二頁、人間性

日食花の森に入る前、ジャッジたちがギルドで準備を行っている時。


「…ほれ、これが火炎弾、それに氷結弾と、あとポーションだな。そうだ、バックパックもいるんじゃないか?」


やはり準備はアトヌスに任せるのが手っ取り早い、武器の手入れや銃の改造を行いながらそう思った。それも当然だろう。何せ彼は冒険者であり傭兵なのだから、戦闘の際の準備は抜かりない。


「…そうだ、旦那に言っとかなくちゃならんことがあった。これから入る日食花の森は、水の魔力が渦潮みたいに渦巻いてるところだ。多分だが、火炎弾は使えんだろうな。…えーと、属性の魔力の説明も必要か?」


「そうだな、自分は何もわからない。出来れば教えてもらいたいところだ」


彼は世界の精霊的属性の知識を教えてくれた。

魔力には八種類あって、火、水、風、雷、地、金、光、闇の属性が存在する。その一つ一つを司る精霊が多数存在し、各地に点在する神殿に祭られている。一般的な下位精霊として火はサラマンダー、水はウンディーネ、風はシルフ、雷はヴォルト、地はノーム、金はマーキナー、光はウィル・オ・ウィスプ、闇はシェイドが存在する。また、精霊たちの中には上位精霊も存在し、下位精霊を生み出し、世界の魔力バランスを保っている。精霊的属性について、最も知っておくべきはすくみの法則だろう。属性には「火は水に弱く、風に強い」というように強弱の関係がある。おもに、火→風→雷→水→火という四すくみの属性と、地⇔金や光⇔闇といった、互角の属性もある。どんなに傷を負わせても再生する相手にも、弱点であれば再生しない傷を負わせることも可能な場合がある事も覚えておかなくてはいけない。


「…って感じだ。詳しくはあっちの図書館で調べたほうが良いと思う。そこまで詳しいわけじゃないしな」


そうは言うが、自分からすれば有益な情報と言えた。いつもなら力押しで倒していた敵が、属性によっては効かない可能性もあり、弱点にもなるという事。よく使う銃の改造を終え、自分の改造拳銃のチェックを行いながら、肝に銘じておこう、と目を伏せた。


「そういや、旦那って銃の改造出来たんだな。結構高度な改造だぜ、それ。いたって普通の銃なのに、魔力の循環をしやすくするとか、素人じゃできねぇ。もしかして昔はガンスミスかなんかだったんじゃないか?」


「それは無いだろう。ガンスミスならもっと細部をこだわるだろうからな。彼等なりのプライドがある」


感情も出せない自分がプライドというのもおかしい、そんなことを思い、一瞬動きを止めた。そこに、アトヌスが疑問を持った発言をする。


「…なぁ、もしかして、旦那ってさぁ、万能なタイプなんじゃない?何でも出来るというか…さっきも急降下の勢いで地面に叩きつけてたし、あんなのなかなか出来ない」


「……まさか、万能なものか、顔にすら出せないし、訳の分からん使命を押し付けられてここに居るんだ。だが…否定は出来ないな、戦闘経験は大してないのに今まで野宿やらで生きていられている」


「…え?野宿!?おい、冗談だろ、付近に小さな街もあるのに野宿が多かったって?いくら旦那がなんでも出来るタイプだからって野宿じゃどうにも…」


だが本当の事だ、と横に首を振った。血に塗れた状態が続いたせいで、死臭がすると言われた事もある。それで街にすら入れなかった事もある。だが…確かに、何故野宿で生き延びられていたんだ?冷静なままなのに、つくづく自分の記憶が疑わしい。そう悩んでいると、ギルドの門を勢いよく開ける音と同時に、人が焦った様子で入ってきた。


