第138.5話 擬人化④
紡車紡希は高校生だ。
高校生と言えば、勉強に部活、そしてバイトなどやることはたくさんある。
あったはずなのだ。
しかしツムギの学校はバイト禁止。彼は部活にも入らず――帰宅部に入っているとも言えるが――学校と自宅を行き来するだけの生活だった。
故にホールの仕事などやったこともないはずなのだが。
「嬢ちゃん、酒追加だ!」
「はーい」
「肉くれー!」
「空いたお皿いただきますねー」
「いい尻してんなぁぐへへ」
「お触り禁止ですよ」
意外にも順応していた。
本人はドラマやアニメでみた様子を精一杯真似ているのだが、それが役に立っているのだ。
実際はそれほど上手にこなしているわけではないが、お客様は神様な元の世界と違いギルドの食堂は楽しく騒げれば問題ないので、ツムギ程度の接客でも大丈夫というわけである。
ただし、本人は至って大真面目だ。
(って、配膳してるの俺しかいないんだが!?)
元々小さい街だから受付嬢も多い訳では無い。ほとんどが食堂で料理作りに狩り出されているのである。
「いやぁしかし、新顔はテキパキしてていいなあ」
「あの子が新しく入った猫人族か?」
「ちげえよ、よく見ろ。耳がないだろ? 頭の上に二つよぉ」
「顔なら二つあるんだがなガハハ!」
それはお前が酔ってるからだと突っ込みを入れたいツムギであったが、したところで意味が無いので無視する。
「嬢ちゃんどっから来たんだあ?」
ツムギが空いた皿を集めていると、座っていた男が声をかけてきた。
よく見れば、ツムギのよく知っている顔だった。
弓聖のヤコフである。
「いえ、俺……私は今日限りの助っ人で」
「お嬢さんみたいにべっぴんで働き者の人がギルドに来てくれると助かるんだけどなあ」
ねっとりとした視線は下心とかではなく、ヤコフが飲んでるときはいつもそうなのだ。
ツムギ自身、何度も同じ視線を受けたことがある。
「そういう予定はないので」
「じゃあさ、折角だからキズナリストを結ぼうぜ!」
ヤコフは基本的に誰とでもキズナリストを結びたがる。それ自体はいいのだが、現状のツムギにとってキズナリストを結ぶのはよくない。
キズナリストの契約は互いに口上が必須だが、解除は一方的に行うことが出来る。だからその場しのぎで結んで、後で解除するという手段はある。
しかし一度結べばステータスに相手の名前が表示される。逆に相手のステータスにも自分の名前が載る。
そうなれば目の前の黒髪美女がツムギであるとバレてしまう。
現在はチョーカーをつけているおかげで首元の数字は見えない。
「それもちょっと……」
「そんなこと言わずにさぁ、寂しいおじさんを構ってくれよォ」
酔っ払ったおじさんほど面倒な魔物はいない。
マティヴァに助けを求めたいツムギだったが彼女は見当たらない。
擦り寄ってくる目の前の魔物を無理矢理にでも討伐しようかと彼が決断しようとした時、
ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「とうッ!」
扉を開いたのは給仕服の格好をした人物。テンションの高い声とともに高く飛ぶと、ヤコフに向かって蹴りの構え。
「せーばいッ!」
「ぶぼッッ!?」
飛び蹴りがヤコフの顔に炸裂して、そのまま中央へと吹っ飛んでいく。
「「「おじさん――っ!?」」」
ギルド内の冒険者が戦慄する。
「女の子に淫らふしだらなことをする輩は、このクラビー様が許しませんよ!」
「でたなポンコツ!」
「誰がポンコツですか!」
何事もなかったように起き上がったヤコフと仁王立ちするクラビーが睨み合う。
「受付嬢になって二日目早々寝坊しやがって!」
「はぁ!? だって仕事ないって聞きましたもーん。仕事ないのに無駄に出てきて時給だけ貰えばいいんですか? 時間とお賃金の無駄ですよ! おじさんギルドの経営に向いてないんじゃないですかぁ?」
「お前から経営なんて言葉が出ると思わなかったよ……」
「ふふふ、クラビーの知的っぷりに慄くがいいですよ!」
「いやクラビー、お前バカにされてるんだぞ?」
最後に突っ込んだのはツムギだ。
すぐにそれが愚行だと気付き両手で口を塞ぐ。
「ふざ――んんん?」
勢いで言葉を返そうと振り返ったクラビーが、怪訝そうに眉を顰める。
両目は布で覆われているため彼女には何も見えていない。しかしツムギによって五感を研ぎ澄まされたおかげで、あらゆるものを感覚的に把握出来る力を得ている。
「思ってた人と違いますね。まあいいです!」
クラビーがツムギの肩をポンポンと叩く。やはりポンコツだった。
「新人さんですか? 気をつけてくださいね。
ここにいる男どもはみんな人を舐め回すような視線で見ますからっ!」
「「「見てねえよ!?」」」
冒険者達が一斉に反論する。
しかしクラビーはムスッとした表情を向けた。
「何言ってるんですか、あなた達がギルド嬢に変なこと言いながら胸とか太ももとかじろじろ見てるのはクラビーには分かるんですからね。
全神経研ぎ澄ましているクラビー様を舐めるんじゃねいですよ!」
「「「そ、それは……」」」
「私の事だってじろじろと舌を這わせるように見つめて。どうせ路地裏に連れ込んで悪戯してやろうとか、酒を飲ませて宿に連れ込もうとか考えちゃってるんでしょヘンタイ!」
「「「それはない」」」
「よし全員表へ出ろやぁ!」
クラビーがテーブルの上に乗って暴れだしたので全員で抑え始める。
お金が無くてアルバイトをしていたころから問題児だったので、全員がクラビーへの対処法を理解していた。放っておけば壁に穴が開くので早々に止めないといけないということを。
「今日はこの子が全部やってくれてんだぞ! 暴れる前にまずは感謝を示すくらいしろやぁ!」
ヤコフがツムギの肩を握りクラビーの前へと押し出す。
冒険者に両脚を抑えられてもなおじりじりと動くクラビーがピタリと止まってツムギを見る。
「んー、どうもこの子おかしいんですよねぇ」
クラビーの言葉に、どきりと焦りの表情を浮かべたのはツムギだった。
ツムギはクラビーにだけはこの状況がバレて欲しくなかった。
(バカにされるのが目に見えてるっ!)
クラビーは視覚情報以外で見ている。だからこそ違和感を覚えたのだろう。「うむむ」と声を漏らしながら、彼女はそれこそ舐めるようにツムギを視る。
そして冒険者から解放されると、徐にツムギへと近づき――
「ていっ」
「わっ!?」
胸を揉んだ。
むにっ、むにっとクラビーの手が動くと、ツムギの全身には感じたことも無いくすぐったさが奔る。
「ちょぉ!」
慌ててツムギ嬢は後退りして、自身の胸を両腕で守るように覆った。
数秒、何かを考えてるかのように立ち尽くしていたクラビーは、ニヤリと口角を釣り上げる。
「あなた! 隠し事をしていますね!」
「っ!?」
(まさかバレたのか!?)
ツムギが戦慄する。背中には嫌な汗がじわりと流れていた。
「な、なんのことでしょうか」
「とぼけたって無駄ですよ。クラビーにはわかってるんですからね。
今ここで大声でバラしてもいいんですが、それだとつまらないです。
そこで勝負をしましょう!」
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