第391話 ここまでの戦いは
促すように俺は沈黙を続けた。
「我は生前の記憶を持ってこの世界に生まれた。
その時、ミトラスにこの世界の在り方を教えて貰い、そして自身の役割を伝えられた。
人よりも魔法の才能があった我は直ぐに旅に出て、ミトラスと出会った。
その頃は、魔王と魔族が世界に存在し、人類と争っていたのだ」
それはよくあるファンタジー物語だった。
魔王が世界を支配しようとし、それを止めるために人類は勇者を送り込んだ。
その勇者がこの世界の創造主ミトラス。そしてオールゼロを含む仲間と共に、この魔王城で魔王と戦った。
それだけだ。
本当に、それだけのチープな物語だったのだろう。
少なくとも、ミトラスはそう思っていたはずだ。
だから、役目を終えて消えた。
仲間を置き去りにして。
「喰らいの剣を握り、互いにぶつかり合い、そして魔王を滅ぼした。
戦いは終わり、世界に平和が訪れる。みんながそう喜んだ時だった。
彼女の一言は『飽きた』。それだけだった」
オールゼロは悲しそうに、ミトラスの言葉を再度言う。
「彼女にとってこの世界はゲームでしかなかった。
その時になってようやく我は気付いたよ。
彼女はこの世界を愛してなんかおらず、ただ自身が遊ぶためだけに作っていたのだと」
それでも、とオールゼロは呼吸を整えてから続ける。
「それでも、我は彼女との冒険が楽しかった。
このゲームみたいな世界を愛していた。
だから――この世界からミトラスがいなくなり、世界が改変された時は絶望した」
その声は本気で憎悪を孕んでいた。
「彼女は崇められるだけの存在になり、その力は何処かへと散り散りになった。
魔王と魔族という存在が架空に変わり、人類以外は魔物に変貌し、そして突如として妖狐族と邪視が世界に組み込まれた」
「世界の歪みか……」
「この世界は目的を失ったのだ。
いま、この世界は醜い。
何も物語を持たない、ただ残っただけの世界」
オールゼロが咳込む。勢いよく話すには身体がついていかないのだろう。
誰が見たって、彼にもう時間がないことはわかる。
それでも、溢れだした気持ちが、言葉が、止まることは無かった。
「だから我は魔王の復活を目指した。
そうすれば人類は勇者を作らねばならない。
世界は再び目的を得て、物語を生み出すと。
そうすれば――彼女がまた戻ってきてくれると」
「……だから、邪視と手を組んだのか?」
これはいままで内にしまい込んでいた質問。
いや、彼女にできなかった質問だ。
これは、オールゼロ相手にだからこそ聞けるものだ。
「お前が言っていた『あの方』っていうのは……
「……彼女に、会ったのか」
「どうして理と、邪視と協力関係にあって、それでも妖狐族を殺そうとした」
「……邪視とは、元々はミトラスのアビリティの一つだったのだよ。
それがひとつの概念となり、この世界の悪として使われた。
だから最初はこの世界を戻すために協力関係を持ち込んだ。
しかし――彼女の目的は別にある」
オールゼロは自らゆっくりと起き上がると、自身の身体に空いた穴を見つめるように猫背に俯いた。
「ミトラスの邪視は善であった。
しかし今の邪視は悪でしかない」
「それは、お前から見た意見だろ」
「……そうだな。
所詮人間というものは、己の目線がなければ善悪を決められないのだ。
己の立場を築き、守るために、善にでも悪にでもなる」
「だから、いまは悪になったとでも言い訳する気か」
「君は、善悪なんて興味ないだろう?
ましてや、我の話にだって興味はなかったはずだ」
顔を上げたオールゼロは、青い瞳でこちらを見て、僅かに口角を上げる。
「後ろの講壇をずらすといい。
そこに地下への階段がある。
その先には、君たちの世界へ戻る魔道具が備え付けられている。
妖狐族を、あの少女を守りたいなら、勇者となり得る全ての候補者を、元の世界に送り返すことだな」
確証はなくとも、確信はあった。
もしミトラスが王道をいくならば、いつか勇者召喚が行われる可能性まで考えていたなら、この異世界から元に戻るための手段は魔王城に置くだろうと。
魔王を倒すことを条件に、その魔道具が手に入るように創っているはずだと。
俺は立ち上がり、俯いているオールゼロの横を通り過ぎて講壇へと向かう。
「ここまでの」
講壇に手をついたところで、後ろからオールゼロが語り掛けてきた。
背中を向けたまま、彼の言葉に耳を傾ける。
「ここまでの戦いは、物語の序章ですらない。
一度終えたこの世界では、魔王と勇者が誕生するまで、新たな物語など生まれぬ」
「それは、お前の望む世界じゃないから、そう思うだけだろ。
魔王がいたって、いなくたって、みんな生きていくんだ。
意味があろうとなかろうと、生きているから、生きていくんだ」
俺は言葉を続ける。
「ああ、オールゼロ。お前はよくわかってる。
俺は魔王とか勇者とか、平和とか物語とか、そんなの興味ないんだ。
元の世界でだって、いくつもあったはずの物語を、誰かが創造した世界に触れてきたはずなのに、何一つ感じ取ってこれはしなかった。
いまだって同じだよ。
結局俺も、この世界をどこかでゲームだと思っていたのかもしれない。
あいつらのことも馬鹿にできないな。
ここは現実だって何度も思い込んで、必死に戦ってきたはずなのに。そんな事実を聞かされても、なんにも思うところがないんだから。
でもな、それでも。
オウカだけは、まだ、守りたいって。
救いたいって、思えるんだ。
絆喰らいでいくら感情が消えても、この想いだけはずっと残っている。
本能で、心から、彼女を愛している。
それ以外なんて全部無くなってもいいし、必要ない。
……なあ、オールゼロよ。
お前はミトラスのことを愛してたんじゃないのか?
だから、この世界から消えた彼女にまた会いたいと。
そのために、魔王を復活させようとしたんじゃないのか?
……オールゼロ。
レイ・ハーニガルバッド。
なんだ。
…………もう、死んだのか」
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