第405話 あなた様を、殺します

「させるか!」


 精神世界なら、武器も、魔法も、全て記憶とイメージで用意するしかない。


「虧喰らい!」


 叫ぶと同時に跳躍する。

 ことわりに向けて伸ばした腕に、虧喰らいが形成された。

 それを離さぬよう握りしめて振るう。


 気付いた理が振り返ると同時に魔力の塊を飛ばしてくる。

 虧喰らいと衝突したそれは想像以上に弾け、互いが遠くに飛ばされた。


「俺の感情を解放して、たとえ俺の心が壊れたとしても、俺は絶対にお前には縋りつかない。

 たとえ己の全てを取り戻して、大切なものを失ったとしても、俺はオウカを想い続ける」

「……どうして、そこまで」

「お前こそ、どうしてオウカを殺す?

 いまのいままで、奇跡を与え続けたお前が」


 互いに転がった身体を起こして睨み合う。

 警戒は怠らない。あちらに隙はないし、こちらも隙を作らない。

 視線での攻防が続く。


 数秒の間。

 それを崩したのは理だった。

 彼女はゆっくりと息を吐く。


「一度目は偶然。

 彼女の死が適切でない故の偶然」

 

 そして、語りだした。


「二度目は、与えられた奇跡。

 生きるために起こされた紛れもない奇跡。

 三度目は、意志による必然。

 持つ者が使った力に代償が伴うのも必然」


 それは、オウカと理の軌跡であると、俺は自然に理解した。


「代償はあなた様の願いにより無くなった。

 それがここまで来るために必要だったから。

 最後は、覚悟。

 すべてを犠牲にしても守るという覚悟。

 そしてあの子は、あなた様をここまで連れてきた」

「それで、掌を返したのか」

「いいえ、私は最初からこのために動いてきました。

 あの子が生きていることが必要だという判断で、ここまで生かしてきました。

 しかしもう必要ないのです」


 理のもう片腕に剣が形成される。


「あなた様はこの世界で一度死にました。

 どうでしたか、死ぬという感覚は」

「…………」


 唐突な質問に俺は返事をしない。

 何を企んでいるか分からないからこそ、警戒を緩めることはない。


「私は何度死んだか、もう数えていません。

 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 ――妖狐族の中で、妖狐族として殺されてきたのです」


 その言葉は重みがあり、空気を冷たくした。


「私はもう苦しみたくありません。

 あなた様も、あの子を苦しませたくないでしょう?

 だから、この世界を終わりにしましょう。

 妖狐族の嫌われる世界を消し、新しい世界に行きましょう」


 彼女は大きく両腕を広げた。

 これが最終通告だろう。

 ここで彼女の考えを受け入れれば、この世界は無くなる。

 新たな世界の、アダムとなれる。

 しかし、エバは理だ。

 オウカじゃない。


「オウカが笑って生きていけないなら、意味がない」

「そうですか」


 理が剣を構えた。

 俺も、空いた左手の中に、魔力で剣を作り上げた。


「俺も、オウカにはもうお前は必要ないと思っていたんだ」

「だからあの部屋で私を待っていたのですね。

 最初から、戦う気だったからこそ、私の精神世界にも入れた」

「そうだ。俺はお前をオウカから排除する。

 そうすれば、あいつはただの女の子になる」

「私が離れれば、傷を癒すことも、生き返ることもできなくなるのですよ?」

「それが、普通って言うんだよ」






















「改めて言うぜ、理。

 お前を、殺す」

「ならば答えましょう。

 あなた様を、殺します」


 地を踏む動作と共に、空間が揺れた。

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