第409話 奴隷解放
この世界の奴隷には大きく二通りのなり方がある。
ひとつは、資金を得るために、自身もしくは身内を売り奴隷にするパターン。
もうひとつは、犯罪者が審判によって罪滅ぼしに奴隷落ちするパターンだ。
オウカは後者であることになっている。窃盗罪による奴隷落ちだ。
実際は理が仕組んだものだったので真実は定かではない。
しかし犯罪による奴隷落ちは、定められた年数を奴隷として過ごさなければ解放できないよう魔法が仕組まれている。
「オウカが奴隷落ちしてそろそろ一年だろう。
奴隷解放の為には教会、つまり聖女がいないといけない。
幸い、いまここにはエルがいる。
勇者が来たらエルは解放してしまうから、今のうちだ」
「……そう、ですか」
ツムギの淡々とした説明に、オウカは歯切れの悪い返事をした。
そのことに彼は何も反応を示さなかったのは当然だろうか。
「オウカ様、一年間の奴隷ご苦労様でした。
奴隷解放には自身が購入されたときと同額の硬貨が必要になります」
言われて、オウカはアイテムボックスから銀貨30枚を取り出す。
――ツムギ様から貰った、私の価値。
最初のオウカはただの妖狐族だった。
奴隷のオウカは銀貨30枚の価値だった。
たったそれしかなかったオウカを愛し、守り、ずっと隣にいてくれたのはツムギだった。
オウカは銀貨をエルに渡した。
エルは少し驚いた表情を見せたが、すぐに元に戻した。
「本来は教会にある魔道具で確認などを行うのですが、今回は省略致します。
それではオウカ様、もう少し寄ってください」
「はい」
オウカとエルの距離が縮まる。
エルが手を伸ばしオウカの首元――奴隷の模様に指先を添える。
「聖女の名の元に、そなたの在を、域を、生を、自由へ放つことを許す」
オウカの首元が青白く光ると、奴隷の模様が形を、色を変え。
そこには赤色で0の数字が刻まれていた。
「これで、奴隷解放となります」
「王女様、ありがとうございました」
オウカはエルに頭を深々と下げて、それからツムギの方へと向く。
「ツムギ様」
ここからのオウカは、ツムギの奴隷ではない。
ただの、妖狐族のオウカだ。
『俺はお前の主だ! 全部まとめて俺に背負わせとけ!』
いつかの言葉をツムギが覚えているかは分からない。
ツムギは主でなくなった。
これからのオウカは、罪を一人で背負わなければいけない。
一人で、生きていかなければならない。
『俺はなオウカ、この世界に嫌われているお前を不幸にしたくない』
そのための選択がこれであるならば。
だから、オウカは今一度。
「私と、キズナリストを結んでください」
それは、ただのオウカとしての、最初の願い。
ツムギはオウカを見つめながら、
「……わかった」
長い沈黙の後、了承した。
二人が向か合うと、親指を歯で噛み切る。
左腕を前に出し、互いの手の甲へ己の血を引く。
「「愛と友の神ミトラスに誓い、ここに新たなる絆を欲する」」
これが平和への一歩ならどれほどよかっただろうかと、傍で見つめていたエルは思った。
彼女はまだオウカに話していない真実がある。
それはツムギから告げられ、口留めされている内容だった。
エルは心の中で謝罪の言葉を繰り返しながら、溢れそうになる涙を必死に抑えていた。
だが、
「ツムギ様、どうされましたか?」
オウカがツムギの異変に気付いた。
ツムギはステータスを開いていた。何故その行動を選択したのかは分からない。
しかし、彼の瞳は大きく見開かれていた。
感情を失っているはずのツムギが、明らかに表情を変えたのだ。
彼はゆっくりと、口を開く。
「ステータスが増えている」
「ッ!?」
オウカとエルは慌ててツムギの隣に駆け寄り、そのステータスを見る。
魔王になってからのステータスは、魔王城にきたときに見ている。
レベルは変わっていない。
にも関わらず、ステータスの数字は大きくなっていた。
「そんな……ッ!」
エルは口から感情が漏れてしまいそうになり、思わず両手で覆う。
しかし、目元からが涙が零れていた。
ステータスが上がった理由は分からない。
本来であれば、ツムギのステータスは落ちるはずなのだ。
それはエルもオウカもその目で見てきたのだ。
さらにエルは、それによって孤独を強いられ、さらに蔑まされてきたツムギの姿を見てきている。
だから、泣かずにはいられなかった。
考えられずにはいられなかった。
もし、この世界で。
ツムギとオウカが、主と奴隷としてではなく。
一人の少年と、一人の少女として出会ていたら。
孤独なツムギにも、小さくてささやかでも、幸福で充実した冒険者生活が待っていたかもしれないと。
◆ツムギ ♂
種族 :魔族
ジョブ:魔王
レベル:65
キズナリスト:オウカ
「……そうか」
何か納得したように、ツムギが小さく呟くと、オウカの頭に手を乗せる。
「ありがとな、オウカ。
俺の隣にいてくれて」
僅かに笑みが浮かべられる。
オウカはその言葉に、いまにも泣き出しそうだった。
「私は……」
このままでは、すべての想いを吐き出してしまう。
オウカの抑えていたものが、崩れかけていた時だった。
「王様」
当然空間が歪み、そこからクィが現れた。
その表情は真剣なもの。それで彼らはすべてを悟った。
「来たんだな」
「はいですよー。
勇者一行が、焔の森に入りましたのですー」
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