第410話 一騎打ち

「ここが、ほむらの森か」


 長い馬車での移動の後、近くの村で一晩を過ごした光本たちは、ついに焔の森の入口にたどり着いた。

 村の対応は親切丁寧なもので、それだけでも彼らはより一層この状況を早く終わらせないといけないと思っている。


 魔王の復活。

 御伽噺の中にしかいなかった存在が、人類の前に現れた。

 しかもそれは勇者候補として召喚された一人である、紡車紡希である。

 森の前にいるのは30人。

 召喚されたクラスメイト全員だ。

 王国では、エルが人質になっている件もあり、渋々全員が向かうことを了承した。

 魔王の元仲間だから危険だという声もあったが、それはすべて国王が潰していた。


「みんな、準備はいいかい?」


 光本が全員の方を向いて問いかける。

 服装は全員元の世界の制服姿。

 プレートアーマーなどをつけている者はいない。

 ただ光本の問いはそういう装備や魔法と言うよりも、気持ちの準備のこと。

 全員が頷く。


「よし、それじゃあ……?」


 森の中に入ろうと続けるより先に、光本の視界に人影が入る。


「森に誰かいる」


 全員に緊張が走る。

 人影が茂みから現れる。


「お待ちしておりましたですよー、勇者様」


 現れたのは、金髪の長い髪を引きずる、目を瞑ったままの小さな女の子だった。


 ***


「この魔王城は精霊の力を借りて、霊聖域アーカディアを経由しないと外からは入れない」


 ツムギがクィのみを勇者一行に向かわせた理由を語る。

 この世界を構築した神ミトラスのより、魔王城に入る方法は少し特殊だ。出るのには霊聖域を経由しなくてもいいが、結界を越えるのに相当な魔力を必要とする。


「エルとオウカはここで転移魔法の発動にとりかかってくれ」


 二人がツムギに連れてこられたのは魔王城の一室である。

 中には転移魔法の魔法陣が床一面に描かれており、あとはエルの魔力を流したら王城の地下に転移されるようになっている。


「残念だが見送っている暇はない。

 俺も光本たちを待たないといけないからな」

「ツムギ様はどちらで光本様たちを待たれるのですか?」

「地下の魔道具、幽閉番人カムペのところで、あいつらを待つ。

 そうでないと意味がないからな」


 エルの質問にも淡々と答えたツムギは踵を返す。


「ツムギ様、私も」

「オウカは、俺の代わりにエルを見送ってくれ」


 ついていこうとするオウカをツムギが止める。

 オウカは何か言いたげだったが、事が事である。余計な邪魔はできないと悟ったのかそれ以上は何も言わず小さく頷いた。


 ***


 状況はすべてツムギが想定している状態で進んだ。

 勇者一行が焔の森にはいったら、まずはクィがお迎えする。

 彼女が霊聖域を経由して魔王城へ向かっている間に、ツムギはエルとオウカを天い魔法陣へ案内し、自身も地下に向かう。

 そして、魔王城に勇者一行をいれたところで。


「それでは、ここが魔王城ですよー?」


 魔王城の広間まで来た勇者たちは、そう言いながら振り向いたクィの口角が妙につり上がっていることに気付いた。


「……なんでこんな、容易く入れるんだい?」


 恐る恐る光本が問いかける。

 クィは笑みを崩さず答えた。


「それは――クィが魔王様に仕えてるからですよー」


 青い瞳が開かれる。

 クラスメイト全員の警戒が一気に高まった。


「やはりかッ!」


 すぐに動いたのは光本だった。

 すでに手に握られているのはから喰らい。

 地を蹴りクィへの距離を大きく詰める。

 同時に藤原が魔力の塊を拳から放つ。

 いままでも二人が行ってきたコンビネーション技だ。


 しかし、二人が自身の攻撃へ行動を移したのと同時に、クィはすでに藤原の目の前に来てきた。

 彼女はツムギから光本の技について説明を受けて、その対策も聞いている。

 そして、これからどうするかも。

 

「はい、ですよー」


 顔の真横で伸びている藤原の腕に触れると、彼の腕が木の枝に変わった。


「なぁっ!?」

「ヒビキッ!」

「勇者さん、こちらに来てはダメですよ」


 藤原が攻撃を受け、すぐに方向を変えようとする光本を、しかしクィが止める。

 小さな手で藤原の木の枝となった腕を掴んで、すぐにでも次の行動が移せるように。


「魔王様は勇者さんとの一騎打ちをお望みですよー?

