八頁、辿り着いた者

「まさかこんなに早く来るとはな」


「早く?未来予知でもできるのか」


「いいや。ただ占っただけだ、私は運命に過敏でね。何かとつけて占いでどうなるかの予測をある程度立てないと気が済まない」


人数分のカップに茶を注ぎながら、賢魔は言った。後ろ姿を見ると、まるで隙だらけだが……占うと言っているだけで実際は本当に未来を予知している可能性だってありうる。下手に手を出すことはそもそも許されない。


「さあ、座るといい。安心したまえ、罠を自宅に設置するほど、危ない橋を渡っちゃいない」


「人でもないお前にそう言われても、信用ならんのだがな」


「それは君も同じだろう。不死性を持った生命体を、ヒトと言えるのか?ともかく茶を飲みなさい。疲労に効果があるのだよ、これは」


毒があるかもしれない。

脳を食う寄生虫入りかもしれない。

飲んだ瞬間魔力かなにかが暴発して死に至るダメージを受けるかもしれない。

致死の傷を受けても激痛を伴うだけで、すぐに治癒を始めるような自身にはまず関係の無いことだ。なのに、また危機感ばかりが浮かび上がる。カリオンの時もそうだった。近頃の俺は以前よりも奇妙だ。肌が黒く変色し始めるし、ありもしない、あるいは関係の無い危機感を抱いたり。痛みを感じるようになったのもその辺りからだったか。

そもそも記憶を弄られていて、その後に感情を一気に取り戻したりもした。そのおかげで誘発された現象なのかもしれない。

だが、まあ。この前と同じように仲間は茶を飲み、ゆったりとしている。少しクセのある味だが、何も問題はない。


「君達にも要件があると思うが、先に私から一言。きっと君達はこれから先も波乱の中に身を寄せるのだろう」


だから、私は君達を占いたい。

それは、俺にとって予測出来ない言葉だった。計画に利用しようとしているとはいえ、占うことまでするだろうか。……いや、この賢者は運命に過敏なのだった。それにしたって、だ。占いで嘘を伝えてバレないのは、それこそ人を超越した竜や神だ。嘘を伝えて誘導しようとしても、最後は本来の結果が現れる。その占いが正確であればあるほど。


「それは、俺達を利用したいがためにか?」


「まさか、先程も言っただろう?私は運命に過敏でね。波乱の幕開けを既に終わらせた君達の運命は、是非とも見てみたい……」


妙に変態じみたことを喋って、くっくっ、と笑う賢者。


「なら好きに見ればいい。運命を見られたところで道を変える者はいない。変えようがない」


当たり前かもしれないが、運命は定められたものである、と認識出来るものだ。実際にどうなのかは、俺が学者であったとしても知り得ないことであるし、運命からの脱却など不可能なことも分かっている。ましてや変えるなど。


「ああそうとも。変えられるわけもない。少し前に占っていたのだが、君達は今日ここに泊まる。理由は────」


その時、外から悲鳴が聞こえた。こちらが皆張り詰めた空気に包まれる中、この魔族は、賢者は動じることなく、否、その空気を破壊することなく席を立った。


「──すまないね。さっき言いかけた理由が来た。恐らく治療の必要な者達かと思うが、構わないかね」


「治療?事故でも起こったのか」


「いいや。もう姿は変わり果て、人も魔も傷付ける獣になった。訂正しよう、『狩りの時間だが、構わないかね?』とな」


それを聞いて直感でわかった。久々の異形の病の感染者。村の内部からか、それとも外からか。ともかく行かねばなるまい。この武器は、それらを殺す為にある───。


「俺も行かなければ」


「ああ、そうしてくれたまえ。占いではそうしたよ、君だけは」


「……だったら精度は充分だな」


他のメンバーは家に置いていく。外に出ると住民は避難し、誰も家の戸を開ける者はいない。複数体いる異形の者共は、家を襲うことはおろか、畑のひとつだって荒らしてはいない。だが、そのうちの一体がこちらを向いた時、他の者共も一斉にこちらを向く。


