第400話 焔の森で待つ

「ま、魔王!?」


 目の前の彼から思わぬキーワードが現れて、光本たちは目を丸くする。

 そんな彼らの反応はもちろんだがツムギには届いておらず、言葉は続けられた。


「現在、この世界の人類にこの光景が見えるよう魔法をかけている。

 何が起きたのか分からない奴に説明するなら、目を一時的に奪ったというべきか。

 これが終われば、ちゃんと返す。

 この魔法は、一人の視覚と聴覚情報を繋げた相手に見せるものだ。

 いま、俺のことを見ているのは――こちらが誘拐した、エル王女だ」


 周囲にどよめきが奔る。

 全人類の目を奪う大規模な魔法が発動していること。

 情報としてまだ公開されていない、王女の誘拐。


 これは夢か幻か。

 冷静になれば、周辺が同じ状況で夢だという方が無理なのだが。


「……まあ、信じろと言う方が無理だろうな。

 なんせ魔王も、魔族も、すべて架空でしかない生物。

 ここに存在しちゃいけない。そういう風に世界が定めたからな」


 ツムギが教壇から身を下すと、右腕を大きく振るった。

 すると、周辺の景色に一瞬だけノイズのような乱れが走り――空が映った。

 光本たちの視覚となっているエルの視線が、上へ、下へ移る。

 そこが空中であるとわかった途端、周りの数名から悲鳴が漏れた。


「ここは王都と、南の街ソリーを繋ぐ道にある大きな森だ」


 空中に浮いているにも関わらず、お構いなしにツムギは続ける。

 確かに前方には大きな森が広がっていた。


「そして、これが現実だ」


 ツムギが森に向けて右腕を伸ばすと、拳の人差し指と親指をぴんと立てて銃のような形を作る。


「――極魔法ごくまほう


 拳銃の引金を引いたかのように、手首が上に軽く跳ねた。

 瞬間――森に光の柱が立った。

 否、貫いたというべきか。

 そう気づいた時には、エルの聴覚から、その後すぐに自身の聴覚へ轟音が届く。

 二重の地鳴りが鼓膜を劈き、光本たちは思わず耳を塞いだ。


 音と光が止むと、そこに森の姿形は無かった。

 ただ大きなクレーターが残されただけだった。


「自分たちの耳にも聞こえてきただろう?

 これが嘘だと思うなら、脚に自身のあるやつが確かめに行くんだな」


 再び景色にノイズが奔ると、先ほどの教会に戻る。


「さて、簡単ではあったが、魔王は復活し、人類と敵対する旨をここに宣言させてもらった。

 しかし幸いなことに、人類側には勇者も復活している。

 ――光本こうもと光希こうき


 不意に名前を呼ばれ、光本の肩が揺れた。

 ツムギに見えているのはエルのはずである。

 しかし、その視線はこの光景を見ている光本に向けられているように思えた。


「もしかしたら、オールゼロに言われているかもしれないが、奴は死んだ。

 だから、改めて言わせてもらう。

 俺はほむらの森で待つ。

 この魔王城まで来ることができたら、元の世界に戻る魔道具を拝ませてやる。

 召喚された勇者候補クラスメイト、全員で必ず来い。

 でなければ、お前たちには勝利の可能性は1%だってない。

 俺を倒せるのはお前たち全員か……だな」


 その言葉と共に、視界がまた暗転し、元の瓦礫の山が瞳に映された。


「…………」

「こ、コウキ、いまの紡車だったよな……?

 あいつ、生きてたのかッ!?」

「……間違い、なく、紡車くん、だった」


 光本たちは確信している。

 あれは偽物でもなんでもなく、間違いなく紡車紡希であると。

 しかし、同時に納得できない。


「どうして、君が魔王になっているんだッ!」


 焔の森がある東に顔を向けた光本は、無意識に奥歯を噛みしめていた。


***


「協力させて悪かったな、エル」

「いいえ……」

「クィもありがとう」

「これくらいなんてことないのですよー」


 慣れていないビデオレターみたいなことを終えた俺は、大きく息を吐きながら、近くの長椅子に座った。


「ツムギ様、改めて、森についてはありがとうございました」


 エルが俺の隣に来て頭を下げる。


「いや、あそこまでする必要もなかったかもしれないからな……礼を言われるようなことはしていない」


 ソリーと王都の間にある森は実際に消滅させた。

 あそこは隠れたダンジョンもまだ多く、モンスターもよく出ることで有名だった。

 それでも、近くに住んでいる住民や、森を住処にした動物は多くいる。極魔法を発動する前、そういう奴らにはクィの力を借りて予め遠くへ逃げてもらっていたのだ。

 だが被害が完全にゼロというわけではないし、住民の住処なんかも消し飛んでいるだろうから、やり過ぎは否めない。


「でも、魔族の存在が架空となった人類には必要なことでした。

 ツムギ様、私を妄言姫と呼ばせないために、わざとあそこまでおやりになったのでしょう?」


 その問いかけに、俺は小さく笑って肯定してしまう。

 エルは何も言わず、もう一度だけ頭を下げた。


「…………」

「……まだなんかあるのか?」


 立ち去るのかと思いきや、まだ何かいいたげな顔で立っていたので、今度はこちらから声を掛ける。


「いえ、その、最後の言葉……」

「ん? 俺を倒せるのは勇者候補全員って奴か?

 実際、あいつら全員来ないと魔道具も意味ないしな」

「いえ、その、最後に妖狐族もと……。

 あれって、ただの惚気ですよね?」

「…………」


 俺は魔王らしく黙り込んでみたのだった。

 

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