第388話 予言

「ツムギ様……来て、くださったのですね!」


 彼女の驚きの表情は瞬く間に安堵と歓喜のものに変わる。

 そのまま階段を降りようとして。


「あっ」

「と」


 慌てたせいだろうか、躓き階段を落ちそうになる彼女を、俺は瞬時に間合いを詰めてその身体を支える。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 エルの頬と耳が赤いのは体調が悪いとかそういうわけではないだろうが、ここは見なかったことにしよう。


「あの時と同じですね……」

「あの時?」


 身体を起こしてやると、エルは俺の手をぎゅっと握ったまま離さない。


「ユニちゃんの時です」

「ゆ……ああ、ユニコーンか」

「ツムギ様は、あの時もこうやって私を助けてくださいました」


 王城に戻ったとき、エルがユニコーンに追われていた時の話だ。

 確かに似たような助け方をしたかもしれない。あまり覚えてないが。


「ツムギ様は、いつも私を助けてくださいますね」

「いや、俺が助けたのなんて、これを入れて二回だけだろ」

「いいえ、ここに来てくださったことも、私が攫われたときに探してくれたことも含めてです」


 俺の手から離れたエルは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」

「そういうのはやめてくれ。

 というか、攫われた後のことは知っているのか?」

「私が知っているのは、光本様とお話したのが最後です」


 それはカイロスとバルバットが空間魔法で消えた日のことだ。

 俺はクラスメイトに状況を伝えて、キズナリストによってエルとの連絡を取るようにお願いした。

 話によれば、その時はオールゼロに脅されていて嘘を言うしかなかったらしい。

 自分の身を守る行為なのだから当然だろう。責める気もない。


「このお城についてからは、交信も使えません」

「たぶん、この魔王城を隠している結界のせいだろう」


 エルにも話せることは話したい。

 しかし場所が悪い。なんせここは魔王城だ。エルがいるということは、攫った犯人も、つまりオールゼロの本体もいるわけだ。


「ここには、オールゼロも……お前を攫った奴もいるな?」

「はい……彼の姿は、予言の通りでした」

「予言?」

「私が妄言姫であるのは……以前お話しましたね」

「ああ、そのせいで学院が襲われた件についても受け入れてもらえなかったな」


 そのせいで、こちらは何も手立てを打つことなく、オールゼロたちの侵攻を許したわけだ。


「私が魔族の復活を危険視したのは、聖女の力によって予言を見たからです」

「聖女か……ただの格付けとかじゃなかったんだな」

「はい。選ばれた聖女は何かしらの力を得ることができます。その力を使って人々を救うことが役目です。

 そして私の力が予言でした。

 ほとんどは、頼まれた相手の未来を視るくらいでしたが。

 ある時、眠っていた私に予言の力が発動したのです。それは黒い男に攫われ、そして魔王が復活する光景でした。端的な光景でしたが、それが今回の事件の一部だったと確信しております」


 魔王の復活を知っていたからこそ、エルは妄想姫と呼ばれても活動を続けていたのか。

 傍から見れば、架空の存在となった魔族や魔王が生まれるわけなどないのだから、ここまで苦労も多かっただろう。


「ですが、ツムギ様が来てくださいました。

 勇者候補であるあなたが居れば、きっと魔王復活を止めることができます」 


 勇者になったのは光本だが、ここそれを告げて不安を煽る理由もない。

 そんな考えで黙っていた俺に、エルは言葉を続けた。

 階段を上り、その先の扉に近づきながら。


「お願いします、ツムギ様。

 彼を――オールゼロを倒し、魔王復活を止めてください」

「奴は……」

「この先にいます」


 そしてエルが扉をゆっくりと開く。

 入ってきた光景は、黒い棺の並べられたあの教会と似ていた。

 違うのは、棺の代わりに、綺麗に並べられた長椅子。

 女性の姿が描かれたステンドグラス。

 その下には講壇と、









 白いベッドの上で、老人が眠っていた。

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