「人気者だな」


「ファンを殺害する人気者がいてたまるか」


「いいや、いるかもわからんぞ?世界は広い」


不確定要素を語りながらこの賢者は何処からか取り出したカードをシャッフルする。随分と余裕じゃないか、と睨みつけると、ははは、と笑いながら、


「余裕?いや、むしろギリギリだね。今日は運が悪過ぎる」


そう言って、カードの束を宙に浮かせ、そこからドローした。


「さあ始めよう。まずは準備だ」


引いたカードを獣共に見せ、地に置く。


「───防護膜、展開」


指で何かを描くと、周りを光のようなものが包む。皮膚がビリビリと痛む。今のうちに武器を準備しておけ、と言われた。


「そのカードはなんだったんだ」


「重要なものだ。ヴォルトの力が篭っている。私はエンチャントが得意でね」


またカードを引いて、それを凝視する。


「君にも分けてあげよう」


カードをふわりと投げると、そこから炎のようなものが溢れ始めた。俺の武器にまとわりつき、離れない。


「獣というのは、火が苦手なものだろう?」


「そうだな」


「私達のターンは一旦終わりだ。次は敵のターン。避けろよ、君の血をこの村に落としたくはない」


防護膜が溶け、ビリビリとした痛みも消える。瞬間、狙っていたのか獣達が飛び込んできた。


「試し斬りといこうか……」


機械鋸を大きく振り下ろし、敵の肉体を斬り裂く。なるほど、酷い傷を負わせるものだ。素人目で見ても恐ろしく大きな、ズタズタの傷。焼けて、治ることもない。酷い男だ。鍛冶ジジイに、変態賢者。


「獣も苦しんでいる、いいぞ!私は実に良いカードを引いた!クァハハハ!」


「笑ってる暇があるなら戦え!」


文句を言っても、賢者はろくに動かない。これは本当に、その場から動かないのだ。例外的に大きく動かしているものがあるとすれば、指先だろうか。その指先の軌道は、獣共を押さえつけ、痛みなく吹き飛ばし、自身のフィールドを作り上げていく。


「ああ、こちらも準備が整った……反撃開始、私のターンだ」


カードの束から一枚引いて、引いたカードを自身の指先に当てている。獣の勢いが増しているせいで、その程度しか分からなかった。目の前の傷を負った獣を貫き、機構を発動させる。高速で刃が動き始め、獣を縦に斬り離した。血飛沫に身体が濡れ、炎で焼けた死臭がする。こんなところを、あの子供二人には見せられない。置いてきたのは正解だった。


───いや、一体を倒したところで、安心が出来るわけもなかった。油断していた。完全に囲まれている。幸い敵に知能はろくにない。闇雲に武器を振り回し、動きそうなものがいれば拳銃で牽制する。この動きは悪手だ。こちらは気力を削り続け、敵は大きくなっていく隙を待てば良いだけなのだから。


それを見かねた、というわけでもないだろう。だが、確かにその中で助かったのは賢者の助けがあったからだった。


不意に耳の奥へと声が響いた。


「────跳べェーーーーーーッ!!」


大声に反応して俺は思い切り地面を蹴る。火事場の馬鹿力というのだろうか。俺の想像よりも遥かに高く、大地を蹴った後の視界は上昇する。自分のバランスを保てなくなるほど、体が浮いていた。


その後に見えたのは、賢者の持つカードを透過するように放たれた一筋の魔光。

放物線を描いて地面に着弾したその魔力の弾丸は、弾けたのと同時に、氷を吐き出した。……いや、吐き出したのは厳密に言えば氷ではない。

冷気だ。

それも、着弾地点一帯に浮かんでいる水分を、その空気ごと凍らせて固体化させるほどの、超──いいや、極低温。

あまりに瞬間的な出来事だった。脳が本当に一瞬、氷が無から吐き出されたと誤認識する程の一撃だった。


球状の氷の上に尻から落ち、滑って間抜けにも尻餅をつきながら降りる。くだらない痛みで尻をさすりながら立ち上がる俺の耳を、また大声が震わせる。


「───ターン終了、私達の勝利だ!クァハハハハハハッ、ざまあみろ!」


……前言撤回したいことがひとつある。

この賢者は変態というより、ネジがひとつふたつ取れたイカレ野郎だ。正直、表現としてはイマイチだが、これ以上にこの男を表現出来る言葉が見つからなかった。力のある異常者というのは、たとえ味方であっても面倒極まりない、と思う。人目もはばからず高笑いを上げる様は、ある意味見ていて気持ちが良い。……迷惑ではあると思うが。


「…………さて、そろそろ私の家に戻ってもらいたい。君と、君のお仲間に話がある」


いいや。俺は家には入れない。

大量の血を被ってしまった。子供には見せられない。あの二人は、まだ純粋だ。二人とも酷い傷は見た。だがそこまで簡単には忘れられないはずなのだ、超人的な精神力を持っているわけでもあるまい。


「ダメだ。入ってもらう。その二人も、これから多くの血を見ることになる。多くの死を見ることにもなる。こういうものにはなるべく早く慣れてもらう、否、感覚を麻痺してもらうのが一番良い」



