第138.5話 擬人化⑤

「勝負……?」


 クラビーが何を考えているか分からないツムギは怪訝な表情を浮かべる。


 実を言えば、クラビーは目の前の女性がツムギだとは考えていなかった。似ている気配を感じるのは確かだが、骨格や輪郭が全く違う。竜のアビリティを知らないクラビーからすれば、まさか女体化しているなんて想像もできない。

 彼女が気づいたのは全く別のことだ。


(この女、下着をつけていない!)


 違和感故に触った胸。

 そこには確かにブラが無かった。

 そしてパンツ気配も感じ取れなかった。

 その結果、


(こいつぁ間違いなく痴女ですね!)


 すごくどうでもいいことでテンションを上げていた。

 突然現れ自身より慕われている後輩に恥をかかせてやろうという外道も外道の思考だった。


 故にクラビーが提案した勝負は。


「野球挙です!」

「はぁ!?」


 アビリティの異世界言語によってそう聞こえたツムギは、素っ頓狂な声を上げた。中身的には同じものなのだろうということにも気付いている。


「丁度貴女とクラビーは同じ服を着ています。じゃんけんで負けた方が一枚ずつ服を脱いでいき、下着姿になった方が負けです。

 さあ貴女の隠している全てを晒しますよ!」


 ここでようやくツムギはクラビーの意図に気付く。

 ツムギが下着をつけていないのは、単純にマティヴァの予備が無かったからだ。たとえあったとしてもツムギは借りなかっただろう。

 パンツは男物を脱がされた挙句穿き直しを許されなかった。

 負ければノーブラノーパンの痴態を晒すことになる。それを知っていてクラビーは下着までという基準を設けたのだ。


 こんな勝負は受けられないと口を開こうとした時、


「なんて素敵なゲームだ!」

「よしやろうぜ!みんな掛け金は銀貨1枚からだ!」


 冒険者達が盛り上がり始めてしまった。

 この勢いをツムギが止められるわけもなく、気付はクラビーと向かい合う形で立たされていた。


「どうしてこうなった」

「さあさあ身ぐるみ全部剥いでやりますよ!」


 クラビー舌なめずりをして腕をぶんぶんと回す。

 この世界にもジャンケンが存在したのは奇跡と言える。もしかしたら過去の転生者が広めたのかもしれない。


 しかしこの勝負は結果が見えている。


(クラビー、お前は知らないんだ)


 ツムギのステータスが竜並であることを。

 ステータスの差は相手の動きが読めるようになることを。


 結果、


「なんでですかあああああああああ!!」


 下着姿になったクラビーが床を転げ回っていた。

 ツムギは一枚も剥がされることなく完全勝利を収めたのである。


 おかげで冒険者達からは大ブーイングが飛んできていた。

 それもそのはず、ほぼ全員がクラビーの勝利に掛けていたのである。

 ポンコツと言われたクラビーから仕掛けたということは、何か秘策があっての事だと全員が考えたのだ。

 しかし彼らは見落としていた。

 ポンコツ故にクラビーであることを。

 クラビーに秘策などなかった。根拠ない自信だけで動いていたのだ。

 当然の結果と言える。


 唯一勝利したのは。


「やったぜ嬢ちゃん!」


 ヤコフだった。

 机に乗せられていた銀貨を袋に詰めてツムギに近づき、その手をぎゅっと握る。


(酒臭い)


 最もな感想だった。


「まだですよぉおお!」

「ぐねぁっ!?」


 起き上がったクラビーがヤコフを蹴り飛ばして再びツムギの前に立つ。


 ゴキュ


「「「おじさーん!?」」」


 飛んでいったヤコフからやばい音が響いたがクラビーは気にもとめず、再びツムギに人差し指を突きつける。


「つ、次は早食い勝負です! 負けた方から脱ぎます」

「いや、お前それ以上脱げないだろ」

「脱ぎますよ! ええ脱いでやりますよ!

 下着二枚で挑んでやろうじゃないですか!」


 クラビーのとんでもない宣言に、しかし冒険者たちは湧き上がった。

 おかげでヤコフは倒れたまま放置されている。


「三本勝負です!」


 給仕服はブラウスの上に黒のスカート、さらにエプロンをつけた仕様だ。

 もしツムギが全敗すれば最初に想像していたノーブラノーパンにたどり着く。


「お前、三回負けたらどうする気だ……?」


 対してクラビーは上下の下着のみ。恥じらいはないのかと突っ込みたいのを抑えて、ツムギは当然の疑問を投げつける。


「その時は……女豹のポーズをします」

(ネコ科だからか……?)