「どうしたんだ?」


「はぁっ、はぁっ…やべぇ、やべぇよ!日食花の森の賢者が…!し、死体で発見されたって…!」


「なんだと?!」


皆がざわつく。賢者に会いに行こうとしていた二人は焦りや落胆よりも先に立ち上がり、話を聞きに行った。


「どっ、どういうことだ!!今から俺ら賢者に会いに行こうと…!」


「しっ知らねぇよ!!俺はその話を聞いただけで…」


「誰だ、その話を言った人物は」


「な、なんか…真っ黒の服の人だった…」


「…旦那、俺らで探すか?」


いや、手掛かりが足りない、と首を横に振り、我々で死体を確認する、と一言告げ、ギルドを出て行った。アトヌスも荷物を持ってギルドを出ていく。


「どんな状況か、我々で見る必要がある。なるべく急ぐぞ」


「…ああ」


森についたころには、入り口は様々な人が集まって通れなくなっていた。その中には賢者の死を聞きつけた野次馬や、森を抜けようとしている冒険者、商人も多かった。


「おい、なんで通れねぇんだ!これからどうしてもここを通らなきゃならねぇんだぞ!」


「森には危険な魔物や感染者も多い!冒険者が減るのは我々としても痛手になる!現在は通行をお控え願いたい!」


「これから別の街に向かわなきゃならんのだ!わしが誰か分かっとるだろうが!商人だぞ、えぇ!?」


怒号や噂の声ばかり。正直顔をしかめたくなった、アトヌスもうんざりしている。


「すみません、通らせてください…失礼…」


一人の騎士が門番に近づいていく。何やら交渉をしているようで、時々門番が驚いたり、呆れた顔をしていた。


「本当に…良いのですか?」


「構いません、事態は一刻を争います。今はもう損失も気にしている場合ではない」


「…わかりました。冒険者の皆々よ、よく聞いてほしい。たった今から、森林に出現した魔物を討伐するため、急遽騎士団長を隊長とした討伐作戦を開始する事となった」


門番ははっきりと、皆が聞こえるような大きな声で説明し始めた。説明の声を聞き、皆がしんとする。


今回の討伐対象は樹木の魔物、通称として「エント」と名付けられた。調査隊によるとエントは現在、森の中心から南西方向、地図上だと入口は南東にあり、そこまで遠くには行っていないようだ。交渉に出ていた騎士団長の一人が、


「あとは部隊編成だな…時間がない、五つの組に分かれ突入する。先鋒部隊の隊長は私だ。それに続いて一つ一つ突入していってくれ」


自分は、待て、と一言、異議を唱えた。


「どうしたのだ、冒険者殿」


「全ての隊が入口から入ってはどこかで待ち伏せされて皆殺される危険がある。一部の部隊を別の場所から突入して追い詰めるというのは」


「それは出来ない。追い詰めても相手は大型の魔物だ。喰われることを考慮するなら、先鋒を出動、魔物の確認の完了次第、人海戦術で挑んだ方が討伐は早く済む筈だ」


「…わかった。だが要求がある。自分と彼『だけ』先鋒として行かせてくれないか」


周りがざわつく。至極当然だ。魔物には恐らく弱点であろう炎を無効化するような場所で、たった二人で戦いに行くのは無茶である。騎士団長は


「不可能だ。君たちだけで行くなんて、ただの狂人か、死にたがりが言う事だぞ」


「死にたがりが言っているんだ。死にたくても死ねない不死身の化け物が」


そう言って自分は仮面の口に拳銃の銃口を向け、トリガーを引いた。


「お、おい!!旦那!!?」


アトヌスが止めようとするが、もう遅い。


ドン


鈍い銃声が鳴り響いた。

周りは騒然、騎士団は騒ぎを止めようとしている。アトヌスは一人だけ、たった一人だけ動けなくなっていた。


「…騒ぐことでもないだろうに…。どうした、アトヌス」


「…は、ははっ、マジかよ…マジに生き返りやがった…」


立ち上がり、頭を掻く。そこにあるはずの弾痕や孔は全く無く、それどころか仮面も割れていない。自分にとっては今や当然でも、周りからすれば怪物にしか見えないだろう。騎士団長が恐る恐る近づいてくる。


「い、一体君は…」


「さっきも言ったろう。不死身の化け物だとな。目には目を、歯には歯を、化け物には化け物を。異論はあるか?」


「彼は…彼はどうするんだ。彼は人なんだろう?」


「アトヌスか。彼は自分の旅に大切な仲間だ。この不死の肉体があれば守り切れるだろう」


「…!はは、て、照れくさいな…」


アトヌスは頭を掻きながら、笑みを浮かべた。顔や耳が赤くなっている。


「もう一度聞きたい。団長殿、異論はないな?」


「ああ…目印として煙を上げておく。……気を付けたまえよ」


自分は右手でサインを出して、アトヌスと共に森へと進入していった。






森を進んでいく途中で、アトヌスがこちらに「な、なぁ」と声を掛けてきた。


「どうした?」


「あ、あのさ…さっきはありがとな。嘘だったとしても、うれしかった」


「何の話だ?自分はあくまで当然のことを述べただけだが」


「…あー、あんたがなんとなくわかってきた…朴念仁だったりしてな、ハハ」


「……そうかもしれんな」


少し寂しい気分になった。顔には出ないが、声にはどうしても出てしまう。無意識に声のトーンが低くなった。


「もしかして誰かにフラれた事あったりするか…?地雷踏んじまったかなぁ…」


と小声でアトヌスが言ったのを聞いた。自分では特にそのような様子も、むしろそんなことがあったのかどうかも分からないが…どうやら心配をかけたようだ。わざとさっぱりとした口調で、早く行くぞ、と催促した。