結局、俺は血塗れのまま家へと入った。念の為、家主である賢者には術で匂いを消し飛ばしてもらったが、その姿は相当ショッキングに映るに違いない。


「皆、揃っているな」


「話ってなんだよ、さっきの敵と関係あったりするのか?」


「そうだな、確かに関係はある。だがまずは、我々───『五賢魔』の目的について話させてくれたまえ」


五賢魔の目的。

それは、簡単に言うのなら『混沌への到達』。全ての母たる混沌への回帰、らしい。

人が助け合うというのなら、魔は私利の為に研究を続ける。そういう形で代表として選ばれたのが五賢魔。つまり非公式の任命なのだという。賢人達は世界会議で認定されたが、五賢魔はそれの真似事をした、というのがこの賢魔が認識している仕組みだという。


「故に我々は混沌の到達の為に、自身の得意分野で様々な接触を試みた。そこには競争の意味も含まれていた。先に到達し、人類よりも優れた存在であるという、証明をしたかったのだよ。だが───ッ」


目の前で目的を語るその魔は、唐突に机を拳で叩いた。割れかねない勢いだ。


「あの憎たらしい賢人めが!我々の競走に不干渉であったはずだったというのに……あの錬金術師は!あろうことか、我々よりも先に混沌へと到達した!!」


凄まじい憎悪の含まれた声で、賢魔は言った。錬金術師、賢人、というのは……まさか。


「それは、メギストスのことか」


「知っているのか、あの忌々しい賢者の名を。いや、当然か。何故ならここには、その賢者の弟子がいる」


先程まで圧倒されていたミシェルが、ひっ、と小さく声を上げた。それをザヴェルダが庇う。


「やめろ!傷つけるつもりなら許さないぞ!」


「傷つける…?私は憎しみよりも、嫉妬よりも、何よりその坊やの有用性に気がついた。我々の計画には何の関係もないが、私利私欲の為に研究する我々にとって、その坊やは最高の研究材料なのだよ。傷つけるつもりなど毛頭ない」


「ぼ、僕で……僕に何をする気なんですか……!」


「君は気がついていないのか?その肉体に溢れかねない量の魔力が積まれていることに。いや、むしろその細工が無ければ、君は魔力を暴発させて死んでいたほどだぞ」


「な……っ」


一体どういう事なのだ。

この少年は魔術をろくに扱えないと、そう言っていた。その原因は魔力の量だとか、才能だとか、そういう点ではないというのか。もしや扱えない理由は、先天的なものではなく何者かから細工をされたが故なのか。


「……目的についての話をしてたんじゃねーのか?なんで話題が変わってる?坊やには関係ないはずだろう!」


「いいや!確かに我々の計画には関係がないが、この坊やは別の点で強い関係がある。我々の研究にな。だからこそ、この坊やからそれを取り除かなければならん!」


今すぐ、裏庭に来てもらう。

そう告げて賢魔はミシェルの手を強引に掴んだ。何とか抵抗して抜け出そうとしたが、その力が酷く強いのか、ミシェルはむしろ掴まれたまま宙に浮いて、踏ん張ることが出来ない。


「待て!何をする気だ!」


「言っただろう、取り除かなければならんとな!君達には動かないでいてもらおう!」


賢魔が扉を閉める。その瞬間。

がくん、と体が重くなった。全身から感覚が無くなる。周りを見ると、皆同じような影響を受けている。なんだ、これは……?


「……ッ……あの、野郎……茶に麻痺毒を盛りやがった……!遅効性、の……!」


まさか、あのクセのある味は、毒を盛ったせいか……?

体から力が消える。視界がぼやけてきた。意識が、消える─────。


──────────────。


「離せっ!」


「いいだろう、離してやる。だがまだ帰さん」


思い切り放り投げられて、僕は背中から落ちた。痛い。ヒリヒリする。

この賢者が何をする気なのかはわからない、ただ言えるのは、僕の身が危ないということだ。何をされるかわからない、ここにいるのは危険だ。


「帰さんと言ったろうがッ!」


「あグッ…!」


逃げようとする僕を、指先で地面へと叩き伏せる。圧倒的だ、力の差がハッキリしている。勝てるわけがない……!