 もちろん冒険者たちが大喜びする。ここまで来たらクラビーがポンコツしまくるのを期待するしかないと気づいたのだろう。


 というわけで、


「最初の料理は熱々のエンジョウダケスープだ!」


 冒険者のひとりが司会進行する。

 向かい合う形でテーブルに座ったツムギとクラビーの前に、赤いスープが置かれた。


(早食いでスープとかアホかよ)


 目の前の赤いスープは湯気がたっており、いかにも辛そうな様相である。

 しかし、食べなければ勝てない。


 心してかかれ。

 心殺してかかれ。


 ツムギは自身にそう言い聞かせて木製のスプーンを手に取った。


「始めっ!」


 ずずっ

 二人がスープを啜る。


「かっ――――辛ッ!?」


 強烈な痛みがツムギの舌を襲う。辛さを超えて痛みに変わる勢いだ。

 男の時よりも大きくつぶらになった瞳から涙が零れる。

 こんなの食い物じゃないとツムギが前に視線をずらすと、


ほひほうはまへひあごちそうさまでした!」

「なっ!?」


 クラビーが完食していた。空になった皿を観客に見せる。

 思わぬ事態にツムギがスプーンを落とした。

 食堂は冒険者たちの歓喜の声に包まれる。


んうぉひおおうほはへはいへうああい猫人族をなめないでください!」

「口真っ赤にして言うことじゃねえ! 猫舌どこいった!」


 猫人族が全員猫舌などというのはツムギの偏見である。


「ぬーげ、ぬーげ!」


 冒険者達が手を叩きながらツムギを煽り始めた。

 彼がどんなに文句を言おうとも負けは負け。

 勝負を買っているのだから、男らしく、男でない姿の痴態を晒さなければならない。


 諦めを含んだため息を吐いた後、ツムギはエプロンに手をかける。冒険者の誰かが凄まじい勢いで「スーハースーハー」と大きな呼吸をしていたが気にしないことにした。

 ゆっくりとエプロンの紐を解き、後ろから前を外していく。


(((まだエプロンなのに、なんかエロい)))


 冒険者全員が息を呑んだ。が、エプロンだけなので呆気なく脱ぎ終わった。


「さあ二戦目と行きましょう!

 次はみんな大好き不死鳥の山賊焼山盛りセットだー!」


 拍手が巻き起こり、大きな皿に乗せられた肉が運び込まれる。

 不死鳥とは名ばかりの鶏鳥肉を元の世界で言うところの片栗粉的な粉をまぶして揚げた料理だ。

 普通に食べる分にはとてもおいしい大人気料理だが、今回は二十人前分くらい乗せられていた。


 ツムギが僅かに口角を上げる。

 現状クラビーはスープを一気飲み(?)したせいで多少なりとも腹がふくれている。しかも辛さを無視したせいで口腔のダメージは大きいだろう。

 対してツムギはスープを一口運んだだけである。

 腹の容量的にはツムギが有利だ。


(ここで勝てばクラビーはブラかパンツを脱がなければならない。

 そうすれば隠すために片手は抑えられる!)


 ここで先に完食すれば勝利はほぼ確実と踏んだ。


「始めっ!」


 両者一斉に肉へと喰らいつく。


「早さは互角か!」

「いやポンコツの方が少し早い」

「だが黒髪のお嬢さんも負けてねえ!」


 接戦に冒険者達が沸く。

 ほぼ互角と言っていいほどのペースで互いの皿の上が減っていく。


ほほでぇええここでぇええ!」

はふぅうううかつぅううう!」


 口に肉を咥えながら威嚇するように叫ぶ二人。

 ツムギは思った。こんな時、『大喰らい』ってアビリティがあればいいのにと。


 しかし現実は残酷だ。


「ごっちそうさま!」


 最初にそう宣言したのは――クラビーだった。


「決まったあああ! 勝者クラビー!」

「うぷ」


 司会の高らかなコールに、ツムギは顔を青ざめ口を抑える。

 なんとか逆流を押さえて全て飲み込むが、その肩は大きく上下に揺れ、息が荒くなっていた。

 ツムギはどちらかと言えば少食だ。二十人前を早食いというのは女体化してしまった小さな身体にも厳しいものだった。


「さあ、脱いでもらいますよ後輩ちゃん!」


 これは勝負。結果は出た。

 ツムギは表情を青ざめたまま無言で立ち上がると、黒のワンピースに手をかける。

 内側のインナーが一緒に捲り上がらないように、慎重に、ゆっくりと。

 それが逆に、焦らすかのようで、冒険者の心を擽る。


(((脱ぎ方がいちいちエロい)))


