真相は儚く(霊の聖域)

第380話 どうかそれまでは

***


「ツムギ様」


 オウカの声に、自身の内にある感情が込み上げてきて、俺は視線を大樹の方へ向ける。

 白髪青眼の、狐の少女。しかし望んだ雰囲気とはまったく別で、いまその心がオウカではないことを思い出した。


「理か……」

「……竜は倒されたのですね」

「ああ」


 俺の落胆を感じ取ったのか、理は少しばかり悲しげな表情を見せたがそれを口にすることはなかった。

 俺は彼女の問いに短く答えると、座っていた椅子に戻る。


「王子様おつかれですかー?」

「いや……そうだな、少し疲れたのかもしれない」

「それなら、そこのベッドを貸してあげますよー」


 クィは椅子から降りると俺の隣にきて袖を引っ張る。その声音に心配といった様子は感じられない。見て思ったことをそのまま口にしたのだろう。それだけ俺がいま疲弊した様子だということだ。

 抵抗する気も起きなかった俺は、その言葉に甘えてピンクのベッドに転がった。

 俺が寝転がっても余りある大きなベッドだ。


 そういえば、棺で目を覚ましてからご飯も食べてないし寝てもいなかった。

 歩き続けて、川に落ちて、マスグレイブと戦って。

 疲れていない方がおかしいか。

 そんなことを考えているうちに、意識は深い場所へ溶けていった。


***


『奇跡、と言うべきか』


 幼い少女の声が聞こえた。


『運命、偶然、でもいい。それでも、あなた様に会えたことを、私は感謝したい』


 どこかで聞いたことのある言葉だった。

 確か――夢の中だったような気がする。

 地下に閉じ込められて、五日間の地獄を抜け出した後。


『世界はまだ青いですか?

 微かにですが、目覚めてしまったのでしょう』


 その声の主が誰なのか、いまならはっきりとわかる。

 あの時から、お前は俺の近くにいたんだな。


『私も出会えるように歩みを進めてまいります。

 あなたの傍にいられるように。

 どうかそれまでは――』


 出会う前から、俺を知っていて。

 なら、オウカとの出会いもすべて――。


『どうかそれまでは、独りにならないで』


***


「……あつい」


 瞼を開けて、最初に映ったピンク色の天井に頬が引き攣るのを感じた。

 それはともかく、やけに体温が高い気がする。

 いや、違う。実際高い。


「三人で密着していればな……」


 大きなベッドの真ん中で寝ていたのが俺。

 その両サイドに、オウカとクィが寝転がっていた――俺の腕にしがみついて。


 睡眠をとったおかげか、頭はだいぶ冴えている。

 血が上っていないせいか、こんな状況でも慌てるなんてことはなかった。


 俺が起き上がると、オウカの耳と尻尾が動く。


「あ、おはようございます、ツムギ様」

「おはよう、オウカ。ずっと起きていたのか?」

「いえ、私の方がいつの間にか寝てしまっていたみたいで……申し訳ございません」


 雰囲気でなんとなくわかってはいたが、やはり理からオウカに戻っているみたいだ。

 どうやら入れ替わっている間の記憶はないらしい。


「いや、あんなことがあったんだ。気にしなくていい。

 俺もすぐ寝たしな」

「そうだったんですね。

 それで、エルフと竜は……?」


 記憶がないのなら、ここにエルフとマスグレイブが来たことも知らないし、マスグレイブに至っては既に戦ったあとだ。

 すぐ寝たなんて適当なこと言ったばかりに、そこら辺の説明に言葉がつまった。

 視線を外に向けるが、エルフたちはいなくなっている。


「ま、まだ来ていないみたいだな。

 少し散歩でもしようか」

「はい……?」


 小首を傾げるオウカを尻目に、俺は大樹の外へ出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る