第389話 老人

「……あれが」

「……オールゼロです」


 数秒動けないでいただろうか。

 小さく口を開いて呟いた言葉に、エルが答える。

 俺は息を呑んで、その光景を見つめていた。


「ツムギ様……」


 追って階段を上ってきたオウカたちが、不安そうな表情で俺のことを見上げていた。

 俺は大きく深呼吸をする。


「……大丈夫だ。

 あいつと、オールゼロと、二人きりにさせてくれ」


 俺のお願いに、オウカは表情を変えないまま、ただ頷いてくれた。


***


 もしかしたら、という事は常に考えていた。

 それは初めて邂逅したころから、どこかで抱いていたのかもしれない。 

 この世界で、過去の勇者の話を聞くうちに、思い出すことも何度もあった。

 結果としてはそれは間違っていた。


 俺は最初、オールゼロが過去の勇者じゃないかと考えていた。

 勇者が悪役に落ちるなんて話はいくらでもある。魔王を倒してた勇者はその強力な力故に民から恐れられ、追放される。創作でいくつも見てきたような、ありきたりなお話。

 

 実際には、勇者は神が演じ、そして役目を終えるとこの世界から出ていった。

 神は勇者をロールプレイして、この世界ゲームを攻略したのだ。

 その話を聞いたとき、俺の間違った考えの中に残っていた、一つの疑問が解決した。


「いくらこの世界の言語が理解できるとして、たとえステータスとかスキルとか横文字が自然にあったとしてもだ。

 人のことをバグ呼ばわりするのは、この世界がゲームみたいだって知らなきゃ言えないよな」


 俺はベッドの上の老人の前に立つ。

 

 皺の多く、眉も髭も白く伸び切った顔。

 いまにも骨や眼球が飛びだしてきそうなくらい痩せ細っていた。

 しかし、その瞳だけは。

 青い瞳だけは、はっきりと、こちらを見据えていた。


「来たか……ツムギ」


 しわがれた弱弱しい声でオールゼロが言葉を吐き出す。

 それは戦闘の時の声とは全く違う、覇気を一切感じられないものだった。

 肩透かしを食らった気持ちもある。

 あの出会いからここまで、まともに戦ったのは学院だけだが、それだけでもこの存在がどれほど脅威で、少しでも早く倒さなければならない相手かは理解できた。

 こいつが居続ける限り、光本たちに勝ち目はないだろうと思っている。

 そんな強敵だからこそ、こちらも心して向かうべきだと。

 

 しかし現実はこの有様だ。

 あの時のオールゼロと、目の前の老人が同一人物だとは普通考えない。

 その原因の可能性を知らなければ。


 俺は彼の身体に掛けられていたブランケットを剥いだ。


 



 下着をつけただけの、ほぼ骨だけと言える細い身体には、大きな穴が開いていた。

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