第2話 その日、アルマは少年と出会う②
アルマは春樹が辿った道筋を聞いた。学校からの帰り道を歩いたのに、気がついたら雪の上で眠っており、そして自分そっくりな人物、ツバキに出会った。そして、身体を入れ替えられて、春樹が元いた世界へと転移した。そして目的もなく歩いていたら運悪く幻種に見つかり、運良くアルマに助けられた、ということらしい。
「じゃあ、貴方は身体はツバキって魔種で、心がハルキっていう人間なのね。ややこしいけど、ハルキと呼ぶわ。いいかしら?」
「うん」
「それにしても、身体を入れ替える魔法があるなんて……そういえば、さっき、無駄に高い魔法力を感じたわね」
アルマは高い魔法感知能力を有している。先程この周辺に来たのは、異常なまでに高い魔法力を感じたからだ。どうやら春樹の言う、『入れ替わり』の魔法のせいだったようだ。
「貴方、自分の家の位置は分かるの?……あ、ごめんなさい。その身体の元の持ち主の家ってこと」
「……いや、あいつは何も言わなかった」
「……私達は夜中の二時なると結界の場所に強制的に戻されるの。だから、心配はないけれど。……でも、そうね。話をするなら、私の家に行きましょうか」
アルマは提案した。助けるだけ助けてここで『はい、さよなら』では流石に酷だと思ったのだ。
「え、女の子の家に……それはマズイんじゃ」
「そう思えるなら、大丈夫でしょ。私も貴方に興味があるの。別な世界ってものにも」
「分かった。ここは寒いし、お邪魔するよ」
アルマは『次元跳躍』でスノー・ハウンドのコクピット内部に戻る。スノー・ハウンドがセンサを明滅させ春樹を掴んだ。そして拡声器で春樹に呼びかける。
「じゃあ、運ぶわね」
「ちょっ……なにを」
機体の集音マイクは春樹の声をクリアに拾った。だからアルマは答えた。
「『跳ぶ』わ」
春樹の抗議の声を無視し、『次元跳躍』による転移を繰り返す。そして、アルマは自分の家へと戻った。
雪が積り、真っ白な世界となった森の中、木々に隠されることもなく、天高くそびえ立つ時計塔があった。四角柱の塔で、上部に円形の時計が載っている。もう何十年も時は刻んでいないが。建物は非常に高いため、今の季節は落雪が危ない。
「さぁ、ようこそ。私のお城へ」
目を丸くしたままの春樹に声をかけ、先に家に入った。
アルマは、リビングに春樹を案内すると、テーブルにつかせて、とりあえず本をテーブルに置いた。
「これでも読んで待っていて」
「俺、この世界の本、読めるかな」
春樹は、アルマが渡した本を、ペラペラめくる。そして驚いて目を見開いていた。アルマは首を傾げた。
「これ、日本語じゃないか」
「ニホンゴ?なにそれ」
聞いたことのない単語に、アルマは首を傾げた。
「俺の世界……それも俺の国の言語だよ」
言語って色々種類かあるものなのか。アルマは他の世界はおろか、他の国のことすら知らなかった。この大陸が『アミティアス大陸』と呼ばれていたことは知っているが、それぐらいだ。
というか、春樹は言語の心配をしていたが、まさに現在言葉を交わしている。彼からすれば異常現象の連続でそこまで頭が回らないのだろう。
「そう。でも、ここでの生活に困りそうにはないわね」
「まぁ、そうだけど……俺は一刻も早く帰りたい」
「そ、そうよね。ごめんなさい……お茶、淹れてくるわ」
アルマはそそくさキッチンへと早歩きで逃げ出した。
軽率なことを言ってしまった。傷つけてないといいけど……。
アルマはお茶を淹れると、テーブルにカップを二つ置いた。
それから、二人はしばらく話を続けた。春樹の世界の話、そしてこの世界の話。魔種について、スノー・ハウンドについて、本の趣味や味の好みなど。
楽しい。アルマは人と話すのがこんなに楽しいとは思わなかった。話し込んでいたら、すっかり夜になってしまった。
驚いたことに春樹が夕飯を作ってくれた。アルマは料理が得意ではなく、簡単なものしか作れない。
「……おいしい」
「そうかな。良かった。得意なんだ。ハンバーグ。それにしても、普段食材はどうしてるの?」
「『心臓石』を加工して食材にしてるのよ。昔魔種が作った『練金釜』っていうものを使ってるの」
「……『心臓石』?……って、幻種を倒すと出るっていう石?」
「えぇ」
春樹が青ざめた。食べているものが幻種の心臓……しかも石から出来てるものだと分かったのだ。気持ちは分からなくはないが、アルマはずっとそうして食事を摂ってきた。
実は、魔種である以上、食事を摂らなくても死ぬことはないのだが。
「まじかよ……でも美味いな……」
「えぇ。心臓石は何にでもなれるから、食材以外にも、布とか鉄とかにも出来るわ」
「便利なんだね」
「幻種を狩れれば、ね」
食事を終えたら、また色々話を始めたのだが、春樹は眠そうだった。仕方もない。初めてこの世界に来て、幻種に襲われたのだ。話したいこともあったが、結局風呂を沸かして、入ることを勧めた。
その間、アルマは普段使ってない部屋を掃除していたが、春樹用のバスタオルを用意していないことに気がついた。着替えは流石に用意できないので、着ていた服を着てもらうしかないが。
アルマは下の階に降りると、中の状況を考えることなく、脱衣所のドアを開けた。そう、他人と関わらないアルマは、ノックするという習慣がなかった。
「ふむ、バスタオルがない……さて、どうしたもの、か……」
片腕を腰に当て、顎に手を当て考え込んでいる春樹と目が合った。
駄目だと分かっていた。けど、どうしても視線が下を向いてしまった。そこには女のアルマにはないものが────いや、考えないことにした。
「ごめんなさい。バスタオルを用意するのを失念していたわ」
冷静なアルマの声に、春樹も、『うん、ありがとう』と答えるしかなかったようだ。
アルマは春樹にバスタオルを渡すと、ドアを閉めた。
──あぁ、見ちゃった、恥ずかしい恥ずかしい!
