忌む者の改訂された記憶
ペンを持つスライム
一頁、『神』の兵器
また、だ。
今日もまた、怪異と化した、魔物と化した人間を殺す。
きっと、明日も、明後日も、何年経とうとも、同じことを繰り返すのだろう。
自分はそうやって、「神」の駒として、ただ殺す。
あまりにも受け入れがたい現実だが、自分の装備や顔や肌に飛び散った、様々な色に変色した血を見てしまうと、現実だと思わざるを得なかった。
それは、単純で、それでいて複雑すぎる出来事だった。
自分は処刑された殺人鬼。今は滅びた帝国の人間を、これでもかと殺しまくった。
殺戮を終えたとき、ガラスに映った自分の姿を見て悟った。
「ああ、自分は狂っていたのだ」と。
そして、自分は調査に来た近隣の国の近衛師団に捕えられ、処刑された。
処刑される間際、幻覚―もっとも、死後の世界のような感覚があったが―を見た。周りには何もなく、自分は動けない。ただ、頭に鳴り響く複数人の声を聴いた。
『我らは神 世界の意志 世界を戻すため
世界に蔓延る 歪められた者達を 浄化せよ――――』
最初は、殺戮はもう御免だ、と思った。伝えようとも思った、しかし、身体は自由を奪われ、口も縫い付けられたかのように固く閉じたままだった。
そうして、今ここに自分がいる。
死ぬことも、心折れ、狂気に走る事も、感情すらも封じ込まれて、「神」の人形として生きる。
もっとも、死んだ肉体が動く、屍鬼のようなもので、生きている心地すらなかった。
肌も冷たいままだ。それでも―――――
この世界に、戦う者としていられる事。それだけは感謝しなくては。
突然の茂みを駆け抜ける音。だが、獣ではなかった。
飛び掛かってきた六脚の毛の生えた生物の縦に裂けた頭部を、とっさに構えた拳銃で撃つ。
息絶えるまで、右手に握ったフランベルジュで貫く。そして斬り、臓物を引きずり出し、懐から取り出した火打石で火を起こし、焼く。
こうでもしないとまた動き出してこちらの腕を砕いてくる。だが……
やはり気分は悪い。肉を斬った感覚も、抜け落ちた骨を見ても、人殺しと理解させてしまう。
世界を救うため、忌み嫌っていた人殺しを行うなど、これ以上に皮肉なことがあるだろうか。
それを行うのが、よりにもよって元人間という事実も、皮肉さに拍車をかけていた。
だが、留まる事は許されない。何かを思考することはあっても、感情を失った人形を演じ続けなければならない。心があり、動いているのに、身体は冷たく、顔は冷めている。感情の存在を無視するかのようだ。
そして、それは永遠に続く。
「異形精神変化症候群」。症候群の名の通り原因は不明。
症状として、肉体の一部または全体の機能や形状の変化、骨格の変化、精神異常があげられる。また、その影響で特殊能力が発現するものもいると聞く。そう言った者達の事を、通称、異能者と呼ぶ。
自分が神に与えられた使命は、この奇なる症候群を調査し、発症者を治療、または殺害する事。そして、根源を取り除く、つまり根源を抹消する事。
まったく、原因も不明の症状だというのに、神も無理矢理で、無責任なことだ。
……そういえば、なぜそれが使命だと思ったのだろう?思い出そうとしても思い出せないが、使命とは得てしてそういう、理由の無いものなんだろう。だが疑問にも思わず、妙に落ち着いている自分が馬鹿らしく思えた。
…町が見えてきた。トラソルデーヴァ。娯楽街や宗教街など、多数の街が組み合わさってできた国だ。身体や衣服、防具についた血を、近くの川で洗い、町の中に入る支度をする。野宿の末、乾いた衣服と防具を身に付け、何時も付けている仮面を被り、丘の上から見える国に入った。
今自分がいるのは娯楽街。酒場やカジノ、宿も多く、冒険者たちの憩いの場として機能している。
そしてこういった力のある者が有利な世界では、戦いに昂った者達の精神を鎮めるかのように働く、売春宿や娼婦、男娼もいる。街が多く連なるが故に、誰が盗みを働くかもわからない。下手をすると裏路地に連れて行かれ、身ぐるみを根こそぎ奪われる可能性だってある。初めて来る場所としては、今思えばかなり無理があったかもしれない。
娯楽街、冒険者の集まる酒場にて、仲間を募ることにした。期待はしないし、この街の中での用心棒の役割も担わせるつもりだった。
だが、返答は予想以上に悪かった。誰もが拒否するだろうことは分かっていた。何せ街の外に出るような大仕事ではないからだ。
だが、紹介された若手の冒険者は、口を揃えて…とまではいかないが、各々の言い方で「病が怖い」と答える。
その上、マスターにそれを伝えても、「まさか、病を追う訳じゃないだろうな?」と聞かれ、頷けば「やめておけ」と忠告される始末。