 でもどうせ、みんな一緒に向かってこようとするから、ここで足止めするよう言われてるのですよー」

「ツムギが……」

 

 ツムギが何を考えているのか分からず、光本は奥歯を噛みしめる。

 その瞳が――大きく見開かれた。

 彼の瞳には、クィの背中を狙う数人のクラスメイト。

 光本に気を取られているうちに狙う形だ。

 ただそれもクィは読んでいた。一人の剣がその小さな身体を貫こうとする瞬間に、彼女の姿は歪む。

 そして、光本の前の空間が僅かに揺れて、そこからクィが現れた。


「話は最後まで聞いてもらいたいのですー。

 単純に、魔王様と勇者さんが本気で戦えば、周りにいる人は巻き込まれるというだけです。

 勇者さんでなければ、魔王様は倒せませんよー?」


 薄く笑うクィに対し、全員が息を呑む。


「魔王様は、奥の扉を開けた先にいますよー?」


 光本は逡巡する。

 一人で向かうべきなのだろうと。だか帰るのはクラスメイト全員だ。ならばみんなと共に戦うために、ここでクィを倒すべきかもしれない。

 悩む光本の背中を――意外にもクラスメイトが押した。


「コウキ、行け!」

「ヒビキ?」

「お前しか止められないってなら、行ってこい!」


 ヒビキの言葉に続いて、


「そうだ、コウキ、行ってこい!」

「みんなの分も戦ってきて!」

「光本君、お願いします!」

「元の世界に戻るために!」


 それでようやく光本は決心がついたのか、みんなに向かって頷くと、クィの横を抜けて奥の部屋へと向かった。


「それじゃあ、残りの皆さんは、クィと少しばかり遊んでくださいねー?」

「はんッ!」


 クィの言葉に、藤原が鼻で笑って返す。


「俺たちだって負ける気はねえぜ?

 たとえロリっ子だろうが倒してコウキを迎えに行く!」

「うーん、そういう気持ち悪い熱意はいらないのですー。

 ちょっとの間だけ、ここでじっとしていてくれればいいのですー」


 クィは眉をハの字にしていた。


 ***


 光本が大きな扉を開けて部屋の中に入ると、そこは教会のような作りの場所。

 しかしツムギの姿が見当たらない。

 あたりを見回すと、奥の講壇が斜めに向いていることに気が付いた。

 そこだけしか違和感らしいものがないので近づいてみると、奥へと続く階段を見つける。

 光本は大きく息を呑んでから階段を下っていく。













 螺旋階段を下り終えたところで、部屋に明かりが灯る。


「ッ!?」


 人影に気付いた光本はすぐに剣を構えた。


「そう、警戒するな。

 ここには俺たち二人しかいない」


 光本の視界には、大きな立方体の魔道具と。

 その隣に、元の世界の制服姿のツムギがいた。


「紡車、くん」

「光本も、ちゃんと制服だな」


 現在光本が着ているのも、元の世界の制服である。

 これは必ず元の世界に戻るという光本とクラスメイト達の意思の表れだった。


「エルは?」

「お前がここに来た時点で、王国に戻る転移魔法が発動しているだろう。

 もう王城に戻っているはずだ」

「そうか……それで、その隣にあるのが?」

「元の世界に戻るための魔道具だ。

 ただし発動するには魔王か勇者、どちらかの命を必要とする」

「そんな……」


 光本が驚きに表情を歪める。ツムギの言葉の意味をすぐに汲み取ったようだ。

 だがそれでも、光本は事実を確認するように問いを重ねる。


「オールゼロは、君が」

「殺した」

「だから君が魔王になったと」

「そうだ」

「紡車君は……元の世界に戻る気なんだね?」

「――ああ」


 表情一つ変えず淡々と答えるツムギに対し、光本は恐怖心を抱いた。

 それと同時に、いまの彼が本当に魔王なのだと悟る。


「そんな、人間らしからぬ表情になっても、戻りたいって言うのかい」

「ああ。だから」


 次に発せられた言葉は、光本の想像を大きく超えていた。


「光本も、他のクラスメイトも全員殺す」

「全員ッ!?」


 ツムギの表情から真意は見て取れない。


「どうして、全員殺さなきゃいけないんだ!?

 君が戻りたいだけなら僕だけを殺せばいいだろう!」

「俺はあのクラスでひとりぼっちだった。

 そしてこれからお前を殺して戻ったとして、クラスメイトがそれを受け入れると思うか?

