第138.5話 擬人化③

 ***


「今日は大変ねぇ」


 小さくぼやきながらゴミ箱を運んでいるのは、ギルドの受付嬢であるマティヴァだ。

 ギルドには食堂も備えられているので、結構な量のゴミが毎日出るのである。

 ギルド館の裏口近くにあるゴミ置き場まで運ぶのは当番制で、今日はマティヴァが当番だった。


「これも今日で最後かあ」


 明日にはツムギたちと共に王都へと向かうことになっている。

 ソリーから王都ギルドへの異動ということだ。王都のギルドであればゴミ運びだけの担当がいるため受付業務に集中できる。


「それはそれで寂しいけど」

「マティヴァさん」


 ふと、呼ばれる声が彼女の耳に入る。

 反射的に周囲を見て、声の主が建物の端から顔を覗かせていた。


 黒いローブと赤頭巾の組み合わせ。マティヴァは直ぐに誰か理解したが、何かがおかしい。

 男だと思っていた黒いローブの人間はやけに細身で顔も女性だ。赤い頭巾の少女と思われた方はいつもより背が高く感じる。


「ツムギちゃん……なの?」


 困惑しつつも、マティヴァは最初に思い当たった人物の名で問いかける。


「はい、ツムギちゃんです。見た目女になっちゃってますけど、中身はツムギです」


 丁寧な返事にマティヴァは間違っていなかったと安堵の息をもらし、そしてすぐまた二人の方を見つめる。


「どうしちゃったの……?」

「実はですね」


 かくかくしかじか。

 経緯を聞いたマティヴァには既に緊張した面持ちはなく、いつも見せている優しい笑顔に戻っていた。


「オウカちゃんのためなんだねえ。それならツムギくんは元に戻ってもいいんじゃないのお?」

「一緒にいたらどっちにしろバレちゃうと思うんですよね。だから今日の依頼の間は俺もこのままで行こうと思いまして。

 ただこの格好で受付に行くとまずいので、マティヴァさんがここにいてくれて助かりました」


 どうやらツムギは裏口からギルドに入り、こっそりと依頼を受けようとしたらしい。


「でもねえ、いま依頼は一件もないのよ」

「うぇえ!? どうしてですか?」


 マティヴァのため息混じりの言葉に、オウカが少し低い声で驚く。

 いつもと反応が同じでは、見た目を変えてもバレるのではと感じたが、マティヴァは口にはしなかった。


「ほら、魔族が来てギルドも大混乱でしょ?

 ギルド長もいない状態で依頼の斡旋は何かあった時大変だからって。規則で決まってるのよ」

「じゃあ当分依頼はないってことですか」

「そうなるわねえ」

「そんなあ」


 困ったなあと、人差し指でこめかみを掻く少女ツムギを見て、マティヴァはあることを思いつく。


「それじゃあ、ギルドのお仕事を手伝ってくれない?」

「え、でもそれだと」


 マティヴァの提案にツムギが躊躇うのも当然だ。オウカと二人で行動していれば結局バレてしまいかねない。それを危惧してわざわざ裏口まで来たのだから。

 しかしマティヴァは「大丈夫よお」と言って続ける。


「二人には別々の仕事をしてもらうし、ちゃんと服も用意するわあ」


 ***


「で、どうしてこうなった」


 鏡の前に立たされたツムギは、己の姿と状況に眉を顰める。


「よく似合ってるよお、ツムギちゃん」


 隣にいたマティヴァが、ツムギの肩に手を置いて視線を鏡へと戻させる。

 ツムギが着せられたのは、黒いスカートとその上に白いエプロン。

 ギルドでお馴染みの給仕係の格好だ。

 ツムギ曰く、メイド姿である。


「てか、オウカはどこに?」

「食堂でお皿洗いとかをお願いしたのお」


 裏方の仕事であれば人目にも付きづらい。マティヴァなりの配慮なのだとツムギは悟った。

 そして同時に理解した。オウカが裏方をやるのであれば。


「俺は表方ホールか……」

「そういうこと」


 マティヴァに手を引かれながらツムギが駆り出されたのは、もちろんギルドの食堂。

 入った瞬間、どっと騒ぎ声が耳を劈く。

 なんと席はすべて埋まっており、すでに冒険者たちが木製のジョッキを片手に歌い踊っていた。長くこの街にいたツムギですら見たことない大盛況っぷりである。


「なんだこの人数……」

「なんか私の送別会だって言ってねえ……」


 さすがにこの状況は想像していなかったらしく、マティヴァですら珍しく苦笑いを浮かべている。


「マティヴァさん? まさかこれを捌ききれと?」

「人手が足りなくて」

「新人は? クラビーはどうした!?」

「んー、お寝坊?」


 ツムギが頬を引きつらせて、マティヴァの方へと向き直る。


「この依頼を辞退することは」

「と・く・む」


 ツムギ嬢に逃げ道はなかった。


 擬人化④へ続く。

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