第396話 嘘
「オウカ」
「大丈夫です!」
俺の言葉を遮るように、オウカは声を張り上げた。
「ツムギ様は帰るべき場所があります。
戻れる手段があるのなら戻るべきです。
魔王も勇者もいない、いままでの世界と何も変わりません。
……何も」
オウカの瞳から涙が零れだした。
それでも、オウカは話すのを止めない。
「ツムギ様がお帰りになられたら、私は晴れて奴隷解放です。
これから普通の女の子として生きて行けます。
いろんな人から嫌われてますから、そうですね、この森でひっそりと暮らすのもいいかもしれません。
モンスターを狩ったり、食料を探したり。
それに、いままでできなかったことをやってみることができます。
ツムギ様にもらった赤頭巾で街に入って、そうですね、いろんなもの食べ歩きしたり、お買い物したり。一日ゆっくり日向ぼっこしたり、川辺で水遊びしたり。
そうやって、一人で生きて行けます、から」
「オウカ」
俺はオウカの手を握り返す。
「何勘違いしてるんだよ」
「えっ……?」
「俺はまだ帰るなんていってない。
第一、ずっと隣にいて欲しいって言ったじゃないか。
俺は他のクラスメイトを元の世界に戻したいんだよ。
そうすれば、勇者はこの世界からいなくなる。
魔王は戦わなくて済むんだ」
そう説くと、オウカが俺に抱き着いて大きな声で泣き始めた。
「ツムギ様、私……私」
「あんま変な嘘を吐くなよ。お前は嘘が下手なんだから、素直に一緒にいて欲しいとか、いなくならないでほしいとか、そうやって我儘を言ってくれればいいんだ」
「ずっと一緒にいたいです。
隣に居たいです。
ずっとツムギ様のものでありたいです。
私の全てを捧げます。
だから……!」
俺はその場に膝をつく。オウカより頭の位置が低くなるので、その泣き顔を見上げた。
「俺はなオウカ、この世界に嫌われているお前を不幸にしたくない」
それだけを伝えて、オウカと唇を重ねた。
***
魔王城に戻ってきた俺たちは、そこで寝泊まりすることを決めた。
全員が寝静まり返ったころ、俺は一人で魔王城の最上階まで来ていた。
屋根裏のような場所に、小さな窓があり、そこから屋根の上に昇った。
寝転がって上を見上げれば、魔王城を覆い隠す木々の隙間から幾多の星々が輝いて見える。
「変な嘘をつくなよ……か」
オウカにはそんなこと言っておいて、自分は大嘘吐きだ。
元の世界に戻るための魔道具を起動するためには、最悪魔王か勇者のどちらも犠牲になる。そのことを隠して話した。
魔王と勇者を捧げよという文言は、つまりそういうことなのだ。
それに……。
「…………」
どうするべきかの答えはもう見えている。
たとえそれがどんな結果を生むとしても。
俺はそれを選ぶしかない。
この世界に嫌われたオウカが幸せになるために。
笑顔でいられるために。
その選択を。
***
翌朝、俺は王城の一室で寝ていたクィの元へ赴いた。
「クィ、頼みがある」
「なんですかー?」
ベッドから起き上がった彼女は、それが当たり前のように笑顔を向けてくる。
俺は無表情で、その言葉を告げた。
「俺のために、死んでくれ」
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