第138.5話 擬人化②
***
「ただいま戻りました、ツムギ様!」
部屋の引き払いに際し掃除をしようと買い物に出ていたオウカが宿へと戻ってきた。
妖狐族の彼女は特徴的な耳と尻尾を隠すために、赤い頭巾を被り、刺繍の施された白のワンピースを着ていた。隠したいのか目立ちたいのかわかったものではない。
おしりを使って部屋のドアを開くオウカであったが、別に躾けがなってないとか非常識とかではなく、両手に紙袋を抱えていたせいだ。掃除道具や王都へ向かうために必要なものを一人で調達してきたのである。それでもおしりで開けるのは怠惰と呼ぶべきかもしれない。
しかし部屋に入った途端、オウカは両手の荷物を床に落とした。故意にではなく、部屋にいた人物に驚いたからである。
そこにいたのは、長い黒髪の美しい女だった。生えかわりしたオウカの髪も黒だが、それよりも重く艶のある漆黒の髪。
身長はツムギよりも少し低いくらいで170あるかないか。ツムギがいつも着ているワイシャツを引っ張る胸が女性らしさを強調させている。
黒い瞳がオウカを見て驚愕の色を表す。
オウカも状況に理解が追い付かず混乱していた。
(なんでこの部屋に知らない女の人がいるの私が部屋を間違えるはずがないここは私とツムギ様の部屋なのは確実だから目の前にいる女は誰なのツムギ様が新しく買った奴隷かなだとしたら事前に私に説明があってもいいはずそれがなかったとしても突然奴隷を買えるほどツムギ様はお金持ちじゃないから奴隷じゃないよねとすれば冒険者かなツムギ様の強さは魔族との戦いでみんなに知られているし単純に強い男が好きとか言ってる女ならツムギ様に近づいてくる可能性もなきしにあらずだけど部屋の中にまで勝手に入ってくるなんておかしいし第一なんでツムギ様がいなくてツムギ様の服を着ている女がいるのツムギ様の私物が狙いならこの女は盗人だツムギ様の何かを狙って忍び込んだ泥棒に違いない退治なきゃよしここで殺そう)
オウカはアイテムボックスを開いて短剣を取り出した。
「ま、まてオウカ! 俺だ俺!」
女が可愛らしい慌てた声でオウカを止めようとする。
その様子と口調で、オウカは一つの解にたどり着いた。
「も、もしかしてツムギ様、ですか?」
「そうだ、お前のご主人様のツムギだ。
擬人化っていうスキルを使ったらこうなっちまったんだ」
「……な」
それを聞いたオウカは短剣を持った腕をおろす。
しかし、肩をわなわなと震わせていた。
「なんで……」
「だからスキルで――」
「――なんで私より胸が大きいんですかああぁッ!」
「そこぉッ!?」
少女の悲痛な叫びが宿内に響き渡った。
***
「なるほど、私のために竜のスキルを試されたんですね」
ツムギから事情を一通り聞いたオウカは、改めて、彼もとい彼女の姿を眺める。
ベッドの上に座った女ツムギは、艶艶としたストレートな黒髪に、女性らしい華奢な体。足を内側に向けてもじもじと恥ずかしそうな表情を浮かべている。
(この人、本当にツムギ様なのでしょうか……)
長く一緒にいるオウカですら疑ってしまうほどだ。特に苦しいからと第二ボタンまで外した胸元の谷間とかがらしくない。
ツムギとしては、肉体の変化に感覚が追い付いておらず、全身に何とも言えないむず痒さがあるのを精一杯我慢しているだけなのだが。
「と、とにかく、その魔法の効果は実証されたわけですし。
であれば、私にも使ってみてはいただけないでしょうか!」
「そ、そうだな。元々はオウカのために使う予定だったしな」
「どうせなら私は男性にしていただいて大丈夫ですよ!」
「いいのか……?」
オウカの思わぬ提案にツムギは目を大きく開く。
その表情すら可愛いとかふざけるなよと、オウカは頬を引き攣らせかけた。
「この後はギルドに行かれますよね?
なら私も性別を変えて、私たちだとバレないほうがいいと思うんです」
「おお、確かに」
それじゃあ、とツムギはオウカに対して擬人化を発動した。
なぜ今日は冒険者稼業を休むという発想に至らないのかは、この場に突っ込める者がいない。
ツムギがスキルを発動すると、オウカの全身が青白く光りだす。輪郭が少しだけ大きくなると、やがて眩しさが収まり。
「これ、が……」
声変わりしていない少年の美しい声が驚嘆を示す。
黒い短髪を七三分けにした美少年がそこにはいた。
身長はオウカよりも少し高く、しかし肉体的にはさほど変わらない細さ。どこかの貴族の子息と言われても違和感のない見た目であった。
オウカは鏡の前に立つと、自身の姿を確かめるように髪や頬をペタペタと触る。首元には赤ずきんと服装はワンピースという女装状態ではあるが見た目的には女性と言っても問題はなさそうであった。
大事なのはオウカが妖狐族であるとバレないことであるし、男になったオウカはオウカらしい面影もないことに、ツムギはひとまず安心する。
「上手く行けそうだな。王都に入る時もこの魔法を使――」
「ツムギ様――――ッ!」
突如大声を張ったオウカにツムギが肩をビクリと揺らす。
まさか魔法が失敗して副作用か何か出てしまったのかと彼の脳内で可能性が巡るが、
「何か生えてます!」
スカートを持ち上げたオウカは鏡の前で自身の下半身を見つめていた。
「……ああ、それはち〇ち○だな」
「こ、これがお○ん○んですか!」
一緒に風呂へ入った時にでも見ただろうにと、ツムギは大きく息を吐いた。
「あの、ツムギ様、この場合お手洗いはどうすれば」
「本能のままに」
ツムギは本日いっぱい、水を飲まないと決意するのだった。
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