「すまないが、君をこのままこの村から出すのは危険だ。君も、私も、この村も」


「何を……言って……っ!」


急に宙に浮いたと思ったら、首が締め付けられている。何をされているのか分からない。首に思い切り力が加わっている。息をギリギリ出来る程度に加減をされているようだが、そうだとしても、息が苦しくて仕方が無い。


「抵抗をするな!受け入れろ!」


「どう、しろっ……て……」


「……随分と厄介だな。精神にまで影響する錠前とは」


また放り投げられて、今度は頭から落ちかけた。間一髪で体勢を変えて頭への衝撃を最小限に抑えた。

何がしたいんだ、何を言ってるんだ。

さっきから、僕には理解のできない事ばかりを口走って、放り投げたり締めつけたり、本当に何なんだ。


「早速で悪いが、君には私と決闘をしてもらう」


また訳の分からないことを言っている。

……待って、決闘?

馬鹿か、馬鹿じゃないのか!そもそもこんな力の差があるなら戦いにもならないじゃないか!僕の方が一方的に痛めつけられて死ぬのがオチだ!


「巫山戯るな!僕を悪戯にでも殺せるはずだろ!」


「誰が殺すと言った!私はな、君のその封印を解かなきゃならんのだ!そしてその鍵となっている因子を私が手に入れるんだ!君は魔術が使え、私は研究を進められる、ウィン・ウィンだろうが!」


「そんな簡単に魔術が使えてたまるか!!どれだけ練習したと思ってる!!」


「君はそうしなきゃ魔術が使えないんだよ!!練習もクソもあるか!!」


………………。

変なことで熱くなってしまった。

だけど、こんなの理不尽だ。今までどれだけ頑張ったと思ってるんだ。それなのに、全部無駄だって?僕が今まで重ねてきた練習は全部意味の無いものだって?あの時、竜を助けられなかったのも……いや、あれは僕自身の魂に価値が無かったからだ。でも、今まで火も使えなかったんだ。皆は使えていたのに、僕だけが魔術の使えない異端児だ。それなのに、僕がポンコツなのは、下手だからとかじゃなくて、改善の余地があるとかそういう問題じゃなくて、誰かの細工だって?なんだか凄まじい怒りが込み上げてきた。


「いいさ、やってやるさ!いくらでも決闘してやる!奪ってみろよ!」


「違う!君は私に渡さないと使えないんだと言っただろう!!何回言わせれば……あーもう良い。始めよう。時間の無駄だ」


声色がさっきの口喧嘩とは違う、威圧感のあるものへと変わる。一瞬で僕の皮膚が凍りつき、鳥肌が立つ。それだけではない、腹の辺りが、急に疼き始めた。ぞくぞくぞく、と怖気と何かに惹かれる感覚が同時に襲ってきた。


「私は競走に負けた」


賢魔は天へと指先を向ける。途端にぴりぴりとした痛みが全身を襲う。微弱な電流を流され続けているようだ。汗が流れ落ちる。今僕の体を支配しているものがあるとしたら、恐怖と迷わず答えると思う。目の前に現れ始めたのは、暗黒色の球体とも空間ともとれる円形の何か。指先へ、黒いノイズと、黒が混ざる朱色に染まった溶岩が、少しずつ集まっていく。


「だが辿り着きはしたのだ、私は。仲間内では私が最も早く辿り着いた」


その口ぶりは、まさか、これが混沌?

これが混沌なら、万物の母と言うよりも使役される獣のようだ。

だって、僕の体は、いつの間にか攻撃されている。

変だ、何故ってそれが当然のように思えるんだから。

痛いはずなのに、体はそれを受け入れている。体の至る所に傷が出来始めた。僕の衣服を破りながら、黒い傷をつけていく。


「まだ、『溜め』だ」


何?


「だから逃げるなよ」


今、何だって?


「溜めだけで、人が死ぬわけないだろう?」


そんな馬鹿な。

まだ攻撃してないのか……!?


「少し時間が掛かる、だから───」


「ッ───────!」


なんて、なんて動きだ。こいつ、恐ろしいものを溜めながらもう片方の手で攻撃し始めた。それは魔力の弾丸とか、そういうレベルではない。

それはエンチャントではない。純粋な魔力での攻撃だ。魔力を直接ぶつける攻撃のはずだ。だが、その威力は弾丸なんてものでは無い。軽く地面を抉り、街の石床を構成する石一つ程度の穴を作り上げるような一撃が、弾丸なはずはない!


「避け続けるか、喰らい続けるか。どちらでもいい、死ぬ気で立ち向かってくるがいい!」


こんな怪物と戦うことになるなんて。何事もなく無事に生きて帰られるわけがない。

もう、僕は戦いを放棄したくて仕方がなかった。自分の宣言なんてなんでもなかったんです、と泣いて命乞いをしたかった。

だが、ダメだ。


相手は逃がしてはくれない。

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忌む者の改訂された記憶 ペンを持つスライム @gandara_SZ

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