アルマは顔を真っ赤にして階段を駆け上がった。今更顔を手で覆っている。階段を転ばずに上れたのは奇跡だろう。
アルマは読書が趣味だ。本なら基本なんでも読む。この家に残されていた本を、修繕しながらも日々読み耽っている。本の中には、男女間の性行為が描写されているものもあった。けど、結局は文字。実物など、見たことはなかった。
「あれが……ここに……あぁ、駄目、想像したら」
また思い出して、顔が茹で上がる。普段白い顔が今は真っ赤だ。
アルマは先程と比べて三倍の速度で部屋を片付けた。
「それじゃ、この部屋を使って頂戴」
アルマも入浴を終え、春樹を就寝に使う部屋を案内した。
「あ、ありがとう。何から何まで」
「い、いいのよ。気にしないで」
二人は先程の出来事については触れなかった。触れなかったが……アルマの視線はついつい一点を見てしまう。
そんなことに気づいていないのか、春樹は物悲しそうな顔でアルマの顔を見た。
「アルマ……今眠ったら、きっと目が覚めた時には違う場所にいるんだよね」
「……そうね、多分、貴方の『身体』の結界に戻されるわ」
結界の呪いについてはアルマにはどうしようもない。
「嫌だよ……俺、君ともっと一緒にいたい」
「ハルキ……大丈夫よ。きっとまた会えるわ。……私ももっと貴方と一緒にいたい。だから探しに行くわ」
本心だった。今まで人と関わってこなかったが、彼と過ごした時間は非常に有意義で……心地の良いものだった。
「……うん。おやすみ、アルマ」
ドアが閉まった音が、たまらなく嫌だった。
──もしかしたら、私は……彼に恋をしてしまったのかもしれない。
初めて会った男に恋をするなんて、私は意外と軽い女だ、とアルマは自嘲気味に笑う。
でも、この気持ちはきっと嘘ではない。後ろめたい気持ちなんかじゃ、ないはずだ。
アルマは、思い切ってドアを開けた。
「アルマ?……どうしたの」
春樹は電気を消そうとしていたところだった。
「……一緒に、寝ましょう」
とんでもないことを口にしてしまった。だが、アルマは表情を崩さない。
「え⁉︎」
「そうすれば、もっと一緒にいられるでしょ」
「…………そうだね。一緒に寝ようか」
ベッドは一人用としては大きい方で、アルマは女性としては小柄な方だ。二人で寝ても、狭いということはない。
春樹の腕に、頭を乗せた。暖かい。人肌に触れるのは、記憶にある中では初めてだ。
「アルマ、いい匂い」
「もう……」
それはそうだ。実は、もしかしたらもしかするかも、ということで、身体は念入りに洗った。
電気は消したが、この部屋、使ってなかったのでカーテンがない。月の光が射し込んで、微かに部屋を照らした。
互いの息遣いが感じられる距離。これから何が始まるのか。アルマは自分の高鳴る胸の鼓動を感じていた。
アルマとて、一人の女性だ。恋する男性と快楽に身を任せたい、という欲求に駆られていた。唇と唇が近づく。あと、数センチ、というところで、春樹の寝息が聞こえてきた。
──寝息?