 一部前かがみになる冒険者も現れた。


 ワンピースを脱ぎ終えて、ついにブラウスのみとなってしまったツムギ。

 改めてその身体は男の時と打って変わって華奢になっており、冒険者だと言っても通じないだろう女性らしさで構成されている。

 ブラウスが少し大きめなおかげで下半身もギリギリ隠すことが出来ていた。

 しかし傍から見れば、見えそうで見えない超ミニスカみたいなものだ。情動を煽るばかりである。


(すけて……はないか)


 そんなことを気にしながらも、三皿目が二人の前に並べられた。


「続いてはカップルに人気のデザート、スライムゼリーだ!」


 ぷるぷるとした半透明の白いゼリーがカップ皿の上に乗せられている。

 ツムギはこの食べ物を注文したことはないが、見た目は普通のゼリーと変わりない。

 問題は、このタイミングでデザートが出てきたことだ。


(全員が俺の負けを望んでいるってことか)


 この場にいる冒険者全員が敵だと判断したツムギは、口角を釣り上げる。


「やってやろうじゃねえか!」

「準備はいいですか? それでは――始めっ!」


 合図とともに両者がスプーンをゼリーに突き刺そうとするが、


「な、すべっ!?」


 弾力のあるゼリーはスプーンを表面で受け外側へと滑らせた。

 スプーンがゼリーの中に入らないのだ。


「どんだけ柔らかいんですかっ!?」

「こうなったら!」

「直接!」


 二人同時にスプーンを投げ捨てゼリーに顔を近づける。

 掬えないなら啜るしかない。見た目は汚いが勝負の最中に見栄えなど気にしていられない。

 唇をゼリーに触れて思い切り――


「あ、そのゼリーですが」


 司会がなにか付け加えようとした時、


 ツムギとクラビーのゼリーが、破裂した。


「思い切り吸おうとするとスライムみたく中身が飛び散るのですが……遅かったですね」


 半液状のねっとりとした中身が、ツムギとクラビーの顔や身体に付着している。


「なんですかこれえー」

「…………」


 クラビーは顔についたゼリーを取ろうとするが、それがまた指の間にくっついてしまい埒が明かない。

 ツムギは意気消沈と言った様子で、机に顔を俯かせていた。

 いや、よく見ればその腕と頬が僅かに揺れている。


(や、やばい、さっきの分が)


 その顔はどんどんと青くなっていた。どうやら先程食べた山賊焼がまたも暴れているらしい。

 しかもゼリーのために無駄に身体を動かしたのも要因となっている。


「引き分けとなると、次の料理を待つか」

「い、いやもうむり、おわり」


 思わぬ結果に司会が呟くが、ツムギがいそいそと服を着始めた。

 周りの冒険者はブーイングをするが、それを無視する。彼はそんなことよりも早く便所へと向かいたかった。


 しかし、


「じょ、嬢ちゃんよぉ」


 ワンピースを着終えたところで、ツムギの足が何者かに掴まれた。

 彼が咄嗟に見下ろせば、そこには首が曲がったままの――折れているわけではなさそうである――ヤコフが目を血走らせてツムギを見ていた。


「嬢ちゃんよぉ、キズナリストぉ」

「ひぇッ」


 思わぬ光景に、珍しくもツムギが小さな悲鳴を上げた。たぶん異世界において最初で最後の悲鳴だろう。

 そんな声を上げてしまうほど驚いた衝動なのか、もしくは食べ過ぎの影響か、あるいはそのどちらもか。

 ツムギの精神が揺らぎ不安定になった瞬間だった。


 ぼふん、と破裂するような音が響くと同時に、ツムギの全身を白い煙が包む。

 直ぐに消えたその中から、黒のワンピースを着た男のツムギが現れた。


「え」

「あ」


 ヤコフとツムギが見つめ合って数秒。

 飲みすぎのヤコフと、食べ過ぎのツムギ。

 すでに限界であった。


「ぉ」

「ぇ」


 互いに顔を真っ青にし――――


 ***


 ツムギの擬人化が解けた時、もちろんオウカも調理場で耳と尻尾が突然生えてきたのだが、一緒にいたマティヴァが咄嗟に隠してくれたおかげで他の人にはバレなかったという。


 なお、ツムギとクラビーの勝負によってヤコフが手にした賞金は、ギルドの床の修繕と街の復興に使われたのだった。


 擬人化■終―――――■■■■

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