相当その病を恐れているらしい。だが、それもうなずけた。普通であれば好んで人間をやめて狂気にさらされた魔物にはなりたくないだろう。そのうえ、正気を保てても、人の集まった場所には行けない。孤独のままに、絶望を引き起こして、無駄に物理的被害と病を蔓延させるだけ。頭が悪くても、少し考えればそのおぞましさが分かる筈だ。
「…あまり被害を出したくはないが、あいつなら、きっと興味を示すだろうなぁ…」
確かに、いま「あいつなら」と聞こえた。話を聞いてみると、
「娼婦やら男娼やらが集まってる商店街みてーな所があるんだが、そこに傭兵として働きながら男娼をやってるやつがいてな。若いやつだし槍の扱いが上手い、金の交渉がうまくいけばついて行くんじゃないか?」
これはいい話を聞いた。娼婦の集まる場所に行くのは正直言って気が引けるが、しょうがない。善は急げ、だ。
途中で何人かの娼婦に誘いを受けたが、「お目当てがいる」と断った。道中で会った、相手を探している客や売春宿の店主に話を聞きながら、奥へと進んでいき、見つけた。
確かに、レザーアーマーや左手に握られた槍、バンダナなどを身に付けていて、娼婦達の中では異質な姿の、どう見ても兵士にしか見えなかった。とりあえず店主から聞いた名前を呼んでみると、こちらを振り向いた。
「ん?どうした?俺になんか用かい?それともアレをお望みかな、仮面の旦那?」
振り向いた時の容姿は、たしかに男娼としてもやっていけそうではあった。切れ長の目に、青い瞳。すっと通った鼻や、妙に艶やかな唇は、美しく濡れていた。
「いや、違う。君に話がある。この街で護衛を…贅沢を言うなら、旅に同行してほしいのだが」
「…なるほど、つまるところ、傭兵として働けってか?だけどねぇ、護衛はもとより、旅か…俺には辛いかもしれないな」
「…というと?」
「俺はまだ若いし、それに槍の扱いが上手いわけじゃないし…役立たずだぜ?」
「謙遜はよしてくれ、酒場のマスターから槍の名手と聞いている。確かに若いが、若さなど実力には関係ないだろう」
「そうやって煽てた癖に、ただ俺の体が目当てで呼んできた奴をたくさん見てきたよ。申し訳ないけど…他をあたってくれ」
「身体目当てで来ているなら、他の者を当たっている。まず、自分にそんな趣味は無い。それ以前に仲間に手を出すなどもってのほかだが」
我ながら、変なことを口走ったと思った。ここまで来て「お目当てがいる」とほざいた挙句、男娼との交渉をしているのだ。「そんな趣味は無い」など、だれが信じるというのか。
…本来の問題はそこではないのだが。
だが、彼はこちらの目を見た後、ため息を一つついて
「…わかったよ」と答えた。
こちらとしてはうれしいことだが、なぜ了承したのだろうか?
「旦那の目には嘘はなかった。もし嘘でもいいさ、これから言う条件を呑むならだけど」
そう言って、二つ条件を提示してきた。
一つは、これから先こちらが誘わない限り手を出さないこと。
もう一つは、これからの旅での食事や休憩などはすべてこちらが用意、計画する事。
「ようするに、傭兵仕事以外は俺は基本手伝わないし、夜は一緒に寝ないってことだ」
「破った場合は?」
「旦那との契約を切るだけだ」
条件はすべて飲める。問題は金回りだ。金策を取らないと、資金は枯渇するだろう。
「金はこっちが集める。そこまで図々しくはないよ」
だとすれば、かなりの好条件だ。戦って報酬を貰っている彼がそういうのだ。
ここまで良い条件もあまりない。
「なんなら旦那もギルドに登録しとけば?そうすれば金には困らないでしょ。たぶん」
ギルドが何か聞いたところ、彼の言うギルドとは、いわゆる冒険者ギルドの事らしい。ギルドへの登録時、指輪を貰うのだが、その指輪にはギルドメンバーの情報や賞金首や国の御触れなど、たくさんの情報が記録されている。
また、所持金の情報なども登録されており、各地で財布代わりに使える代物だ。着脱にもパスワードが必要で、そのパスワードは指輪そのものが記録しているうえ、特殊な術式のおかげで許可のない物が無理にはずそうとするなら、内部情報が自動的に消滅する。そのため、実質外せるのは持ち主だけなのである。
「それは良い案だ。だが、この街のギルドは何処にあるんだ?」
「酒場だよ、あんたがさっき行った場所がギルドの支部代わりになってるのさ」
何故酒場に行ったと分かったんだと聞いてみると、
「旦那からあの酒場の酒のにおいがしたってだけだ。違うかもって思ったけど、アタリだな」
なるほど、素人にはない観察力もあるようだ。これはなかなか良い仲間を捕まえたかもしれない。
彼に酒場に行くことを伝え、いったん別れた。登録はどれぐらいの時間がかかるのだろうか?と考えながら、酒場まで歩いた。
途中で、何かしらの騒ぎを見つけた。自分には関係のない事だ。そう思っていたが…
「やっ、やめっ…ぎゃああぁぁぁっ!!」
叫び声。近づいて見てみると、一人の男が左腕を切断されていた。断面からは血が滴っている。当然だが、腕を押さえて涙目になりながら後ずさっていた。周りの人が、男の腕からの流血を止めようと集まっている。
