第XXXX話 勇者オウカの大冒険:Fake end
私がツムギ様との出会いまで時間を遡り、そして記憶を失ったことに気付いたのは、ツムギ様がクラスメイトの勇者に刺された瞬間でした。
***
「そろそろ、光本様がツムギ様と戦い始めるころですね」
エル王女様は窓辺から夕焼けを見つめながら呟きました。
間もなく彼女は、この魔王城からハーニガルバットの王城まで、移転魔法で移動します。それがツムギ様との約束でした。
私は彼女を見送るよう言われていたので、魔法陣の描かれた部屋までついてきていました。
「オウカ様、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました」
「いえ、王女様。こちらこそ、私たちのためにたくさんご迷惑をおかけしました。
ありがとうございました。王女様が作ってくれたご飯美味しかったです」
私は笑みを作って答えます。
オールゼロとの戦闘に負けて森に飛ばされてきた私とツムギ様は、このお城で王女様と再開したのです。
魔王となったツムギ様は、王女様に人質を演じてもらうことで勇者をこの森に呼び出しました。それはツムギ様と同じくこの世界に召喚された彼らを、元の世界へ戻すためです。だからこそ王女様も協力してくれたのです。
勇者がこの森に入った時点で彼女の役目は終わり、王城へ帰すこととなっていました。
ですが、私にとっては正直どうでもいいことでした。
一刻も早く、ツムギ様の元へ戻りたいのです。
言葉に表すのが難しい焦燥感が、心臓から吐き出されそうな感覚でした。
「オウカさん、実は伝えていないことがあります」
「はい……?」
意外な言葉に、私は意識は彼女へと戻りました。
これ以上、彼女と伝え合うことがあるのかと考えましたが、すぐにそれがツムギ様に関わることだと気付きました。
「ツムギ様は、光本様に、召喚された同郷のものを全員殺すと告げているはずです」
「……ツムギ様は、元の世界に戻られるということですか?」
「そうです。そうして、光本様――勇者様と本気の戦いをする気なのです」
当然だと思いました。むしろその結果こそ望ましいと考え、その結末を迎える覚悟を決めて私はここにいるつもりでした。
ツムギ様は自分の世界に帰るために頑張ってきた。それだけの事です。
その過程で奴隷が必要となり、私を買ってくれた。それが事実です。
でも……。
『俺の隣にいてくれ』
その言葉がどれほど嬉しかったか、あなた様は知らないでしょう。
だからこそ、ツムギ様の望みを叶えたい。そう思っていました。
「ですが――」
王女様が言葉を続けます。その先を私は想像していませんでした。
「ツムギ様はきっと、全員を送り返すために負けるでしょう。
戻るという嘘をついて、彼は死ぬ気なんです」
嘘。
それを聞いた途端、全身におぞましい程の寒気が走りました。
ツムギ様は優しい方です。守るものがあれば、時には自分自身を犠牲にだってしてしまう。そんな危うさがあります。
私はツムギ様が戻ることしか見ていなかった。
ツムギ様は、自身以外が戻ることだけを見ていた。
「――っ!」
自分の愚かさに気付き部屋を飛び出しました。
私は大きな過ちを犯した。
ツムギ様を、ひとりにしてはいけなかった。
石造りの階段をくだって広間へ出ると、そこでは大精霊様と勇者の仲間方が戦っていました。
いえ、戦っているというには語弊があります。
大精霊様が一方的な蹂躙をしていました。
全員が身体の一部を植物に変えられていたのです。
「また身体が植物にッ!」
誰かの叫びが聞こえます。
ですが、そんなことに気を取られている時間はありません。
私に気付いた大精霊様がこちらを見て子供らしい笑みを浮かべました。
「あなたも……」
みんなツムギ様の計画を知っていて、それで私にだけ伝えなかった。
私にだけ伝えられなかった。
湧き上がりそうな嫉妬を心の中に押さえ込んで、大聖堂の中に入ります。
大精霊様はついてこようとしませんでした。きっとまだ、なにか役割が与えられているのでしょう。
初めて入る大聖堂を見回して目に入ってきたのは一番奥にある斜めにずれた講壇です。
急いで近付くと、そこには地下へと続く階段がありました。
この場に誰もいないのなら、ツムギ様はこの先にいる。
私は階段を駆け下ります。
早く、一秒でも早くツムギ様の元へ行かないといけない。
ツムギ様だけが犠牲になるなんて、許されてはいけない。
「ツムギ様!」
だけど、下りた先には――
「紡車くん、君は……!」
勇者の剣によって心臓を貫かれたツムギ様の姿がありました。
「――――っ!」
その光景が、私の記憶を呼び覚ましました。
「そんな……」
これは二度目。
「ああ……アアアっ!」
私は何のために、何を目指してここに来たのか。その目的をずっと忘れていたのです。