「ぐう、ぐう……」
「な……なんてこと」
まさか、この状況で眠るとは。一人の女性として、驚きを禁じ得ない。
いや、疲れていたのだろう。決して自身に魅力がないわけではない、とアルマは自分に言い聞かせた。
そして、今更ながら、自分がしようとしていたことに、顔を紅潮させた。
「でも、もう少しだけ、こうしていたいわ。……もうすぐいなくなっちゃうのよね」
アルマは、しばらくの間、春樹の腕枕を堪能し、『次元跳躍』の魔法で、自室に戻った。
昨日、悶々として結局朝方まで眠れず、起きても気だるさが抜けなかった。
「はぁ……」
現在昼時である。歯磨きだけは済ませたが、未だ寝間着のままだった。やる気が起きない。
昨日初めて会ったばかりなのに、春樹の存在が自分の中で大きくなりつつあったことに気がついた。
──また、会えるかしら。
そう考えてテーブルに突っ伏すると、唐突にリビングのドアが開いた。
「う〜ん、ここ、アルマの家にそっくりだなぁ……」
大あくびしながら、その人物はリビング入ってきた。
「ハ、ハルキ⁉︎」
寝癖をそのままにした、寝間着姿の春樹だった。
「あれ、アルマ。俺、結界に戻されるんじゃなかったっけ」
「え、えぇ。そのはずだけど」
「俺、特別なのかな。でも、俺自分の結界分かんないままじゃん……」
結界の呪いによって、ツバキの家に戻ると考えていたため、呪いの影響がない今、ツバキの家は分からなかった。春樹は今、帰る場所がない。
「な、なら…………その、ここに住めばいいわ」
「…………いいの?」
「え、えぇ。しょうがないし」
アルマの顔が、ほんのり紅くなった。とんでもないことを言っているのは分かっていた。人に褒められることでもないことも。だがアルマを咎める人物はいない。
「ありがとう、アルマ! 大好き!」
春樹がアルマに抱きついた。
「そ、そう。喜んでもらえたなら、よかったわ」
二人は昼食を摂ると、リビングのテーブルについていた。アルマは一回自室に戻って服を着替えた。いつものエプロンドレスだ。
「よし……まずは……服を用意しないとな」
「私の着る?」
「サイズ合わないよ……というか女性の服を着るのはちょっとね……」
「そう?……困ったわ。錬金釜だと、この服しか作れないの。布なら作れるのだけれど」
「……ねぇ、アルマ、お裁縫の本とかある?」
「え、えぇ。あるにはあるけど……まさか自分で作るの?」
「うん。裁縫は得意なんだ」
「分かった。書庫に案内するわ。行きましょう」
二人は書庫に行って、裁縫関係の本を探した。見つかったものの、ボロボロだったので、まずは修繕を行った。修繕を終えると、春樹は、裁縫用の道具を持って、昨日貸し与えた寝室に入った。
その部屋を春樹の部屋にすると言ったら、非常に喜んでいた。
アルマは春樹に用意してほしいと頼まれた布と、ミシンを錬金釜で作り出し、用意した。
春樹の部屋に入ると、彼は笑顔で出迎えてくれた。顔が赤くなりそうだ。
ただ、ノックをするように遠回しに言われた。アルマも自室にいきなり春樹が入ってきたら、状況によっては嫌な時もあるだろう。
まだまだ人との付き合い方を学ばなければならないな、とアルマは思った。
彼は相当手先が器用なようだ。料理もできるし、裁縫も現在恐るべき速度で進んでいる。アルマだったら、半分も進んでいないだろう。
アルマは春樹の横顔をベッドに座って観察していた。彼が服を作り始めてから既に三時間が経過している。
春樹の顔を見ていると心臓が高鳴ってくる。ドキドキしている。真剣な眼差しが、自分に向けばいいのに、とアルマは妄想に浸っていた。……全くの無表情で。
「ごめん、退屈だよね」
「気にしないで進めて頂戴。裸で徘徊されても困るもの」
「そうだね。じゃ、とりあえずズボンは完成……と」
「もうできたの?」
「簡単なものだからね。ベルトをつければ何とか着れる。見栄えは悪いけど、今は見た目より生産力だ」
「そ、そうね」
そうして、春樹は夜のお風呂の時間までに服ワンセットを完成させた。確かに見栄えが悪かったが、次の日は完成度を増したものを作り出していた。
数日が経って、ハルキはようやく自分の作りたい服が作れたようだった。
「シンプルね」
ワイシャツに、黒いズボン。全く面白味もない格好だが、彼には似合っていた。
「あぁ。身体を入れ替えられる直前までこういう格好をしていたんだ。学校帰りでね。ネクタイはいらないからしてないけど」
「そう、学校、ね……」
彼は異世界の学校に通っていたらしい。学校が、勉強をする場だというのは、アルマも本で読んで知っていた。だが、それだけでないことも知っている。教室で友を作り、部活で技を磨き、そして、人によっては恋を育む場だということも知っている。
そういう場に、アルマはあこがれていた。だから、春樹がそういった機会を奪われたことを、アルマも残念に思っていた。
春樹に楽しく過ごしてほしい、とアルマは心から願った。
時は既に夕方。春樹は身体を伸ばすと、時計を見てアルマの方を向いた。
「ご飯を作ろうかな」
「えぇ、お願い」
「何食べたい?」
「貴方の作るものならなんでも」
「分かった。期待してて」
春樹は微笑んだ顔を見て、アルマも不思議と笑みをこぼした。こんな日常が続いていることが、アルマにはとても喜ばしいことだった。
RA:グレイ・ハウンド ~人形使いの異世界復讐録~ アストレア @astoreaf2
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