愚かな選択(魔王城)

第397話 お姫様

***


 陽気な、とは言い難い魔王城。

 その一室のベッドの上には、一人の幼女が眠っていた。

 金色の長い髪に、人とは思えない色白の肌。

 もちろん、彼女は人間とは呼び難い。

 その姿が人間らしくとも、この世界では特別な存在だ。


 今にもにんまりと笑みを浮かべそうな口元。

 俺は顔を近づけ、その唇を――スルーし、おでこにキスをした。


「おはようございます、お姫様」


 そう告げると、待っていましたと言わんばかりに、幼女の目が開かれる。


「おはようございます、王様」


 世界と契約せし大精霊クィ。

 彼女はにっこりと笑うのだった。


***


「こちらが朝食になります」


 長いテーブルに向かい合う形で座った俺とクィの前に朝食が運ばれる。

 メイド服の姿で配膳を済ませたのはエルだった。

 俺は変わらず学院の制服のままだったが、クィはお姫様らしい、フリフリのドレスを着ている。


 どうしてそんな格好が可能になったかと言えば、先代魔王が女性だったからである。

 エルはこの城を抜け出そうとあちこちを探索したらしい。その時たまたまクローゼットを見つけたのだ。

 つまり、いまクィが着ている服は先代魔王のものだ。どうやら特殊な魔法がかけられているらしく、古びた様子もなく、着るもののサイズに変形するらしい。魔法様様というわけだ。

 逆にそうやってサイズを調整出来るせいか、服のバリエーションはほとんどなかったみたいだが。


 服に見合うように、長い髪はエルによってまとめあげられている。ウェーブがかっていたり、編み込まれていたりと、お姫様らしい髪型だ。

 起きて早々エルに浴室へと連れてかれたお姫様だったが意外にも大人しく従っていた模様。

 どうやらエルがお姫様としての心得を吹き込んだらしい。


「それで」


 俺は食事の手を止めて、


「何かしたいことはあるの……かな、お姫様」


 いつもの口調をなんとか整えつつ、クィに問いかけた。


「そうですねー」


 唇に指を当て考える大精霊。

 その口元についたお弁当をエルが布で拭ったところで、


「お散歩がいいですねー」


 次の予定が決まった。


 ***


「ぶぅ」

「え、どうした?」


 魔王城の裏にはそこそこ広い庭があった。

 そこを散歩しようと思ったのだが、なぜかクィの頬が膨らんでいる。

 初っ端から何かやらかしてしまったのかと焦りが生まれる。

 だいたいまともに女の子と付き合ったこともないしそもそも人とすら関わりの薄い俺がデートだのエスコートだの無理な話で。


 「おうまさん」

「え、なんだって?」

「お馬さんがいないのですー!」


 クィの頬がさらに膨らんだ。

 おうまさん? なんのこっちゃ。

 と思ったが、すぐに白馬のことだと考えが行き着く。

 王様と言えば白馬。ってそれはどこでも同じなのだろうか。


 俺は隣に立っていたエルに小声で話しかける。


「エル、白馬なんて」

「流石に」


 ですよね。

 魔王城に白馬なんていたら場違い感が半端ない。

 さて、お姫様の機嫌を損ねてしまったが、なにか策はあるか。

 俺が馬になるしかないか。

 そう考えていると、エルが耳元で囁いた。


「ツムギ様、あれなら如何でしょうか?」

「あれって?」

「銀の腕輪です」

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