RA:グレイ・ハウンド ~人形使いの異世界復讐録~
アストレア
その日、アルマは少年と出会う。
第1話 その日、アルマは少年と出会う
雪が積もり、辺り一面銀世界の大地に、これまた純白の、鋼鉄の巨人が木々に身を隠していた。
人間で言う目の部分に二つ、羽の生えた帽子のような部分に二つと、計四つの目と、牙を模したような口部センサが光を灯している。
この巨人は、人を食すという怪物――幻種と戦う為に作られた、アルミュール・マリオネット――通称AMと呼ばれる種の兵器だ。そしてこの機体は異世界の兵器を魔法使いが改造したRAライド・アーミーグレイ・ハウンドの亜種、スノー・ハウンド軽装甲であった。
見た目こそハイテク兵器だが、数百年前からその存在が認められているらしい兵器だった。
そして、そのスノー・ハウンドのコクピットには、機体に似つかわしくない、まるでおとぎ話にでもでてくるかのような服装をした少女が表情を消して座席に座っていた。白い頭巾に、エプロンドレス、とまるで赤ずきんが色を失ったかのような服を着ている。
銀色の髪に、蒼い瞳をしたその少女の名はアルマ。
いや、彼女は見た目こそ幼いが、その実、年齢的に少女ではない。彼女はすでに数百年の時を生きていた。彼女は魔女だ。魔法を使うし、年を取らなければ、死ぬこともない。
かつてこの大陸に住んでいた者たちは、彼女のような存在を『魔種』と呼んだ。
魔種は孤独な存在だった。親や隣人が存在しない。過去に存在していても、アルマには記憶にない。なぜ記憶がないのかすら分からない。
魔種はそれぞれ、家の周りの結界によって幻種から守られる。代わりに夜中に、結界に戻されてしまうという特異な性質があった。ある種の呪い、とされているが。そのせいで、魔種は組織を作れず、孤独に生きるしかなかった。
「なにかしら、あれ」
アルマは純白のRA:スノー・ハウンド軽装甲のコクピットの中、目の前に投影された浮遊型モニタに映された景色と睨めっこしていた。付近に幻種の反応を見つけたのだ。
いつもならば、さっさと接敵、サクッと三枚おろしにするところだったが、今日は少し状況が違った。
――誰かが幻種に追われている?
機体のカメラを望遠機能に変え、様子を伺う。少年が『人型』幻種から逃げているようだ。少年の姿をしたその魔種は、必死だった。こちらにも気づかず、必死に走り続けている。
脆弱だ。魔法も使わず、ただ逃げるだけ。あれではそう遠くないうちに幻種に食べられるだろう。そして、幻種の体内で溶かされて、夜中になれば結界に戻されて、傷は癒えるだろう。
魔種は時間の巻き戻しに近い再生能力を持つのだ。だから、たとえどんな状況にあろうとも、苦しむことはあっても死ぬことはない。
幻種が近くに生えていた木を引き抜き、少年の方に投げた。少年の目の前に木は着弾し、吹雪が舞った。少年の退路が塞がれた。チェックメイトのようだ。
アルマには助ける理由はなかった。だから、それは本当にただの気まぐれだった。
「間に合うかしら……」
スノー・ハウンドの脚部に搭載されているローラーダッシュ機構が唸りを上げ、白銀の大地を滑る。アルマは、機体の操縦系統を、『通常モード』から、思考操作によりダイレクトに機体を操作できる『特殊行動』に切り替える。
装備を選択。スノー・ハウンドの両腕に二振りのカタールが装備された。そして、そのうちの一本を投擲した。
カタールが回転し、『人型』幻種に命中。幻種の首が落ちるのを確認した。幻種は生命活動を停止すると『心臓石』と呼ばれる石を残して消滅する。逆に消滅しなければ、生きているということになる。
アルマは機体を一旦停止させた。だが、『人型』幻種が消滅していないことを確認すると、再び機体を幻種に接近させた。切り落とした頭は重要な部分ではないらしい。
幻種が、ようやくこちらの位置を掴んだようだ。左腕の触手が、まるで投げ槍のようにこちらに飛んできた。それを一振りのカタールで捌く。