「いやあああぁあああああぁぁっっ!!」
罪が叫びとなって溢れました。
剣を抜かれたツムギ様がゆっくりと動き、
私はすぐにツムギ様の元へ駆け寄り、地面に倒れかけた身体を抱きしめました。重さに耐えきれず、互いの膝が地面についてしまいます。
「どうして……どうして私はっ!」
後悔してもしきれません。
何故、今この瞬間まで忘れていたのか。
呑気に同じ過ちの道を歩んでいたのか。
あまりにも愚かではありませんか。
「君は……」
後ろから聞こえてくる雑音ですら煩わしい。
「うるさい消えろッ!」
振り向きそう叫んだ時、視界は青く揺らめいていました。
後ろにいた勇者の肉体が縮み退化して、母の腹の中にいる時の姿まで戻ると、そのまま姿をなくして消えました。
そんなだから、私たち勇者は愚かだと言われるのです。
本当に守るべき人すら守れずに、なにを救うというのでしょうか。
「うまく、いったようだな……」
「ツムギ様!」
大精霊クィの力によって蘇生したツムギ様がか細い声を発しました。
「よかった……ちゃんと、オウカが選ばれたな」
私自身の全身が白い光に包まれていました。
ツムギ様は元の世界へ戻る権利を私に譲るために、ここまでのことをしてきたのです。
それを知っていたはずなのに、どうして私はこの瞬間まで忘れていたのか。
これが、刻喰らいの代償なのですか……。
「……それなら、足掻くまでです」
私はツムギ様の身体を強く抱き締めました。
ツムギ様は優しい手つきで、私の頭を撫でてきます。
二度とこんな悲しい触れ合いをしないために、ここまで来たはずだったのに。
後悔は消えません。
だから戻るしかない。
全てはなかったことにできない。
事実をなかったことにしても、心には刻まれ続ける。
いままでを背負った上で、私は望む未来を掴むしかない。
「こんな安直でくだらない結末に、私の大切なものを奪われてたまるか」
たとえそれが、何百回目になろうとも。
「ツムギ様……必ず助けに来ますから」
だからもう少しだけ、何も知らないままでいて。
「アビリティ――刻喰らいッ!!」
***
空気が薄い水色に染められ、朝の冷たい空気が鼻腔を擽ります。
私はベッドが軋まないよう、静かに身体を起こして、隣の彼を見ました。
まだ夢から戻らない表情は、当たり前だった日常を生きている安らかなものです。
その頬を撫でて口づけをしたくなる気持ちを抑えて、私はベッドから降りました。
彼に気付かれないよう音を殺して部屋を出ます。
アイテムボックスから赤頭巾を取り出して、黒に染った耳を隠します。食堂で宿泊客の朝食を作っていた店主にお願いして瓶をひとつ買わせて頂きました。
それを握りしめたまま戻ったのは隣の部屋。数日前までシオンさんが使っていた場所です。私は静かにドアを開いて中に入ります。この時点でシオンさんは学生寮に戻っているので、部屋の中は綺麗に片付けられていました。
私はベッドの隣にあるサイドテーブルに頂いた瓶を置いてから、ゆっくりと何度か深呼吸をしました。
「これは私の罪。そして私の罰。
過ちを繰り返す度に、あなた様を傷つける。
何度と時を巡っても傷は増えるもの。
その数だけ想いを巡らせます。
傷の数だけ、愛します」
大きく息を吸って、両手の親指と人差し指、中指を立てて。
瞳の中に捩じ込みました。
「――――――ッッ!」
泣くな! 悲鳴をあげるな! これは私の選択だ!
「くっ、ゥ! んッッ!」
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛くない!
痛く――
「ないッ!」
紐が千切れるような音とともに、視界が闇に染まります。
激しい頭痛に耐えながら、私は手探りで瓶を掴みとり眼球を入れました。
魔力を手に集中させ液体に変換し瓶の中を満たします。そしてこぼれ落ちないように魔力で硝子の蓋をしました。
「っぁ、はぁ、はぁ……私の代わりに、見ていてください」
息を整えながら、暗闇の中にある瓶を見つめます。
そこにある瞳は、私の分身と相違ありません。
「私は何度でも繰り返します。何度失敗しようとも諦めません。
絶対にこの不幸な結末に屈しない!
必ず! ツムギ様を! 救ってみせる!」
瓶をテーブルの上に戻した後、両手を瞼に重ねるとすぐに瞳は再生しました。
瓶の中を見ると、青い瞳が頷くかのように、じっとこちらを見ていました。
私は頷き返して、アイテムボックスからナイフを取り出します。
「ここから、再スタートです」
ナイフを振るい、壁に一つ目の傷を付けました。
そして気付けば、傷は部屋を埋めるほどに増えたのでした。
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