなにたくさんですか?」

「現在、新人賞や文学賞がどれほどあるかは正確には分らないけれど、少なくとも年間何十もあって、それぞれが数百から千何百もの作品の応募があるので、もしそれらが集中してしまうと、どれ位になるのか分らないからね。結局、持ち込みは一切受け付けないというのが、業界の常識になってしまったんだ」

「じゃあ、小説家になるには新人賞や文学賞で入選するしかないってことですね」

「それ以外の道もないことはないのだけれど、可能性が極めて低いので、残念ながら現在のところはたとえ難しくても、賞を取るのが一番の近道と言えそうだね」

「応募しても、入賞できなければ小説家になれないのですか?」

「基本はそうなんだけど、稀に落選した応募作品でも、たまたま編集者の目に留まって、その強い推しによって出版になるケースもあるみたいだから、取り敢えず最終選考に残る位にはなりたいよね」

「先生。私も早く小説を書いて、新人賞に応募したくなりました」

「北瑠はせっかちだな。まだまだ小説を書く前に知っておきたいことが、たくさんあるのだから」

「まだ小説を書くのは無理ですか?」

「まあ、無理っていうことじゃないけれど、最低限のことは知った上で書き始めないと無駄になってしまうからね。だから北瑠には、そんな無駄なことはさせたくないんだよ」

「先生、ありがとうございます。北瑠はどこまでも、とことん先生についていきます」

『どこまでも』とか『とことん』などと言われても困るのだけれど、そこには触れずに敢えてスルーしておく。

「まかしとけって言いたいところだけど、こればっかりはやってみないと分らないからな……というところで、今回の小説家になるためのその二は終了しよう」

 そろそろ話すネタもなくなってきたこともあり、俺は少し唐突かとは思ったが、強引に講義を打ち切ることにした。

 しかし、今回は長い講義になってしまったな。もっと簡単にすませるつもりだったのだのに、あまりにも北瑠が熱心なので俺もついつい乗せられてしまった。北瑠のやつ、疲れていないかな。結構疲れやすい体質だからな。特に頭は。

「北瑠……疲れていないか? 頭は大丈夫かい」

「先生。それって、どういう意味ですか? 失礼しちゃう」

 何故か北瑠は、ホッペをこれ以上は無理というところまで膨らませながら、プンプンとして怒りだした。

 えっ、なに? どういうこと? せっかく人が親切に心配してあげているのに。自分の頭が『困ったちゃん』なのを自覚していないのか。

「いや……別に深い意味はないんだけど、なれない話を聞かされて疲れたんじゃないかと思って」

 先生の俺が、どうしてこんな言い訳をしなければならないのだ。やはりこの師弟関係はどこか間違っている。

「冗談ですよ、先生。先生があまりにも私のことを子供扱いにするものだから、ちょっぴり反抗してみたかっただけです」

 そう言うと北瑠はペロリと舌を出して、にこやかな笑顔に戻った。

 なんだ、こいつは。大人をからかっていただけなのか。悪い娘だ。これだから近頃の若い女は信用できない。まともに信用してしまうと、純情な大人はいつも振り回されてしまうのだ。純情な大人というのが存在するものなのか、俺が純情かどうかについてはこの際置いておく。

 よくよく考えてみると、こいつを始めて見たときから四日間、ずっと振り回されっぱなしだったような気がする。

 弟子を持つということは、大変なことなんだなと改めて痛感しながら、これからも北瑠に振り回され続けるのかと思うと、なんだか朝の幸せな気分が少し萎えてしまった。

「ところで先生。明日のテーマはなんですか?」

 悪い娘の冗談に振り回されながらも、ようやく講義を終了することができて少し気が緩んでいたとことに、またまた北瑠の不意打ちが襲いかかる。

「そうだなあ……『文章作法の基本と禁則事項』にしようか。あまり周辺ばかりをなぞっていても退屈だろうから、実際に文章を書く上での最低限必要な決まりごとを押さえておこうと思うんだ」

 不意打ちの質問に対して、咄嗟にもっともらしいテーマを掲げてしまった。でもこれって内容的には、小学生の作文を書く時の基本と同じなんだよな。

「『文章作法の基本と禁則事項』なんて、やっと小説を書くぞっていうテーマになってきましたね、先生。楽しみです。明日も逃げ出さないで待っていて下さいね」

 北瑠は、俺のもっともらしいテーマに惑わされているようだった。しかし、その後にさらりと嫌味なことも付け加えてくる。こんな言い方をしているようでは、まだ昨日のことを根に持っているのだろう。意外としつこいタイプなのかも知れない。

「そのことなんだけど、明日は午前中に新作のプロットを考えないといけないので、午後からビッグドリームでしようと思うんだ。それでどうだい?」

「分りました。それで時間は何時からですか?」

「お店がすいている時間帯がいいので、午後二時からにしよう」

「それじゃあ、先生。明日もよろしくお願いしますね」

 北瑠はそう言って、上機嫌で帰っていった。やれやれ、これで明日の朝は近所迷惑にならずに済みそうだ。

 午前中に新作プロットを考えるというのは、半分本当で半分は方便だった。やはり先生としては、弟子が連日のようにご近所様にご迷惑をかけるのを、なんとかして回避しなければならないからな。

 それに何よりも、部屋の外で「先生」とか「弟子第一号です」とか叫ばれると、恥ずかしくてならない。俺だって人並みの羞恥心はあるつもりだ。

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