だが、相手は諦めず、再び触手が襲ってきた。アルマは跳躍して回避。だが、高く跳びすぎた。相手はこちらの着地の瞬間、こちらにあの触手を叩きつけるつもりのようだ。
「それで勝ったつもりかしら?」
アルマの口元が緩んだ。これではピンチにもならない。
空中にいたスノー・ハウンドの姿が消える。刹那、スノー・ハウンドは幻種の醜い背中のすぐ後ろに現れた。
アルマが魔法を使ったのだ。『次元跳躍』の魔法。決めた座標に転移ことができる。いわゆるワープだ。
『人型』幻種は右腕の爪を横薙ぎに振りかぶろうとした。だが、遅い。カタールの一撃が、幻種の身体を縦方向に一刀両断し、雪上に『心臓石』が落ちる。ようやく『人型』幻種の生命活動が停止したらしい。
スノー・ハウンドが『心臓石』を拾い上げると、それが消えた。今のはアルマの魔法ではなく、機体の機能によるものだ。グレイ・ハウンドシリーズは不要なものを、異次元にしまっておく機能があった。中型幻種の落とす『心臓石』は、石と呼ぶには大きすぎる代物だ。かさばるので異次元空間にしまっていた。
「……さて、どうしたものかしら」
スノー・ハウンド軽装甲の頭部が左右に動き、襲われていた少年の姿を探し始めた。
すぐに見つかった。少年がスノー・ハウンドに向かって歩いてきたからだ。
アルマは、何故か彼のことが気になった。機体のハッチを開けると、スノー・ハウンドの左肩部装甲の上に乗って、少年の様子を伺った。
「あ、あの……ありがとう!」
少年が大声で声をかけてきた。アルマはそれに応えようとして、言葉に詰まった。
考えてみれば、ほとんど他人と会話したことがない。前に、とある魔種が『テレビ』いりませんか、などと言って家に来たが、興味がないので追い払った。それぐらいだった。
少年は、首を傾げた。呼びかけに応じないアルマに、『言葉が通じないのかな』とでも思ったのだろう。なんと今度は満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。
──なにがしたいのだろう。
アルマは、とりあえず『次元跳躍』の魔法で少年の背後に立った。前からだと恥ずかしいので。
「まさか……落ちたんじゃ⁉」
驚いたように、少年が駆け出そうとした。どうやらアルマがスノー・ハウンド軽装甲の肩から落ちたと思ったらしい。そこまで間抜けではないつもりだった。
──あの、後ろにいるわよ。
「ねぇ……」
アルマは勇気を出して声をかけた。
駆け出そうとした少年の背中が止まり、少年がゆっくりとこちらを向いた。まるで、ありえないものでもみるかのようだ。
「……どうやって俺の背後に?」
こちらの質問には答えず、少年は目を丸くしてこちらを見ていた。
「……そんなに驚くことかしら。魔法を使ったのよ。貴方も魔種でしょ?」
アルマの言葉に、少年は首を振った。
「……俺は君たちとは違う。ただの人間だよ」
ただの人間……アルマはとっくに絶滅したと思っていたが、生きていた存在がいたというのだろうか。
「……私ただの人間とやらを見るのが初めてなのだけれど。ただの人間がなんでこんなところにいるの」
「それは……」
少年が、俯いた。よくは見えないが、その顔は、恐らく苦痛に歪んでいた。
「貴方……泣いているの?」
ふと、そんな言葉が出た。何故だろうか、彼が泣いているように見えたのだ。
「え……そう見えるかな」
「とっても悲しそう。話……聞いても?」
先程まで言葉が詰まって出てこなかったのに。今度はスラスラと言葉が出てきた。彼のことが、気になった。
「……うん」
「私はアルマ。……貴方は?」
「俺は……」
そうして少年は名を名乗った。
「俺は春樹だ。……誰がなんと言おうと」
彼は自身をを春樹と名乗った。まるで噛みしめるかのように。
「ハルキ、ね。それで、どうしてそんなに悲しそうなの?」
「奪われたんだ。身体をね。きっと俺の人生もあいつに持っていかれた」
