第395話 平和

 キズナリスト。

 人類に与えられた、魔族に対抗するための最後の希望。

 それが魔王である俺の首に残されていることは、オウカたちの前に戻る前に確認しておいた。


「どうして、ですか……魔族は、キズナリストを持っていないはずです」

「俺、ついさっきまで人間だったんだぜ?」

「っ……! 申し訳、ございません」

「あ、いや、別に責める意味で言ったんじゃない」


 しょぼんと項垂れるエルを慌てて慰める。

 エルの言う通り、魔族は人類でない以上、キズナリストを持っていないはずだ。


「いままでのがご冗談で、ステータスを偽られている、ということは」

「俺にはそういうことはできないな」

「そう、ですか」


 オールゼロたちはステータスも首元の数字も偽物を作り上げていた。俺にはそういうことはできない。


「たださ、もしかしたらなんだが、先代魔王もキズナリストを持っていたんじゃないかなって」

「……?」


 俺の発言に、エルは理解が及ばないと言った表情で顔を覗かせてくる。


「魔族も、人間と同じだったかもって思うんだ」

「え?」

「人とほとんど姿を変えず、ただ種族が違うだけ。

 こんなの、極端な事言えば、同じ生き物なんだよ。

 種族は人類じゃないけど、もしかしたら争わず、キズナリストを結んで、仲良く平和な世界もできたんじゃないかなって」

「そんなこと……」

「でも、いまの俺にはキズナリストがある」


 そんなことないと思うのは分かる。

 俺のキズナリストだって、人類から魔王になったせいかもしれない。

 ただ、もし平和な解決方法があれば、ここまでの俺たちやオールゼロたちは……。


「まあ、所詮可能性の話だ。

 エルには申し訳ないが、俺は魔王として、勇者と――光本と戦う必要がある」

「コウキ様が勇者になられたのですか!?」


 目を見開き、顔をぐっと近づけてきたエルに対して、俺は頷く。


「そんな、お友達なのですよね?

 もしそんな平和的な解決方法があるなら……ツムギ様たちがそれを為せば」

「エル、召喚者の俺たちを、どうやって元の世界に戻す気だった?」

「ッ!?」


 エルの顔に緊張が走り、みるみるうちに青ざめていった。

 やはり……。


「魔王を倒せば、それが手に入ることを知っていたな?」

「……申し訳、ございません」

「いや、それは構わない。

 だが、それが俺と光本が闘う理由だ」


 泣きそうな顔で頭を下げてくるエルを、俺は一度だけ優しく撫でる。

 そして、小さく白い右手を、両手で包む。


「エル、お前には頼みがある」

「頼み……ですか?」

「ああ、お前が王国に戻れる魔法陣は用意する。 

 だが、すぐには帰せない。

 エルには、魔王と勇者の戦いの語り部となって欲しい」


***


「ツムギ様、王女様は?」

「もう大丈夫だ、それよりいろいろ準備することがでてきた」


 魔王城の一階で待っていたオウカたちのところまで戻ってきた俺は、止まることなく外へと向かう。

 俺の後ろをオウカとクィがついてくる。


「自分の魔法も一度確認したいな……クィ、一度、霊の聖域アーカディアに戻してくれ」

「承知なのですよー」


 俺が魔王になったことで従順になった大精霊。

 彼女に連れられて聖域へと戻る。


「転移系の魔法陣はダンジョンの時に使っていたものを応用すればいいか。

 一方的な送りつけになるが、まあ大丈夫だろう」


 他にも、エルが語り部となるにあたって妄言姫と呼ばれないための手段が必要か。

 映像を記録する魔石か魔道具か。

 もしくは記憶を見せる魔法か。


「いや、クィが世界と契約しているなら、エルの視覚情報を世界に記録する手段もあるか……? オールゼロもアンセロの記憶がどうこうとかやってたな」

「あの、ツムギ様?」


 ぶつぶつと考え事をしていると、オウカに声を掛けられる。


「これから、何をなさるつもりなのですか?」


 これから、というのは、魔王になったいまどうするかという話だろう。

 俺の目的は魔王復活阻止だった。それは俺自身の存在で消えた。

 オールゼロを倒すという過程ももう消滅。

 オウカから見れば、すべきことがない。


「悪い、説明がまだだったな」


 俺は地下の魔道具を見た時に、やることが全て決まったので、一人であれこれと考えていたが、周りに何も言っていなかった。

 言わなくても、この二人ならついてきてくれるだろうが。


「地下に勇者候補を、つまり俺と一緒にこの世界に召喚された奴らを元の世界に戻す魔道具があった」

「え……」


 俺の言葉に、オウカの表情が驚きで固まった。


「つ、ツムギ様が戻られる手段があったのですね」

「そうだな」

「……おめでとうございます!

 これで、ツムギ様も、ご自身の世界に戻ることができるんですね!」


 オウカが笑顔で、俺の両手を握り締めてきた。


 その瞳が別の感情で染まっているのを、俺は見逃さなかった。

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