 戻ったところで息苦しい生活を送るだけだ。

 なら、誰にも咎められないこの場で全員、殺す」

「君は……」


 しかし、ツムギの言葉が、光本の意思を決定させた。


 ここにいるのはもう紡車紡希ではないと。


 目の前にいるのは、間違いなく、魔王であると。


「わかったよ。

 なら僕は、紡車君、いや――魔王、君を殺す」

「それでいい」


 光本が、虚喰らいを構える。

 ツムギが、虧喰らいを構えた。


「アビリティ――幻層域ファラトゥ


 空間が新たな闇に覆われる。

 これが戦いの合図となった。


 ツムギが先に仕掛ける。

 目に見えぬ速さで光本に詰めより虧喰らいを振るった。

 光本にはその攻撃は見えていなかった。

 だから一度は喰らった。

 その瞬間に、彼だけが持つ魔法を発動する。


「アビリティ――時乖エトゥネス


 時が巻き戻る。


***


「そろそろ、光本様がツムギ様と戦い始めるころですね」


 エルは外の夕焼けを確認しながらポツリと呟く。

 それは同時に、彼女が王城へ戻る時間であるということだ。


「オウカ様、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました」

「いえ、王女様。こちらこそ、私たちのためにたくさんご迷惑をおかけしました。

 ありがとうございました。王女様が作ってくれたご飯美味しかったです」


 オウカは僅かに笑みを浮かべて答える。

 しかしその表情は焦りがにじみ出ていて、すぐにでもツムギの元に行きたいと言った様子だった。

 エルは、もういいだろうと、口を開いた。


「オウカさん、実は伝えていないことがあります」

「はい……?」

「ツムギ様は、光本様に、召喚された同郷のものを全員殺すと告げているはずです」

「……ツムギ様は、元の世界に戻られるということですか?」

「そうです。そうして、光本様――勇者様と本気の戦いをする気なのです。

 ですが――」


 続きの言葉を聞いたオウカは、すぐに部屋を抜けて駆けだしていった。

 エルはそれを見届けてから、転移魔法陣を起動した。


***


 ――何時間だ?


 一回一回の攻撃が重く、苦しい。

 光本はそう感じていた。


 ――何回、時を巻き戻した?


 しかしツムギはどうだろうか。

 その表情は眉一つ動かさず、ただ剣を振るうばかり。


 ――倒せるのか、彼を?


 魔王を。

 光本の中で不安が渦巻く。

 彼の中ではすでに何時間も剣を振るっているような感覚に侵されていた。

 魔法を繰り返し発動し、時を戻し、それでもツムギには届かない。

 自分の心だけが寿命を削れれていくようで。


 ――勝てない、のか?

 

「何を怖気づいている?」


 ツムギの声が響いた。


「お前の意思はその程度か?

 勇者の実力はその程度か?

 それでよく元の世界に戻ろうなんて思ったな。

 ここはゲームみたいな世界でも、現実だ。

 人は生きているし、死ぬこともできる。

 お前たちがいま懸けているのは人生そのものだ。

 そんな甘い思考で命を懸けていたら負けて当然だな」


 ツムギの攻撃を時乖で元に戻す。

 しかし、元に戻ったはずの時間の中で、ツムギの攻撃が光本の頬を掠った。


「なんッ!?」

「ほら、アビリティが効かなくなってきたぞ?」


 光本の頬から血が流れる。

 この傷はもう治ることはない。それが虧喰らいの能力だ。

 後退した光本は、頬から流れる血を手ですくい見つめる。


 ここにあるのは、生か死か。

 戦って、勝たなければ。

 

 ――みんなの、30人の、この世界の人類の命が懸かっている。


「僕は、勇者だ」

「ああ」

「だから、使命はただ一つだ」

「ああ」

「魔王を倒し、みんなの平和を――取り戻すッ!」


 初めて、光本から攻めた。

 ツムギとの距離を縮めて――虧喰らいを振るう。

 それだけではツムギは簡単に避けてしまう。

 

 しかし、この瞬間。

 光本が覚醒した。


時乖エトゥネス!」


 時間は巻き戻らない。

 代わりに――時が止まった。

 その中で、光本だけが動き出す。

 振るった虚喰らいが、丁度ツムギの心臓を貫く位置。

 ツムギにもそれは見えていた。

 ただし動けない。

 それでも、ツムギであれば、魔王であれば、時間が動き出すと同時に――。


「紡車君、君はまさか――」


 その表情に、光本が目を見開いた。


***


 オウカは三階から二階への階段を下り、戦うクィたちを無視して中央の部屋に入る。


「ツムギ様!」


 螺旋階段を下りきり。

 その視界に映ったのは。


 心臓を突き刺された、ツムギだった。

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