第138.5話 擬人化①

 144話の小話から


 時の流れは早いものだと、ツムギは思い出に耽っていた。

 この世界に召喚されて、王都の地下で残酷な目にあってからどれくらい経っただろうか。

 ソリーに来てからどれだけ経ち、皆と出会い、別れ、そして奴隷の少女と共にいるのか。


 実際にはそれほど経過していなことは理解していた。それでも密度の濃い日々を送っていると、ここまでの時間が長く感じてしまうのだった。


 そして、明日には王都に向かう。ソリーに魔族が現れたことをエル王女に報告するためだ。


「今日がこの街でやる最後の冒険者稼業か」


 いつでも戻ってくることはできるし、冒険者自体も一時的に休むだけだ。学生として学院に入り、奴隷商の娘であるシオンの護衛を無事に終えたら、まだ冒険者として生活していく。

 最大の目的は魔王復活の阻止。そのことをツムギは忘れていない。

 魔族との戦いは、そのためにあったのだから。


「しかし、どうしたものかな」


 ツムギは部屋の中をぐるぐると回っていた。

 それはまるで考え事が頭の中を駆け巡る様だ。自身まで渦に飲まれていては意味がないのだが。

 口元に指先を当て、脚だけが部屋の隅から隅へとベッドを避けつつくるくる。

 彼がそんな状態になっているのは、当然理由がある。


「オウカが妖狐族であることを、隠し続けられる気がしない」


 ツムギがこの街で買った奴隷の少女――オウカ。

 彼女の種族は亜人の妖狐族であり、妖狐族とは世界中から忌み嫌われている存在である。

 そんな訳があり、大きな狐の耳も、もふもふな尻尾もおおっぴらにして出歩くことができない。これまでは認識阻害効果のある赤い頭巾と大きなローブで隠してきたのだが、


「時間の問題だよなあ」


 受付嬢のマティヴァとシオンにはすでに知られている。

 しかしこれから一緒に王都へと向かうおじさんこと弓聖ヤコフには、オウカが妖狐族であることは知られていない。

 さらにオウカを王城に連れて行ったとして、そこでバレたりしたら。


「対処のしようがないな」


 将来起こり得るトラブルに、ツムギの表情はさらに苦しそうなものになる。


「何か策はないか」


 だからこそ、いまのうちに新しい手段をもってオウカが妖狐族である事実を隠そうと考えていた。

 しかしできることは多くない。


「いや、まてよ」


 部屋を回っていたおかげか、ツムギがひとつの可能性に気付いた。

 そして彼は「ステータス」と頭の中で念じ、右手を大きく横に振る。

 目の前に現れた透明な四角の枠はツムギ側からしか見ることのできない、彼自身の力を可視化したものだ。



 ◆ツムギ ♂

 種族 :人間

 ジョブ:魔法師

 レベル:57

 HP :104420/104420

 MP :104840/104840

 攻撃力:208570

 防御力:169630

 敏捷性:31760

 運命力:57


 アビリティ:異言語力・異界の眼・絆喰らい・竜刻世界・碧鏡の我・虚無界・精霊言語・精霊魔法

 スキル:上級火魔法・上級水魔法・上級風魔法・上級土魔法・擬人化・火炎弾・竜威・竜息吹・幻視・逆鱗撃


 ‐:エレミア・ジェバイド・ドラゴン

   ソ・リー



「そうだよ、ドラゴンのスキルがあるじゃねえか」


 この世界はまるでゲームのようにステータスが表示される。

 人類のステータスはレベルの十倍程度が基本。しかしツムギは自身だけに与えられたアビリティ『絆喰らい』によってドラゴンのステータスを吸収している。

 およそ人とは呼び難い数字の羅列を無視して、彼はスキル欄に記載されたある能力に目をつける。


「擬人化……これってスライムの擬態みたいなものだよな?」


 ツムギの記憶にあるのはクイーン・アシッドスライムとの一戦だ。スライムのアビリティには『擬態』というものがあり、身体の一部を人間の姿に変えることができた。


「あれの上位互換……だよな。だけどスキルってことは、他のモンスターも覚える可能性があるのか」


 スキルとアビリティの違いという余計なことを考え始めたツムギだったか、この場では無意味なことだとすぐに考えを捨てる。


「ともかくは試してみないと始まらないな」


 ツムギは部屋に掛けられた小さな鏡の前に立つ。

 そして自身を対象としてスキルを行使した。


「スキル――擬人化!」


 発動と同時に、ツムギは思い至った。

 この後、ギルドでクエストを受けるのだから、モンスターを対象に試すべきではなかったのかと。

 既に「人」である自分に擬人化をする意味がどこにあるのかと。



 擬人化②へ続く。

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