七頁、賢き者

思わずため息をついた。

仲間がいる中で、何かまずいことになったかのように、思わせぶりに。俺自身は全く意識していないというのに。


「大丈夫かい?」


「ああ………少し、気味が悪くてな。体調には何の関係も無い」


そうだ、体調には。

今は俺の武器を貰いに行くところだ。現金でしか買えないとしたらどうすれば、と考えていたところを、ついさっきアトヌスがあの爺さんもリング持ってるしそれで決済できるぞ、と言ってくれた。この記憶の整理は何の意味もない。ただ、比較がしたかった。

これほどに日常的な会話をしているというのに、俺だけがたった一人の男の死の秘密を握っている。たった一人の男が。

メンバーにはその男の弟子もいる。その男を殺すのはその男の前の弟子ともう一人、誰かは知らないが、メンバーにいる弟子が、その前の弟子と面識が無いと、確定は出来ない。

だが、その賢者の弟子は、これまで賢者と家族として接してきた。彼は賢者をよく知っている。いつか暴かれるかもしれないし、もうとっくに暴かれている可能性だってある。

こんな状況で、秘密を守るという点では敵となりうる者が、ほぼ常に三人もいる状況で、こんな単純な、堅固な鍵もかかっていない秘密を、守り切れるだろうか?守り切れなかったとして、その損害は?秘密にしろとは言われなかったが、わざわざ他のメンバーを待たせての二人だけの会話となると秘密にしておけと言われているようなものだ。だからこそ、非常に困る。


「もしかして、さっきの話かい?」


ああ……まぁ、勘づかれるか。流石に。

眉間に皺が寄っていることは既に感覚で理解している。というより、俺が黙っていてバレるというと表情以外に考えられない。


「まぁ、そうだな。内容は話せん」


「二人だけの会話の内容を聞こうとは思わないよ、私も。秘密ってそういうものだろう?誰にもバレちゃいけないんだ」


ははっ、と悪戯っぽく笑うカリオンの言うことは御尤もだ。バレてはいけない。俺はそういうことに手を尽くせるような能力は持っていないが、少なくとも口に出す気は無い。秘密とは、つまりそういうものなのだから。


少し前に通ったルートは覚えている。記憶通りに道を通り、あの鍛冶屋に着く。


入れば、一気に物々しい雰囲気が漂う。肌に感じる熱と、鉄の臭いと、そして火花。火種のみが灯りのようになっている部屋。そして、その部屋の中心には、鍛冶場という円の内部に立てられた柱のように、一振りのパーツの塊が鎮座していた。


「どうだ、えェ?立派なモンだろ、儂もアンタみてェな奴相手だと手が良く働いてなァ、久々に楽しく武器を作れたぜ。最近は貴族共が旅の記念になんて言って綺麗な短剣やらレイピアやらを要求してくるからなァ、そりゃ儂じゃなくて隣の店のヤツに言えってンだ」


愚痴を言いながら、ぞわぞわするオーラを纏って、背後から元気な足音を立てて近付いてくる。来るのはまだ二回目だが、やはりこの鍛冶師はどうも苦手だ。他のメンバーは何とも思っていないようだが、俺がこんなにも苦手に思うのは、彼と俺が少し、似ているからなのだろうか。


「で、どのぐらい払う?何、心配すんな、値段交渉とかじゃねェからよ」


「………これに規定の値段だとかはついていないのか?」


「儂は作るだけだからなァ。価値決めんのは客の仕事だ。武器が何で決まるか以前に、振るう側が納得しねェんじゃ使ったって楽しかないだろ?」


「それを決めるにも情報が少な過ぎる。まだ振るう事も、細部を見ることすらしていない」


確かにな、とカラカラ笑って、その男は鎮座しているパーツの塊を持ってきた。


二枚重ねのノコギリの刃が、少しずらす形で取り付けられているそれは、柄の部分に拳銃のトリガーのようなパーツが備わっていた。トリガーは力を入れて押し込まないと作動しないようで、作動させたところ、急に二枚重ねになったノコギリの刃が、ぎいい、と音を立ててそれなりの早さで上下に動き始めた。