近くには、血の付いた剣を持った男が頭を抱えて苦しそうにうめいていた。
すると突然、うめいていた男が剣を落とし、うつむいたまま動かなくなった。
どうしたのだろうと近づく者達に警告し、包囲する兵士たち。だがその壁も、その男には無意味であった。
突如として男の腕がはじけ、腕があるべき場所に翼が生えてきたのだ。さらには空を飛んでしまった以上、壁は意味をなさないだろう。しかし、人が魔物に変容する伝説ならまだしも…
あまりにも異常だ。これが異形精神変化症候群の変化の瞬間か。変化はかなり早いらしい。
「ひいっ!?ひ、人が…!?うわあぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に、野次馬達や被害者が逃げていく。兵士達は散開し、空からの攻撃に備えた。
いつの間にか、目の前にいた男は牙の生えたくちばしをもち、翼を広げた小型の魔物に変貌していた。
今にも飛び掛かってくる。耳をつんざく鳴き声を発したかと思えば、
足に生えた鋭い爪をこちらに構え、急降下してきた。
こちらは構えずに避け、地面へと降りる瞬間、足をつかみ、急降下の勢いのまま身体を地面へと打ちつけ、気絶させた。
「こいつは是非とも何が起こったのかちゃんと見ておきたいところだ、が…冒険者の手にあっても面倒臭いだけだろう」
そんなことを言って、近くの兵士に渡そうとしたが、誰もが拒否をする。
ある一人の兵士が、
「皆、病に怯えているんだ…貴方が何者かは知らないが、しばらく待っていてくれないか。それと…後でしっかりと手を洗っておいた方が良い」
と言われた。兵士達の間でも噂になっているようで、ある種の都市伝説として扱われているらしい。だが、後で手を洗った方が良いと言われるのは予想はしていなかった。少し経って、兵士が丈夫そうな麻袋を持ってきた。その中に気絶させた魔物を入れて、兵士達が持っていく。
「へぇ、やるじゃん、旦那」
聞き覚えのある声がした。振り向けば、先ほどの青年が立っていた。
「これでもああいった魔物を止めるのには慣れている。なんせあれと同じ感染者を殺し続けたんだ」
「ははっ、おっかないな。旦那となら何があっても進めそうだ」
そう言って彼は笑った。とても単純だが、その笑顔が素敵に感じた。人のほほえみは人によって感じ方が変わると聞くが、彼は優しげな笑みを浮かべていた。
「そういや、旦那の名前と目的を聞いてなかったな」
「…自分に、名前は無い。口にする権利すら与えられていないんだろう。だが、目的なら答えられる。自分の目的、使命は、この世界に蔓延している例の病を失くすことだ。原因も取り除かなければならない」
「そりゃ大層な目的だな。…辞退はさせてくれないんだろ?行くよ、俺も。それじゃ改めて、俺は傭兵と娼婦…もとい、男娼をやってる。アトヌス・ナルアトルって名前だ、変な名前だろ?だからさ、アトヌスって呼んでくれ。ヨロシクな、名もなき戦士さま」
「よろしく、アトヌス」
旅の仲間を確保できた。これからは彼と共に旅をすることになる。しかし、こちらを旦那と読んでくる彼には申し訳ないが、呼び名が無いのではしっくり来ない。
「んじゃ、なんか称号みたいな感じで名前つけるか。そーだなぁ………じゃあ、ジャッジ、なんてどうだ?」
「なぜジャッジなんだ?審判を下すようなことは自分はやってないぞ」
「そうかもしれないけどさ、かっこいい方が良いだろ?称号としては十分じゃないか?ジェノサイダーとか、スレイヤーってのも旦那に合ってるとは思うし、そっちの方が良いならそうするけど」
「…いや、ジャッジでいい」
ただでさえ殺戮は嫌いなのに、ジェノサイダーやスレイヤーは強く殺す側のイメージが残っていたのもあって、自分につけたいとは毛頭思わない。ジャッジという称号に満足するべきだと思った。
「さて、いつ出発する?もうこっちは準備できた。みんなにもあいさつしたし、いつでも行けるぜ」
頼もしいことこの上ない。仲間の大切さが身にしみるというのは、こういう事だったか。
トラソルデーヴァを出て、日食花の森の先、超巨大図書館のあるオード・ケツァロス国へと向かう事になった。
大図書館で過去に似たような事がなかったか調べるためだ。それと同時に、個人としては『神』の存在を少しでも理解しなくてはいけない、と考えていた。今日のところは日食花の森の途中で野宿をすることになった。道中で森の主であり賢者である喋る大猪のゴロクスに知恵を借りるため、献上品としての食べ物を、町を出る前に買った。
そして次の日の事。自分達の知らないところで、日食花の森の主である大猪のゴロクスが身体の一部が腐った状態で発見された。
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