第398話 王命

 銀の腕輪、というと……次元召喚の魔道具のことだ。


「そうか、その手があったか」


 俺はすぐにアイテムボックスから腕輪を取り出して嵌める。

 そういえば、魔王になってもアイテムボックスは使えるんだな。そもそもこの魔法に種族は関係ないか。


 使うのはベリルとの一戦以来だろうか。レルネー家での戦いからは絆喰らいを使っていたし。今じゃ誰も支配下にいないので使えないが。魔王になってもぼっちは変わらない。


 意識を腕輪に戻して発動させる。いまなら相当の魔力があるので馬でもなんでも出せそうなものだが。


「我が魔力を以て次元の狭間より顕現せよ」


 頭の中では馬系来いと念じる。

 幻獣系と言えばなんだ。前回見たのがユニコーン。

 他にはペガサスとか。いけるぞなんか来い!


 そうして目の前に魔法陣が現れ、一頭の幻獣が現れた。

 馬の形。

 これは望んだ通りの――


◆コシュタ・バワー


 首のない黒い馬だった。


「デュラハンのかよ!」


 思わずツッコミの声を上げてしまう。

 馬は馬でも一番遠いのが来てしまった。首から先はめらめらと青い炎が揺らめいていやがる。

 魔王か。魔王というジョブのせいか。お前は魔王だからこれに乗れってか。そういうことなのか。


しかし、


「お馬さんー♡」


 クィは嬉しそうに馬に抱きついた。

 どうやらお気に召したらしい。


***


「大きな箱をつくりましょう

 たくさんの猫をつめましょう

 しっぽにクギを差しこんで

 トントントントン

 ニャアニャアニャアニャア♪」

「ひでぇ歌だな」


 クィを手前に乗せて、庭やら森の中を駆け巡ること数時間。

 最初は謎の歌を歌いながらわいわいと騒いでいたが、最後の方は息を荒らげて興奮状態のまま馬から降りた。

 そしてお姫様が次に選んだのはお稽古事だった。

 エルが先生となり、何故か俺も一緒に受ける。しかしクィは早々にに飽きたのか、俺の膝で昼寝を始めた。


 午後にはティータイムを設け、霊の聖域アーカディアで集めた木の実で作ったクッキーを頬張った。これもエルの手作り。エルは本当にお姫様だったのだろうかってくらいなんでもできちゃうすごい子だった。


「日も暮れてきたな」


 外の景色が茜色に染まりだしたのを確認する。

 一日中クィお姫様ごっこをしていた訳だが、


「お姫様……最後でございます。

 なんなりと、お望みを」


 クィの前で片膝をついて頭を垂れる。


「……踊りたいのです」

「……では、お手をどうぞ」


 大精霊の小さな手を握り、王城の広間へ移動。

 音楽はない。踊りも、レイミアに一度やらされたのを思い出しながらだ。

 小さな女の子と静かに足音を刻む。

 数分だけであったが、踊りを終えると、お姫様はこちらを見て満面の笑みを見せてくれた。

 そして大きく呼吸をすると、頭を大きく振って髪型を崩し、片膝をついた。

 それは決意の表れにも見えた。


「クィの我儘を聞いてくれてありがとうなのですよー」

「もう、いいのか」

「はいなのですー。もう、これで十分、お姫様になれたのです」


 クィは初めて会った時からお姫様になりたいと口にしていた。

 その理由は、純粋に少女らしいもの。

 昔、別の場所にあった王国の王女を見てから、自分もお姫様に憧れていたんだとか。

 しかしその時のクィは妖精。大精霊になっても、お姫様になることはできなかった。


「だから、ありがとうなのですよー、王様」

「……そうか」


 俺はクィを見下ろす。


「改めて、大精霊クィに命ずる。

 俺のために死んでくれ。

 その命、俺が貰い受ける」

「王命に従い、この身この全てを捧げるのですよー」


 今度は俺が膝をつき、クィが立ち上がる。

 そして俺の頭を抱え込むように、ぎゅっと抱きしめられる。


「ありがとう」

「こちらこそ、なのですよ」


 こうして二人の間に契約は結ばれた。


 ただこれは、リーの時のような大それたものでは無い。

 ささやかな口約束に過ぎない。

 それでも、絶対必要な約束だった。

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