第382話 聞きたいこと

***


 霊の聖域アーカディアには夜がなかった。

 仕組みは分からないが、どれだけ時間が経っても、この空間だけは白く明るい光が差し込んでいる。

 クィとオウカがベッドで眠りについたのを見計らって、俺は大樹を抜け出した。

 一人で森の中を歩き、着いた場所はオウカと見に来た聖域の端。そこに座り込んで焔の森を眺めていた。


 聖域の外は既に夜で、月もだいぶ昇っている。

 街がないから光明石も使われていない。景色を写すのは星々だった。

 そういえば、南の街で行った投星祭の石は流星になったのだろうか。そろそろ流れていてもおかしくはない。

 そんなことを考えていると、後ろに気配を感じた。

 

「気になることでもありましたか?」


 掛けられた声に振り返ると、オウカが――いや、たぶんいまはことわりだろう。


「……呼ばれなきゃでてこないんじゃなかったのか?」

「あなた様は、まだ私に聞きたいことがあったでしょう?」


 どうやら気づいていたらしい。

 確かに聞きたいことはいろいろある。正直頭の中はまったく整理できていない。受け入れるのを拒否しているかもしれない。

 そこで、思い出したことを口にした。


「だいぶ前に、夢を見たんだ。

 王都でひどい目にあった時、助けられた俺は城の一室で寝ていた。

 そこに、一人の女の子が声を掛けてきたんだ。

 もし、あれが夢じゃなくて記憶なら――それは、お前だろう?」


 問いかけると、理は諦めたように小さく息を吐いた。


「そうですね。あの意識の中で覚えているというのは意外でした」

「お前は……いつから俺のことを知っていたんだ」

「あなた様を知ったのは、あの時ですよ。

 ただ、あなた様の存在は、この世界にいらした時から気づいていました」


 理が俺の隣に座る。

 そして、じっと俺の瞳を見た。


「あなた様がこの世界に召喚されたとき、その瞳に邪視が入りましたから」

「……そうだったのか」


 意外な話、ではあったが、あまり驚きはしなかった。

 そんな感覚は、確かにあったからだ。


「ただ、正確に言うなら、邪視が入っているのは絆喰らいのほうです」

「だから、俺自身が邪視を使うことがなかったのか」

「そうですね。初めて使った時に少し影響を受けたくらいでしょうか。

 そのおかげで、私はあなた様を見つけられましたが」


 ならば、やはり。


「オウカを奴隷にし、魔族であるアンセロを奴隷商人にし、俺に買わせたのは……全部、お前の仕業だったのか……?」


 理の青い瞳を見つめ返す。

 どちらも視線を外すことなく、時間が流れ。

 理は、少しだけ寂しそうな、悲しいような表情を見せた。


「……はい。全て、私が、あなた様の隣にいるために行ったことです」


 彼女は俺の胸元に手を添える。

 それは、叱られるのを覚悟した子供の様な仕草に思えた。

 いや、そう見えたのは、俺がここで怒るべきだったからかもしれない。

 でも俺にはそんな感情はもうなかった。

 だから、聞きたいことを淡々と問うた。


「なら、オウカの記憶がないのも……」

「……そんなに、あの子のことを想ってくださっているのですね」


 理は顔を上げて、少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい目に戻った。


「残念ですが、あれは私が行ったことでありません。

 あれは世界の歪みの影響です」


 理は手を離して立ち上がると、こちらを向いて両腕を大きく広げた。


「私を――切り裂いてみてください」

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