第385話 八つ当たり
場所を変えたいと言われ、俺と理はエルフに案内されながら森の中を進んでいた。
罠、の可能性もある。エルフは俺やオウカの命を狙ったのだから。
しかし、そんなことは正直どうでもよかった。
「……理」
「なんでしょう」
小さく、呟くように発したが、理はそれが問いかけだと気づいて反応してくれた。
「俺はこの世界に来た時、神を名乗る者に会っている」
それは単なる疑問を羅列するだけだった。
「もしこの世界から神が消えているなら、あれはなんだったんだろうな」
「きっと、神の幻像でしょう。
異世界より人類を召喚、もしくは転生する仕組みは、神がいたころから存在しました。
あなた様方をこの世界に呼ぶ際、神の御言葉という過程は必須です。それが視覚化されて残っているのだと思います。それは、本物ではありません」
マスグレイブも似たようなことを言っていた気がする。
「……オウカは、どこまで自分のことを分かってるんだ?」
「あの子は、何も知りませんよ。死んだことも覚えていません」
「そうか……」
それを良かったと言っていいのかは分からなかった。
「ここだ」
エルフが足を止めて振り返る。
だいぶ森の奥に来た気がする。
彼女の目の前には大きな神殿のような入口があった。
俺はその外郭を確認するように上を見上げた。
天高くそびえ立つ白い巨塔。
「天空ダンジョン――アトゥラティア。
竜の塔よりもずっと前、まだ私たちがあるべき姿っだ時から存在する」
「……いまさらダンジョンなんかに潜らせる気か?」
エルフの言葉に、俺は眉を顰めながら問いかけた。
「本来、ここには妖精が精霊になるための儀式の場。
しかし、モンスターとなった今ではそれも不要となってしまった」
エルフが答えながらダンジョン内へと入っていくので、俺達も追従する。
中は闘技場のようにだだっ広い空間だった。
天井もあるし、中央には上へ進むための螺旋階段もある。
そして、そこには俺やオウカを襲ってきたエルフたちが集まっていた。
その中心には他よりも大人びて見える、ポニーテールのエルフが椅子に座っている。
「こんばんは、人類」
「わざわざこんな場所に呼んで何の用だ」
そのエルフのくだらない挨拶を無視して本題に入った。
「人類が強力な力を持っていること、それに抗うことが許されないこと。それは重々承知しているつもりです」
「要件だけを言え」
相手の思惑が見えない俺は急かす。
すると、その場の空気がしんと冷たくなった。
いや緊張が走ったというべきだろうか。
エルフ全員がこちらを見ていた。
まるでそれ一つだけの意思のように――。
「そこの妖狐族を、こちらに差し出してはいただけませんか」
ポニーテルのエルフがそう言った時、俺は一瞬だけ目を細めた。
たぶん、その時、殺気がでてしまったのだろう。
エルフたちが一斉に構える。
そんな中で、そのエルフは言葉を続けた。
「殺しはしません。このダンジョンに封印します。
そして、魔物となった妖精を本来の形へ取り戻す術を探します」
「何故そんなことを俺に聞く?」
純粋な疑問。
オウカを、妖狐族をどうにかしたいのなら、オウカだけを狙えばいい。
わざわざ俺に問いかける必要はない。
「人類が――あなたが、王だから」
エルフは声を固くして告げた。
王、というか、王子様と呼んでいるのはクィだ。
このエルフたちは精霊である彼女を守っているみたいだし、その彼女が王子様と呼ぶ相手を王とするのは分かる。
だが、それは理由になりはしない。
「ですが、それでも、戻りたいのです。
あるべき妖精の姿に」
「そのために、あるべき姿でもないオウカを犠牲にするのか?」
俺の言葉に、エルフは何も言わない。
ただじっと、こちらを見ているだけだ。
自らの望みを叶えるためにはやむを得ない、ということだろう。
当然だと思う。
何かを手にするために、犠牲は生まれる。
俺がこの世界で生きるために、オウカを生かすためにも、多くの犠牲があったことは認める。
だから。
「奪われるわけにはいかないんだよ」
俺は瞳を閉じた。
何も考えるな。
必要なものだけ吐き出せばいい。
「そうですか。当然だと思います。
では、人類――我らの王よ。戦うしかありません」
殺気が広がる。
槍のように尖った気配が俺に向かってくる。
「これは戦いじゃない」
俺はいま苦しいんだ。
どうすればいいか分からなくて。
でも、守らなきゃいけないんだ。
いらない。
他はもういらない。
彼女の。
オウカの幸せを。笑顔を。
それだけあればいいんだ。
これは、
奪おうとする、
この世界に対する、八つ当たりだ。
「――絆喰らい」
この静かで明るい聖域の夜で。
何もなかった。
何も起こらなかった。
そう言い聞かせて、感情を一つ殺した。
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