「あ、ああ…心配はないかもしれないな…」


森の南西方面についた。周りの木々はなぎ倒され、へし折られていた。周りにはこの森の動物たちのものであろう血液が飛び散っている。だが、何か、何か違和感のようなものが自分の中に残っていた。


何故、このあたりの木々は倒されているのに、その周りの木々は無傷なのだろうか?


「調査隊は少し遅れていたって可能性もあるか?たまたまここに来たのが遅くて、周りの状況から大型の魔物だと勘違いしたとか…どちらにせよ危ない魔物に変わりはないけど」


「もしくは変身能力を持っている小型の魔物か…ならここまでの威力は持っていないだろう。力が増幅するとしても、もっと酷くなるはずだ」


「とりあえず、報告しに行こうぜ。報告しておかないとあの烏合の衆が雪崩れ込みかねない」


「…………どうやらその必要はなさそうだ。だが、お前は報告しておいてくれ。武装したまま待機して、野次馬たちを帰らせるように指示も頼む」


「?…ああ…」


アトヌスに後ろから、走れ、と一言伝えると、アトヌスはその通りに走って入口に戻っていった。


「さて、これで二人きりだ。出てこい、そこにいるんだろう?」


すると、どこからともなく痩せこけた男が現れた。全身に蔓、手足は樹木のようになっていた。顔は髪の毛、もとい、蔓に覆われて見えない。充分に警戒しながらフランベルジュを構える。


「に…逃げ…ろ…ゴフッ!!」


見えない顔は血反吐を吐く。逃げろという忠告に疑問を持ちながらも警戒を緩めずにいると、


「この…ままじゃ……あんたも…この木と同じに……グ……ギ……」


恐ろしい光景だった。その顔の見えない男は少しずつ体が根を張り、動けなくなって、最後には周りの木々と同じになった。周りを見てみると、木の下に切株があったり、切株に片足を乗せた人のような形の木がある。


「まさか…」


一つ、悪夢のような話を想像した。この木はすべて人で、この血も人の血液なのではないか、と。

よく見れば、血しぶきも下の方にしかついておらず、その多くは地面にあった。


「これは…報告せずに自分一人でやるしかないな。あの病に関係がないともいえない」


何かをへし折るような音が響いた。その音のなった方へ向かうと、いた。樹木の魔物が。枝が腕のように動き、根を足の指のように動かしている。こちらに気付いたのか、振り向き、その恐ろしい形相を見せつけた。頭蓋骨のようなくぼみと、樹木のがさがさした肌が不気味さを漂わせる。その顔は動き、おぞましい表情へと変わった。


「…………。………………………!!………………………!!!」


何かをしゃべっているようだが、髑髏が口を動かしているようにしか見えない。その姿はあまりに哀れで、そしてその憐れみを消すほどに不気味でもあった。


「殺すしかないようだな…」


そう言って、フランベルジュで腕の枝を切断する。しかし、その一撃は意味が無かった。

また、生えてくる。何度斬っても、何度潰しても、何度貫いても、それでも、再生した。


「…どうすればいい…?今できる事は…」


継戦中に考えたおかげで、準備の際に聞いた話を思い出した。もしこれが失敗したなら、後は無い。不死の魔物など、人間では殺せない。神にでも頼むしかないのだ。一か八か。拳銃を構える。


「…これは避けられまい」


挑発するかのように呟いて、火炎弾を喰らわせた。無論その火が付くことは無い。水の魔力に押されている。だが、それでも撃ち続ける。


樹木の魔物の身体に今は意味のない火炎弾を撃ち込む。さらに撃ち込む、撃ち込む、撃つ、撃つ。

やがて全弾使い果たし、撃鉄の音だけが響いた。もう火炎弾は無い。その火炎弾はエントに吸収され、体内にそのままの形で残っているのだろう。その魔物は今、怒り狂ってこちらに向かってきている。


