第399話 誰の眼

***


 王都が魔物に攻められ、学院が魔族に支配された日。

 勇者の誕生によって魔族は一度退散したと噂されていた。

 だがそれは学院の生徒や騎士団のごく一部のものだけだ。世間にはまだ浸透していない内容である。

 しかし、魔物が王都を襲ったという事実だけは、形として残っていた。

 

 ツムギがオールゼロに敗北してから数日。

 街中に転がっていた魔物の死体、人の死体。

 それらがほぼ片付いたものの、街には賑わいの代わりに瓦礫が溢れていた。


「……僕たちは」

「コウキ?」


 街の様子を見にきていたのは、光本と藤原である。

 他の生徒は王城で休んでいる。というか、休まざるを得ないほど疲労困憊していた。

 初めて死を抱きかかえて魔族と戦ったのだ。安全な世界で楽しく生活をしてきていただけの高校生には耐えきれない精神的な負担があった。


「何のために召喚されたんだろうな」

「……」


 光本の、たぶん問いかけたわけでもない呟きに、藤原は返す言葉を見つけられなかった。


 彼自身も、召喚されたばかりの頃の自分を懐かしく思う。

 ステータスがあり、魔法があり。いくつもやってきたゲームみたいな世界なら、楽勝だと思い込んでいた。


 しかし現実は違った。


 戦おう戦おうと思っても、まともに戦えはしなかった。

 相手の読めない戦略、魔法に翻弄され、殺されることなく弄ばれただけだった。

 敵は、魔族は勇者候補を殺す気がなかった。

 その理由は分からない、が舐められてたという事実は拭えない。

 そして実際に何もできなかったことも消えはしない。


 結局、魔族に立ち向かったのは、勇者になった光本。

 そして、クラスでいつもぼっちだった紡車紡希と、彼に付き従う異世界の住人達。


「コウキッ」

「ヒビキ?」


 急に声を張り上げた藤原に、光本は少し驚いた表情の顔を向ける。


「次は、俺も戦う。 

 絶対、あのオールゼロとかいう魔族を……魔王を倒す。

 もうこんな悔しい思いはしたくねぇんだ!」

「ヒビキ……」


 考えなしの無鉄砲な発言。それが彼の悪いところでもあり、いいところでもあることを光本はよく知っている。

 そして、彼のそんな言葉に励まされてきたことも。


「もちろんだ。

 勇者になったいまこそ、成し遂げる。

 魔王を倒し、みんなで戻るんだ――戦ってくれた紡車くんのためにも」


 無力だったばかりに、臆病だったばかりに、大切なクラスメイトを失ってしまった。

 最後まで立ち向かってくれた彼のためにも、前に進むしかない。

 光本の中で、そんな意思が強く芽生えていた。


「んッ!」

「うんッ!」


 藤原が拳を前に突き出し、光本もそれに応えて拳をぶつける。

 そんな意思疎通をしている時だった。





 

 ――世界が暗転した。






「なッ!?」

「魔族かッ!?」


 機敏になっていた神経はすぐに警戒を高める。

 だが敵の気配はない。

 黒い視界に景色が戻る。


 だが、目に映ったのはいままでいた瓦礫の山ではなかった。

 何かの建物の中だった。


「何が起きてる!?」

「どこだここは!」

「ママぁ!」


 周りにいた国民たちの声が聞こえる。

 それによって、光本はこの異変が何かに気付いた。


「これは、幻覚系の魔法じゃないか?」

「こ、コウキ!? そこにいるのか!?」

「落ちつくんだ、ヒビキ。

 みんなも! 落ち着いて! 僕たちがさっきまでいた場所にいる!

 視覚が奪われただけだ!!」


 光本が叫ぶ。

 周囲の騒めきは薄れたが、不安の空気が張り詰めていた。


「ヒビキ、何が見えてる?」

「灰色の、教会みたいな……?」

「僕もだ。やはり、誰かの視覚がみんなに反映されているんだ」


 そんな魔法があるかは光本にはわからない。

 しかし状況からそういうことになっていることは理解できた。

 

「だとして、これは誰の眼だ……?」


 見えるのは、灰色の建物の内部。

 身廊と奥には祭壇。教会の様な構造だが――


「いるッ! 祭壇に誰か座っている!」


 光本の意識に合わせるように、視界は教壇を見つめた。

 そこには一人の男が座っていた。

 立てた片膝に片腕を乗せ、気怠そうな様子で俯いている。

 誰かの眼が、ゆっくりと祭壇に近づく。そして、その姿がはっきとわかる位置までくると、男が顔を上げた。

 それが誰なのか、光本たちにはすぐにわかった。


「紡車くんッ!?」


 オールゼロに殺されたはずのツムギが、そこにいた。

 彼はこちらを冷たい眼差しで見つめながら、口を開いた。


「初めまして、


 その声は間違いなく彼のもの。

 しかし目の前の男は、そうは名乗らなかった。


「俺が――魔王だ」

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