第392話 魔王

***


 講壇をずらすと地下へ続く螺旋階段があった。

 一人でそれを下っていく。

 壁に備えられた蝋燭は、俺が進むのに合わせて自然と火が灯された。


 最後の一段を降りると、たどり着いた空間が薄暗い明かりに包まれ、そこに置かれたものを僅かに照らす。


「シンプルだな」


 そんな感想が漏れた。


 空間の中心、中央に浮かんだ、半透明の黒い立方体。

 角を地面に向けて、呼吸をするようなゆっくりとした速さで横に回転していた。


 近づいて見れば、複雑な魔法陣がいくつも刻まれている。

 触れると、回転が停止する。

 そして、、上側の一つの面に文字らしきものが描かれていた。

 この世界の一般的なものでもないし、元の世界のでも、精霊のものでもない。

 しかし、それが何故か俺には読めた。


「……」


 頭を読んで、そして。


「はっ」


 鼻で笑うことしか出来なかった。


 まず大前提にだ。

 この魔道具に刻まれた文字が読めるのは――魔王だけであると。

 

「ステータス」


◆ツムギ ♂

 種族 :魔族

 ジョブ:魔王

 レベル:65

 HP :2112500/2112500

 MP :3971500/3971500

 攻撃力:2746250

 防御力:2999750

 敏捷性:2788500


 アビリティ:異言語力・異界の眼・極魔法・幻層域・絆喰らい・影喰らい・脳喰らい


「人間ですらなくなったか」


 まあ、ここまでの戦いや、オールゼロの能力をみていると、こんなステータスに意味があるとは思えなくなってくるから気にはしない。


「条件は……過去の勇者一行の死ってところか?」


 先代魔王が倒されたのは随分と昔。

 オールゼロの仲間ももう生きてはいないだろう。

 精霊のゾ・ルーも滅び、そしてオールゼロも死んだ。

 タイミングから考えれば妥当な結論だろう。


「しかし皮肉だな。オールゼロの望みを叶えるためには、自身が死なないといけないなんて」


 どこまでも、この世界は醜い。


「さて……ひどいなこれは」


 刻まれた文字を確認するように、声に出して読む。


「魔王と勇者を捧げよ。

 世界を揺るがすほどの力を欲する。

 さすれば異界へ繋がる扉は開かれるだろう」


 つまりだ。

 魔王と勇者が闘うことで、そこで発生する魔法の攻防、魔力のエネルギーをこの魔道具に蓄積させなければ発動しないというわけだ。

 

「この世界は深き穴の奥底に在り。

 容易き召喚も、上へ昇るにはより膨大なる魔力の贄が必要となる」


 勇者召喚は簡単にできる。実際、王城の魔法師が集まって成功させた。

 魔法のない世界に落とし穴を作るだけのようなものだ。

 しかしその逆は難しい。

 埋められた地中から穴を掘るには、外側からよりもより困難であると。

 それを可能にするために、魔力がひたすら必要なのだ。


「虚喰らいを握れ。終焉を喰らいて光を捧げよ。

 虧喰らいを握れ。神域を喰らいて闇を捧げよ」


 この魔道具に魔力を集めるためには、喰らいの武器である虚喰らいと虧喰らいが必須というわけだ。

 まあ、虧喰らいはこちらにあるし、光本も虚喰らいは持ってくるだろう。

 前回の魔王と勇者と同じ状態だ。


「達されれば空間は反転する。

 世界に与えられし力のみがあるべき場所へ帰する……か」


 つまり、異世界召喚によって呼ばれた人数しか戻せないらしい。

 クラスメイトは全員で31人。その全員が召喚され、全員が生きている。

 与えられる席も……31。


「だが」


 ここの文字を読む限り、魔王と勇者のどちらか、もしくは両方犠牲にならなければならない。


「……死ぬわけには、いかないんだよな」


 今度は自嘲気味に鼻で笑うことしかできなかった。

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