「……来い。自分を殺してみろッ……!」


自分は背中を向けて逃げ、エントはそれを追いかける。方向転換や回避を駆使し、樹木の魔物の攻撃を避ける、避ける、避け続ける。避けては逃げ、避けては逃げを繰り返す。ミシミシと音を立てながら追い掛けてくる魔物の殺気を背に感じながら、逃げて避け続けた。だが。


「……!」


周りの複雑な形状の木々に道を阻まれてしまった。入り組んだ森の中で地図もなしに突入すること自体が間違っているのだ。だが、そんなことはどうでもいいと思っていた。どう足掻こうと死ねない哀れな自分にはこれがお似合いだ、と自分自身がそう思っているからだった。


「だが、ここで止まるわけにはいかん」


だが、自分はとっくに覚悟を決めていた。どんな結果になろうとも、仲間を守ると。


エントに向かって走り出し、自分の脚が折れそうになるほどの力を入れて蹴りを一発。

もちろん意味はないが、思い切り力を入れたおかげでひるませることは出来た。もしかすると本当に折れたのかもしれないが、瞬時に回復する上、痛みは一瞬だった。この隙に走りだし、入口の目印と記憶している方角の向きを頼りに、森の中を走り続ける。今度は躊躇しない。木々をフランベルジュでなぎ倒し、追い掛けてくるエントを少しでも足止めする。ちょっとの間だけだが、それで十分だった。


煙が見えてきた。入口だ。すでに包囲するかのように周りを騎士や冒険者が囲っている。


「エントが来る、広がれ!」


叫んだ声で集団は広がっていく。烏合の衆だったものが、ここまで団結出来るとは最初はこの場にいるだれもが予想しなかっただろう。自らも同じように集団に紛れ込む。


そして、あの魔物が、へし折るようななぎ倒すような、すさまじい音を立てやってくる。怪物が森の入り口を抜けたその時、怪物の身体が突然発火し、燃え盛り始めた。怪物は苦しみ、少しずつその身体は燃えてなくなっていく。最後に残ったのは、人骨だけだった。


「……やはりか…やはり元は人だった…」


骨を拾ってはどうなっているかを見た後に捨てるのを繰り返し、元が人であるという結論に至った。周りからは突然の発火に疑問の声が上がった。



「なぁ、なんでそいつは勝手に燃え始めたんだ?魔法かなんかか?」


「いや、簡単なことだ。火炎弾を撃ち込んで、物理的ダメージを再生してもらった。この森は水の魔力で満ちているが…森の外に出てしまえば、火の魔力はまた弾丸の中で魔力を解き放つだろう。弾丸が落ちないように体内に吸収してもらった。それだけだ」


「すげぇな…」


ざわざわとした空気を途切れさせる柔らかな拍手。拍手の主は先ほどの騎士団長だった。


「お見事。さすがだ、仮面の冒険者殿。そして、その仲間の冒険者殿も、ご苦労だった。さて、報酬を渡そう。無論この場にいる全員にだ」


「……報酬はなんだ」


「無論金貨だ。それに加えて、君達には勲章を渡そうと思う。ついてきてくれ」


旅の資金に、交渉材料に使える勲章。非常に好条件だったが、自分にとっては勲章など有って無いようなものだ、とついて往きながらも貰う事を拒否した。


「我々の目的は森の賢者の状態を見に行くことだった。そしてこの騒ぎだ。森を走り回ってもゴロクスは見つからなかった。今は何処にいる?何処にあるか言えないなら、死体の状態を勲章の代わりに知りたい」


「おや、変わったお方だ。勲章の代わりとは」


「勲章をそんなに渡したいのならこのリングに情報化でもして入れればいい」


リングを指でトントンと叩いてそう言うと、


「ふふ、その通りだな。さて、森の賢者の遺体はすでに検死、埋葬済みだ。調べた内容は私には聞かないでくれよ?私が調べた訳じゃない。賢者様の魂は、今頃天へと昇る手続きでもしているんだろう」


ちょっとしたジョークのようなものを言いながら、騎士団長はゴロクスの状態を伝えた。だが、正直まだ満足出来ていない。その事を伝えた上でこう言った。


「自分は貰った金貨で仲間としての貴方を買いたい。騎士団長殿」


「……私を仲間に?ふむ…一先ずわかった。あぁそうだ、金貨は要らないよ。評議会に許可をもらえれば、きっと君たちの仲間としてまた会う事が出来るだろうからね。問題は、仮面の君だ。下手をすれば捕縛させざるを得ない。……報告のために少し外すよ」


そう言って騎士団長は歩いて行った。そのシルエットを次に見る時は、敵か味方か、それとも。


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