「アンタ、不死身の敵相手に武器振りまくるわけだもんなァ。如何に傷をつけて、肉を切るかよりも、傷を如何にズタズタにするかに重きを置いた。前振るってたのはフランベルジュだったんだろ、それと同じ観点で、更に敵を痛め付けるようにしたのさ。動いてる状態でグッと力入れりゃ胸や腹なんざ真ッ二つよ」


この男のこの弁だ。

何事もなくスラスラとこんな事を言うあたり、やはり、と思ってしまう。

本当のところは、振るうのが自分である以上、自分こそ狂気に塗れているのだろう。事実今まで感情をろくに見せず、元人間相手に殺戮を繰り返していた。時には荒野のド真ん中、ろくに水も飲まずに血と肉の山を作り上げたほどだ。かなり前の話である以上、もう風化しているか、腐っていてほしいのだが。こんなことを考える自分が言えたことではない。喉の奥にしまい込んだ。


「なるほど。確かに、これほどの武装なら、今まで以上に有利に動けるだろう。だがまだこれに価値はつけられん。実際に敵を斬ってみないことには」


「そうか、まァそう言うだろうと思ったぜ。リングに儂との連絡先でも登録しておけ、そうすりゃ暇な時に連絡出来る、金も払えるで一石二鳥、いや武器の話を出来るってんで一石三鳥だ!」


鍛冶師は勝手に俺のリングを操作して、連絡を出来るようにしてきた。やれやれ、このような狂気の老人と話をするというのは、少し面倒な気もするが……だが確かに、良いことではあるのだろう。


「もう、行かなければ」


「あァ、知ってるさ。行ってこい殺戮者。他の殺戮から逃げなきゃならんのだろ?」


「………何の話をしてる?」


俺の吐いた嘘を、完全に見切っているようだった。本当に苦手な相手だ。それでも、俺は他の者達の為に、嘘を吐かなければならない。


俺を嘲笑うように、ヘッヘッ、と笑って見送ったあの鍛冶師。あの男は、本当に何を知っているのだ?それとも、何の原理もなしに俺の行く末を察知したとでも言うのか。だが、これで武器も手に入った。後はこの街からの退避の為に、例の少女を探すだけだ。


──────────────。


「はっ……はっ………」


走る。

人混みを抜けて、広場を通り、言われた所まで走り抜ける。

ここまで必死になるのは初めてだ。

人生、いや、竜生か…?こんな細かいことは正直なんだって構わないけど、父親の言うことをまともに聞くのも、初めてだ。


私の父親、サンジェルマンという、賢者と呼ばれる男。はげた頭を帽子で隠し、髭を蓄えたその風貌は、父というよりも祖父というほうが合っている。

私は少し前まで、この男を毛嫌いしていた。

母親である石の竜に、儀式的な形で子を成した。その子が私。私に優しくしなくてもしかたない。血縁としては、本当の子じゃないと言えるから。

でも、母様を見捨てるみたいにどこか遠くに行って、帰ってきたら研究とかなんとか言い訳じみたことを口にすることは、許せなかった。ある日から会うことさえなくなった時は、どうせたかぶった体を他の女で鎮めているに決まっているとさえ思っていた。


でも、あの涙は、本当だったんだよね。


「………ザヴィ」


「……何、父様」


「ああ、いや…………いいや」


久々に再開して、私が起きてから初めての会話は、そんな内容も何もない言葉のつながりだけだった。今考えると、その時から悩んでいたのかもしれない。


私が走っている理由はそれだ。

時間は少しだけ遡る。


父様は、苦しそうに言い放った。


「お前は……お前は逃げなさい、もうこの街ももたない」


なんでも、人のようで、魔族のようで、そのどちらでもない怪物が、この街を襲撃しに来るのだという。父様の言うことが全て本当なら、きっとこの街はひとたまりもない。運が悪いと街の一区画はゴーストタウンと化す。