言っている意味が理解できなかった。身体を奪われるとはどういう意味なのだろう。
「……どういうこと?」
「それは……」
春樹は自身の辿った道筋を話し始めた。
八城春樹が目を開いた瞬間、ぼやけた彼の意識は一瞬で覚醒した。夕方の通学路を歩いていたはずだった。だというのに景色は真っ白。驚くはずである。
「ここは……?俺……こんなところで何を……」
どうやら森のようだ。だが、見覚えはない。もっとも、こんな雪景色では、たとえ元の景色を覚えていても分からないであろう。
通学用の鞄がなくなっていた。鞄の中には携帯が入っていたが、たとえ携帯があってもこんなところに電波が届くかは分からない。
ワイシャツとズボンについた雪を払いながら春樹は立ちあがる。少し離れたところの木々に積もっていた雪が不意にドサリと落ちる。その音に反応して春樹は振り返っ
た。
「……⁉」
人がいた。見覚えのある顔だ。だが知り合いではない。毎日……鏡で見る顔だ。そう、自分の顔だった。
ただ、春樹と違い、少し髪が長い。髪が右目を隠していた。
緑色の服の袖をまくり、ブーツと、まるでRPGゲームに出てくる旅人のような服装をしている。中二病全開な自分の姿に、春樹は自分の目を覆いたくなった。
「はじめまして。僕はツバキだ」
なんと声を掛けようか悩んでいると、向こうから話しかけてきた。
よかった。俺じゃないんだ、と春樹は内心ほっとしていた。
「君を呼んだのは僕なんだ……どうしても借りたいものがあってね」
──ここに呼んだ? なぜ? 何のために?
聞かなければならないことは多くあった。春樹の口から漏れ出たのは、彼……ツバキと名乗る少年の言葉の意味を問うものであった。
「……なにを?」
「君の人生」
「は……?」
その言葉の意味を理解する前に、春樹は恐怖を感じた。ツバキが何を言ってるのかは分からないが、 自分に害を及ぼす存在であると直感していた。
──逃げよう……。
走り出そうとして、ふと体が動かないことに気が付いた。何かに縛れらている訳ではない。だから体が動かないはずがないのだが。
「動けないかい?」
春樹の反応を楽しむかのように、ツバキが言った。
「僕はね魔法が使えるんだよ。そういう種族でね。僕は自分以外の生物をある程度支配できる。でも安心してくれていいよ。別に君を殺すわけじゃない」
ツバキが右腕をこちらに向けた。
「な……ん……だ」
まばゆい光が視界を覆う。体が動けないので首は回せないが、目は瞑れた。
光が収まり、ようやく目を開けた。
「な…………」
春樹は口をあんぐりと開けた。
今まで無様に動けなかった自分の体が、すぐ目の前にあった。
自分の体が目の前にあるなど、物理的にあり得ない。
「いやいや驚いた。全くといっていいほど違和感がない。身体が入れ替わったというのにね。よほど僕たちは似ているらしい。……この指輪半信半疑だったけどどうやら力は本物のようだ」
十秒前にははめていなかったはずの指輪を見ながら、春樹……いや、ツバキは言った。
春樹とツバキの身体は入れ替わっていたのだ。
「それじゃ、君には悪いけどこの身体借りていくよ。まぁ……身体だけでなく生活そのものも……だけどね」
「何を言ってるんだ、待て‼」
春樹は掴みかかろうとして、ツバキの身体が消えかかってることに気付き、思わず腕をひっこめた。
「――ず――――えす」
「え…………」
その呟きに、呆気に取られている間に、ツバキの身体は消えてしまった。
「いつか必ず……だと……ふざけんな‼」
春樹は雪を思いっきり蹴り上げた。
「なんでだ! なぜ皆、俺から居場所を奪うんだ!天音も、父さんも、母さんも、どいつもこいつも!」
憎しみが沸き上がる。
「……俺から居場所を奪ったお前たちを殺してやる……」
春樹は一人、決心を固めた。
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