第381話 魔王城

 聖域内は静かなもので、時折どこからか優しい風が流れてくるくらいだ。

 木々も明るい緑で、森林浴でもしていたくなるような、幻想的な場所である。

 そんな中を目的もなく、オウカと歩く。


「次、迷子になったら戻れませんよ?」

「あー、そういやあれもよく分からないままだったな」


 オウカが気に掛けたのは、焔の森で同じ場所を巡ったときのことだろう。


「まあ、あれは十中八九エルフの仕業だし、大丈夫だろう」

「でも、エルフがここに来る可能性もあるんですよね……?」

「うーんと、これだけ時間が経っても来ないってことは、戦況を立て直しているか、こっちに大精霊がいることを気にかけて動けないかってところかな」


 実際にはこの聖域のどこかにいるはずなのだが、オウカに余計な心配はさせなくてもいいだろう。

 これくらいの嘘は許されるはずだ。


 歩みを進めていると、森を抜け出し崖にたどり着いた。

 と思ったが、近づいたところで崖という認識が間違いだったことを思い知らされる。


「おいおい、これまた意外な光景だな」


 崖ではなく、聖域の端と言うべきか。


「……空?」


 オウカも目の前の光景を言葉に変換することしかできなかったようだ。

 俺たちの目の前に広がっているのは、浮遊する雲と、僅かに昇った太陽。その下に広がる焔の森。

 奥には海と境界線。

 大陸の東側をまるまる俯瞰できるのである。

 それが意味するのは、


「まさか、この聖域って空の上にあるのか」


 そりゃ大抵の生き物は入れないだろう。

 

「あ、ツムギ様みてください!」


 オウカが何かに気付いて指をさす。

 その方向を見れば、俺たちが目を覚ました教会が目に入った。

 しかし彼女が指差したのはその奥だ。


「あれは……」


 森の中からでは全く気付かなかったが、上から見下ろせばその存在を見逃すことはできない。

 森の中に隠すように建てられた灰色の城。


「あれが、魔王城か」


***


 大樹に作られたクィのお部屋に戻ると、木の実や焼き魚などが並べられていた。

 クィが用意した……とは思えないから、多分エルフなんだろう。

 三人分ある、というのは意外だったか。

 とにかく、俺もオウカも何も食べておらずお腹は空いていたので、ありがたくご馳走になった。


「それは魔王城の結界ですねー」

「ああ、そっちなのか」


 食事の中、クィにループする森のことについて尋ねると、意外な返答が返ってきた。

 どうやらあれはエルフの能力ではなく、魔王城に張り巡らされた結界による影響らしい。そう容易く魔王城には辿りつけないというわけだ。


「ということは、エルフはたまたま俺たちを見つけたのか」

「それは違いますねー」


 俺の推測をクィが否定した。


「いまのエルフは焔の森を守る役割があるのですよー。

 従うべき魔王様のお城があるから当然ですねー。

 たぶん王子様はそのせいで気づかれたんでしょうねー」


 ということは、エルフとの邂逅は必然だったのか。

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