私は、父様はどうするんだ、と、怒りと困惑、心配…その他諸々の考えが入り混じった頭で、そう聞いた。

父様は、無理やりでも逃げてやるさ、と老人らしからぬ力強い声で答えた。でも、その時の声は、少し震えていた。


それから、ジャッジさん達の居場所を聞いた。私はそれを、一緒に逃げろという意味だ、と認識した。きっと正しい筈だ。


いた。ジャッジさん達だ。

相変わらず動かない顔のジャッジさん、バンダナを着けた槍使いのアトヌスさんに、騎士のカリオンさん、後……名前の知らない、少年。見覚えはある。私を心配してくれた。


「ジャッジさん!」


息の切れた声で叫ぶと、ジャッジさんはこちらを見つけてくれた。


─────────────。


「ザヴェルダか、丁度良い」


「父様が、早くここを──」


「いや、それ以上は言わなくて大丈夫だ。知っている」


つい小声で答えてしまった。仕方ないのだ、こればかりは。何せこちらの約束を察知されては困る。ミシェルは若い、悪く言えば精神的に未熟だ。完全に把握されてしまったら勝手な行動をしかねない。どうして重要視するのかは分からないが、カリオンの時と同じだ。カリオンの時のように、感覚として、かなりまずい、と頭の中で反響しているのだ。


「ザヴェルダ。前言撤回させてもらおう、答えは『はい』だ。お前は連れていかなければならない」


「おい待ってくれ、危険だと言ったのは旦那だぜ?何だって考えを変えたんだ?」


「こちらで必要になっただけだ」


苦し紛れの答えだ。

本当は、明日死ぬギストの頼みというだけ。必要になったというのは間違いではない、ないのだが、あまり良いことではない。


「今日の夕頃、この街を出る。向かうのはタルマの天文台だ」


「その行き先はギストから提示されたのかな。私の旧友の家だ、馬で移動するんだろ?案内は任せてくれ」


「ちびっ子一人ずつを他の面子と乗せるとして……馬は三頭ぐらいかね、街で探してみるぜ」


「ファルの村は…?」


「その村には後々行くことになる。ギストが言う限りだと危険らしいが…お前の父親が提示した目的地だ、情報がないことはないだろう」


移動経路をカリオンに、馬の調達をアトヌスに任せて、ミシェルとザヴェルダには二人で会話をしてもらい、そして俺は……子供二人の隣で保護者役か。変な気分だ。保護者なんて性にあわないというか、そもそも俺は守る側じゃなく襲う側なのだ。怪物を、人だったものを殺す側なのだ。

子供二人の会話は至って平和なものだ。ミシェルが人に慣れやすいタイプなのか、大人しい子ではあるが話題を出す役になっている。好きな事やら見てみたいものやら、世界情勢についてどう思うか、だとか。話すにつれて、無表情だったザヴェルダの表情も、よく動くようになっていた。分からない話題を振られてもザヴェルダは困った顔をするだけだが、ミシェルは気を使って別の話題を提供している。バランスの取れた二人だ。


「おーい、馬買ってきたぜ!安いが素直な良い子達だ、頑張ってもらおう」


連れてこられた馬に跨り、街を出る。目指すは天文台。何が待ち受けていようと、怖気づくことはない。怯まずに、ただ歩みを進めよう。


──────────────────。


さて。

彼らは行ったようだ。

任せてしまった後で心配するのもあれだが、大丈夫だろうか、ジャッジ君達は。

彼は時折、意識が酷く混乱する時がある。何かと混ざり合ったような感じだ。


「………師匠」


がちゃり、と戸の鍵を開ける音が鳴る。

椅子から立ち上がり、ボクは戸の方を見る。

嗚呼、懐かしきかな。目の前にいるのは大昔に居たボクの弟子だ。


「……座ってくれ」


いつもよりも荒く椅子に座る彼を見て、少し気になったところがあった。


「見違えたね。まるで別人のようだ」


「何のことでしょう?」


「ああ、いや。随分と成長したものだと思ってね。異国の地に行って、魔術を本格的に習ったのだろうな…。何処の魔術校に行ったんだい?」


この男は別にそんなことを好んでする者ではない。むしろ合わせるのはごめんだ、と新しい魔術でも開発しそうなタイプだ。


「何を言っているのです?俺がそんなことを自分でやるタイプじゃないことぐらい、分かるでしょう?今じゃそもそも、学校なんかじゃ誰かを倒す為の術なんて教えてはくれないのだから」


