第384話 二度の死

 思ってもみなかったことだった。

 嫌われるために生かされている。そんなことが、オウカに課されているなんて到底信じられなかった。

 俺がそう考えるのを先読みしていたからだろうか。

 だから彼女はこんな行動にでたのかもしれない。

 一度目にしてしまえば、それは事実として叩きつけられた。


「あなた様と出会ってから、あの子はすでに二度死んでいます」

「二度、も……!?」

「一度目は、大精霊ソ・リーが邪視に飲み込まれた時。

 二度目は、レイミアに仕えていたラセンによって」


 素直に驚いた。

 そして悔いた。恥いた。


 俺はオウカを守ると決めていた。

 実際、守って戦っていたと思っていた。

 しかし現実は、彼女は二度の死を味わったという。


 もし世界に嫌われていなければ、俺はオウカを失っていたということになる。

 いや、そもそも忌み嫌われていなければ、そんなことには……。


「悔やむことはありません。

 それもまた運命だったのです」


 理は、オウカの声で静かに続ける。


「彼女がどうなるにせよ、未来はひとつ。

 それは心の中に入った時お話しましたよね。

 だから私は彼女が死なないようにしていました」

「……死なないのにか」

「絶対ではないのです。

 この子が生まれたのは、神が消えた時と言いましたね」

「……オウカは、一体いつから生きているんだ?」


 当然の疑問だったと思う。

 これまで得てきた情報を繋げば、魔王が倒されたのは随分と昔のことのはずだ。

 その時に神が世界から消え、オウカが誕生したとなれば、少なくとも見た目以上の年齢のはずなのだ。


「ごめんなさい、今のは意地悪な言い方でした」


 理は突然謝罪の言葉を述べて、そして俺の腕から離れると、隣に座って肩を寄せてきた。その行動の意図は分からなかったが、俺は受け入れた。


「妖狐は15歳として生まれます。

 見た目が幼いのは、個性としか言えませんね。オウカは実際、生まれて間もないのです」

「なら、それよりも前は」

「ただ死んだだけであれば、先程のように生き返ることもできます。

 しかし、肉体を失った場合は別です」


 その先をなんとなく悟った俺は耳を塞ぎそうになった。

 だが、聞かなければいけないとどこかで考えていた。

 だから動けず、じっと黙っていた。


***


「大丈夫ですか?」


 理の心配そうな声に、俺は小さく頷くので精一杯だった。

 両手で顔を覆う。オウカに対する想いが、それを取り巻く環境への怒りに変わってしまわないよう必死に抑える。


 肉体を失った妖狐族は、一番最初の姿に戻る。見た目に多少の違いはあっても、等しく15歳の姿として。

 しかし肉体を失った人格は戻らず、新たな人格によって目覚めるという。


 だからオウカは自身の記憶もなく、奴隷という形で俺の元に連れてこられた。新たな人格として生まれた妖狐を俺が買うように仕組んだのは理だった。


 なら、その前。

 オウカの前の妖狐族は――海に沈められたらしい。

 身動き取れなくされ、足に石を括りつけられ、海底深く。

 その子は深海で何度も溺死を繰り返し、腐敗し尽くすまで、それが続いたそうだ。


 何に対して怒るべきなのか。

 何に対して悲しむべきなのか。

 俺の死にゆく感情ではそれすら分からない。


 ただ、同じような可能性の未来をオウカはこの異世界で抱えているということに、俺の心が押しつぶされそうだった。


 同族もなく、己もいつか消え、世界は全て敵。


 オウカはこの世界でひとりぼっちだ。


「一体……」


 俺になにができるというのだろうか。

 永遠の負の命を抱えた少女の隣に居続けて。

 俺が死んだあとは、オウカはどうなるのか。

 たとえ一緒に死んでも、次の少女が犠牲になる。


 それをオウカが許すわけがない。


「人類」


 蹲っていた俺の後ろから、声を掛けられた。

 重く感じる頭を持ち上げて振り返ると、ツインテールのエルフがこちらを見下ろしていた。


「……話が、ある」


 エルフは強張った表情でそう言った。

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