第407話 ただ、青く
「……なぜ、そこまで」
理が口を開いた。
「なぜそこまで、抗うのですか。
所詮ここはあなたの世界ですらない。
いわば一種の夢と同じ。
あの子が消えても、それは泡沫」
動けないまま、俺は口を開く。
「そんな夢でも、これが、いまの俺の全てだ。
だから、諦めない。
お前は、どうして諦めたんだ」
ピクリと、彼女の肩が揺れた。
「お前は何度も妖狐族の死を見てきたはずだ。
一番近くで、ずっと。
だからお前にしかできなかったはずなんだ。
この世界に、抗うことを」
「そんなことは無意味です。
妖狐族の存在は世界により定義されています。
それを覆すには、それこそ神の領域に踏み込まなければなりません」
「少なくとも、片隅に手は届いてたんじゃないのか?
他にも、手段を見つけることはできたんじゃないのか?
お前は早々に諦めてたんじゃないのか?
だから何度も死を迎え、その中で俺を待っていた。
俺を待つ必要なんてなかった。
お前はもっと、戦えたはずだ。
世界にもっと、抗えたはずなんだよ」
「……あなた様は何もわかっていない。
たとえ世界一つ壊す力があろうとも、身近なものを守れるとは限らないのですよ。
小さな奇跡ですら、大きな代償が伴うのです。
だから私は世界を嫌い、妖狐族を嫌い、あなた様を愛し、あなた様と新たな世界に向かうのです」
「……結局お前も、オウカを嫌うんだな」
「……終わりにしましょう」
振り上げられていた剣の柄が強く握りしめられ――振り下ろされた。
眼前に迫る魔力の塊。
このまま受けてしまえば、すべてが終わる。
すべて、終わってしまう。
ダメだ。
それだけはダメだ。
ここで負けてしまったら、オウカの未来も終わってしまう。
それだけは――
「絆喰らい――ッ!」
背後から蠢く気配。
俺の上を飛び越えて影が、絆喰らいが魔力と衝突する。
「それが、あなた様の答えですかッ!」
苦悶の表情を浮かべる理に、俺は何も言葉を返さなかった。
もう言葉はいらない。
「これが、あなた様の想いの強さですか」
あるべきは、オウカを救うためだけの想い。
チートだって。
アビリティだって、スキルだって。
フレンド機能――キズナリストだって。
もう、必要ない。
世界は青く。
ただ、青く。
***
――怖い夢を見た。
――いままでにないほど、怖い夢だった。
眠りから覚め、意識を覚醒させたオウカが最初に抱いた気持ちだった。
それがどんな夢だったか、目を開けてしまえば何一つ思い出せない。
ただ、そこに残された感情だけがオウカの心を満たしていた。
「あれ?」
途端に違和感が襲いかかってくる。
昨夜はツムギと星を眺めた後、一緒のベッドに潜り込んだのが彼女の最後の記憶だ。
しかし身体を起こした瞬間、周辺に明かりが灯り、ここがオウカの知らない場所だと気付かされる。
魔王城の中、だとは思うが確証はなかった。
場内全てを見てまわったわけでもない。
だからといって、自分が夢遊病で移動したとも思えない。
「あ……」
そして違和感がもう一つ。
落ち着いてきた怖いという感情の代わりに、心には大きな穴が空いたような感覚も生まれた。
その原因がオウカにははっきりとわかった。
――青い鳥が、いない。
自分の中にいたはずの、もう一人の自分。
邪視を与え、奇跡を与えてくれていた青い鳥。
それがいるという感覚が抜け落ちていた。
――ツムギ様に
伝えなければいけないと。
まずはここがどこなのかと周囲を見回した時、
「ツムギ様!?」
部屋の奥にツムギはいた。
臀部を地面につけて座り込み、立てていた両膝の上に腕を置いた状態で俯いていた。
隣には謎の黒い物体が浮いている。
しかしオウカはそのことよりも、ツムギの方にしか意識がいってなかった。
慌てて駆け寄り、
「ツムギ……様」
顔をあげたツムギがオウカを見て僅かに笑う。
その様子に、オウカは言葉を失った。
ツムギの瞳には、光も、闇もなかった。
ただ、虚ろ。
青色の瞳が、虚空を見つめていた。
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