「うははっ……いや失礼、攻撃的なものばかり教えてしまったなって思ってね。融通利かない子に育ててしまった」


それを聞いて、目の前の弟子は、芯があると言ってくださいよ、と目を伏せて笑った。

どれだけ前より変わっていても、やはり弟子は弟子だ。彼が彼であることを知れた以上、無駄話をする意味もない。


「………マグニ、ミシェルのことについてなんだが───」


ええ。ですがその前に、やるべき事があります。そう聞こえて、顔を上げた。


──────────────────。


馬の歩を進めるごとに、辺りの風景は変わっていく。先程まで美しい草原だったのが、今は荒野のようだ。ここにも魔力が満ちているとしたら、きっと水の魔力なんてものは消滅していることだろう。バランスを保つ為とはいえ、上位精霊も酷なことをする。地域ごとの格差は避けられないものなのだろうか。


「歩くだけでも涼しいもんだなぁ。風が結構強い」


「そうなのかい?鎧だからなかなか分からないが……」


「嘘つけ、茶だって飲めて美味いなんて言ってるのに風が分からないわけあるか!」


はははバレたか、と笑ったカリオンの頭が取れかける。いや、飛んだ。何故だろうか、どんどん風が強くなっている気がする。何か異様だ。


「少し止まろう、何か、様子がおかしい」


全員が同意して、その場で待機する。そのまま止んでくれれば良いのだが……。

風の音が耳を切る。硬い葉が巻き込まれていればそのまま体を切り刻まれそうだ。今居るのは荒野だ、もし致命傷を受けてしまえば、まず助からない。逃げなければ、とは思うが、何処に逃げればいい?ファルの村へと戻すべきなのだろうか。


「……あの」


「どうした」


「いや……これは……何か、来る……?信じられない、なんだこれ……宙を飛んでるのか……?」


耳を澄ませるが、風の音しか聞こえない。ミシェル本人はギストに教わったのか、聞き分ける能力でもあるのだろうか。だがこの状況で宙を飛んでくるとは思えないのだが…。


「───速い、なんでこんなに速いんだ!?」


その言葉通りと言うべきか、超高速で何かが、人ではない何かがやってきた。急降下で地に足をつけたかと思えば、その翼を畳む。人ではないとはいえ、この姿はまるで、鳥人間と呼ばれるようなものだ。肉体を羽毛が覆い隠し、両腕は猛禽類の翼のようになっている。両脚も鳥のようだ。この存在は何のようでここに着地を。顔は見えない。こちらに背を向けている。


「何をしに来たんだ」


第一声がそれだった。挨拶も何もなく、その発音は感情が篭っていない。


「アンタにゃ関係ないだろ、違うかよ?」


アトヌスが文句を言うと、


「正直何でも良いさ、なんでここに来た?」


無愛想に質問が返ってきた。

何故ここに来たのか、を問われると何も答えられない。そもそもここは目的地ではないし、何故この先に行くのかを問われても、とある人物からこの先の場所が良いと聞いた、としか答えられないのだ。だがこの返答だけでは観光客のそれだ。こんな格好の観光客がいるわけがないのだ。怪しまれるに決まっている。


「……まぁ、良いか。一つ忠告しておこうか。この先には行かない方がいい。特に今の状況では。一週間程前からずっと、ここは酷い嵐が起こってる……きっとシルフが踊り狂ってるのだろうな。嵐の中心に向かうつもりなら、死ぬつもりが無いなら尚更止めておけ」


正直なところそうはいかない。ここから先の天文台に用があるのだ、と伝えた。天文台に何があるかはわからないが、安全面も考慮すると、これが最も自分の求める情報に近いものなのだ。


