第378話 すべてを喰らいし者

 影によって長剣を作ったマスグレイブが襲いかかってくる。

 俺はそれを虧喰らいで受け止めると同時に後方へ下がった。


「ま、待て!」

「邪魔だ、来るんじゃねえ!」


 エルフたちが追いかけてこようとするのを止め、俺とマスグレイブは聖域の奥へ駆けていく。


「お前にもそんな感情的な部分があったとはな」

『貴様の無駄でくだらない考えに飽きただけだ。

 我輩はつまらぬものが何よりも嫌いである』


 木々の下を駆け抜けながらも、マスグレイブは影の特性を活かして、時折霧のような形状になりながら俺に襲いかかってくる。

 動きは見えているので避けることはできているが、ジリ貧もいいとこだ。


『我輩は面白いものが欲しい!

 この欲を満たすものが見たい!

 その解は簡単だ――自ら面白いものを作ることだ!』

「それが神の力を、大精霊を喰らおうって理由かッ!」


 言葉のせいか、勢いある一撃に、避けようとした身体がバランスを崩して地面を転がる。

 すぐに体勢を立て直すも、すでに目の前には剣を振り上げたマスグレイブがいて、俺は咄嗟に虧喰らいで刀身を受け止めた。


ぐっと、マスグレイブの顔が近づく。


『神は世界の創造主。その力を得れば新たに世の理を構築することも可能であろう』

「さっきの話聞こえてなかったか?

 神はもうこの世界にいないぞ」

『忘れたか? ミトラスとは人の造り上げた神にすぎない。

 その本質はすべてを動かす権利。ミトラスとはそれを人類が視認できるようにしただけだろう。

 しかし、先ほどの話と、古い言い伝えから一つの仮説を立てた。

 我輩たち喰らう側の、捕食者の能力は――神の力の一部ではないかと!』

「!?」


 ぶっ飛んではいるが、あながち間違いではないかもしれない考えに驚く。

 驚いてしまった。

 それがマスグレイブの作戦だったのかはわからないが、僅かな隙をドラゴンは逃さない。


 緩んだ俺の剣を滑り抜けて、影の剣が肩を抉る。

 そのまま押し倒され地面に貼り付けられる。


『まだ貴様に感情があるとすれば、それは

 しかし神の力を使い続ければ、いずれそれすらも失い、人ではなくなるぞ』

「……だからなんだ」

『捕食者の力を集めれば、それは一つの神になるだろう。

 すべてを喰らいし者が新たな神として権利を得るのだ』


 マスグレイブは――俺の姿をした影の瞳は輝いていた。

 まるでお宝を見つけた子供のように。

 それは、何度も自分を鏡で見てきた俺が見たこともない俺だった。


 ――お前は誰だ。


 何度問いかけたことだろう。


 ――俺は、紡車つむが紡希つむぎだ。


 否。


 ――俺は、ツムギだ。


『失いたくなければ力を捨てろ。

 我輩に寄越せ。さすればまだ、あの少女を想えるのではないか?』


 その言葉を聞いた途端。

 心の底から何かが込み上げてきた。

 それだけは。

 その感情だけは。


 奪われてはならないし、失ってもならない。


「……たとえ」


 影の剣を左手で掴む。


「人でなくなろうとも」


 ドラゴンの力を押しやり、


「それだけは――譲らないッ!」


 血飛沫と共に、影の剣が宙を舞い霧散。

 同時に右手の虧喰らいがマスグレイブの心臓部を貫いた。


『な、んと』

「本能。そうだ、これは本能だ」

『たかが一時いっとき、奴隷にした少女を何故そこまで想う?』

「たとえ短い間でもな、苦痛だった今までがどうでも良くなるくらい救われてんだ。

 だから、この先がどうなったって良いくらいオウカのことを想えるんだよ!」

『若造めッ!』


 虧喰らいから手ごたえが消える。

 俺の姿だったマスグレイブが歪み、影を生み出す。


 視界を、聖域を、影が浸食していく。

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