「天文台……タルマのかな。その辺りならまだ命は助かるけど、でも無事では済まない。風が強過ぎる。馬では行けないぞ」


「ならどうすればいい?」


「さてね…暫く近付くな、と伝えるのが俺の中ではベストの返答だ。何か必要なものがあるなら別のアプローチをした方がいい」


鳥人間は我関せずという雰囲気でアドバイスをしてくれた。顔は見えないが。いつまでも見せないので変に警戒したが、見えない顔の向く景色には特に何も無い。ただ天の雲が、渦を巻くように動いているだけだった。


「ああ、それと…大きな帽子の少年」


「えっ?僕ですか」


「ああ。君の為にも言っておく。もっと魔術を練習するべきだな、魔力の質は異常なぐらい良いのに」


ミシェルは困惑する表情を見せた。無理もない。その発言自体皮肉られているのか褒められているのか分からない。それにミシェルは自分でも思う程魔術が使えない少年だ。何故知っている、と疑問を持つことも出来る。


「……ともかく忠告はした。悪いことは言わない、別の方向に向けて馬を動かすことだ」


そういうと彼は、彼自身が言った、嵐の中心へと翼を広げた。その姿が見えなくなるまで十数秒だ。ここから見ると本当に速い。


「……どうする?ファルの村に行くか?」


その方が良いだろうな、と答えた。

ここまで歩いておいて結局帰るのかよ、と馬には文句を言われそうだ。ファルの村はここから反対の方向にある。仕方がないと割り切って、ファルの村へと進むことにした。




ファルの村。

自然災害の少ない地域で、丘に多くの石積みの建築物が顔を覗かせる。土の匂いと、パンを焼くような匂いが鼻をくすぐる。のどかで素朴な風景だ。


「さっきの大風とは真反対ですね……」


「あぁ…ここでなら暫く休めそうだ」


石と土と草花、農作物。

景色に見える要素は空と雲を除いてそんなところだ。だが、一つ、他のと違うものが見えた。人の衣服などを除外すると他のものは自然の色だが、一つだけ、空の色に塗られた木製の建築物が見える。直感だが、あの場所は何かある。そう思えて仕方がなかった。


「失礼、あの家は誰が住んでいるんです?」


「あぁ、あの家はこの村唯一の魔族が住んでるんだ。聡明な方でな、なんでも……賢者なんだと」


「賢者か……ありがとう、親父さん」


仲間がいて本当に良かった。こんな簡単な情報収集もまともに出来なかっただろう。

賢者で、魔族という事は、五賢魔の一人と考えるのが妥当だろうか。この世界の知識はろくにないが、おいそれと賢者の名を騙ることは余りにも難しい筈だ。


──五賢魔のほぼ全員が君を狙っている。


当然警戒はしなければいけない。それにギストがヤバいやつだと言った相手だ。仲間以外で信用に足る人物は少なくともギストしかいない。

……いや、もう殺されたのか。まともな別れも出来なかった。

だがそれでも、情報を得る為には危険を承知で暗黒の中に飛び込まなければならない時もある。


ある程度時間を潰した後、賢者の家へと足を運んだ。戸に立つ前にしたことと言えば、本を買った程度。たいした情報も載ってないが、各地の伝承が書かれているものだ。リングで見られる情報より、書籍のものの方が妙な信憑性があった。何故買ったのかを聞くと、買ったアトヌス曰く、高いが長旅の暇を潰せるし、何よりエントのような怪物の相手をするとしたらこういう情報こそ必要だろう、だそうだ。


ノックの音を響かせる。


「今出る、待ってくれたまえ」


戸を開け、見せた姿は、確かに人とは違うものだった。ボロボロの布を、鎧のようなものに杭で打ち付けて纏っている。布はインクでもぶちまけたのか、白無地が青い色に染まっている。人ではないとわかる一番のパーツは、頭だろう。これまた布のようなもので覆われた頭は、大きな眼球を埋め込んだ柱のような見た目をしていた。


「………そうか。君が」


「きっと聞き及んでいるだろう、俺のことは」


「ああ、知っているさ。ようこそ我が家へ。歓迎しよう」


歓迎とは、ご大層なことを言う。

霧がかったような声の案内を聞きながら、全員が賢者の家へと入っていった。

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