第377話 そういう男

「無駄ですよ」


 飛んでいった矢は、しかしことわりの眼前で霧散する。

 彼女はすでに二尾になり、目に見える形で身体に魔力を纏っていた。


「ぐぅッ!」


 エルフたちが一斉に構える。


「大精霊に当たりますよ?」

「そんな下手な撃ち方はしないッ!」


 放たれた矢は全て理に向かっていく。


「――――やめろ」


 俺はその全てを薙ぎ払った。

 右手に握ったのはかけ喰らい。


「ッ……人類」


 ツインテールのエルフは親の仇でも見るかのように俺のことを睨みつけてくる。

 そのことに動じるほど、俺も心に余裕はなかった。


「考える時間が欲しいんだよ……お前らの一方的な恨みに付き合う暇はない」

「人類は関係ない。妖狐族が死ねば全て終わる」

「出来ると思ってるのか?

 いや――させると思ってるのか?」


 俺が睨み返すと、エルフの肩が僅かに揺れた。


「それにお前たち、マスグレイブはどうした」

「……あの竜は逃げた。関係ない」


 本当にそうだろうか。

 好奇心旺盛なあのドラゴンが逃げるなんてことは想像出来ない。

 現に俺から遠ざかっても、オウカの影に潜んでいたくらいだ。

 機会を伺っているに違いない。


 俺はエルフたちを見渡し――

 一番奥にいる奴に飛びかかった。


「ッ!?」


 慌てて他のエルフが弓を構え直そうとするが遅い。

 すでに振り上げた虧喰らいを振り下ろす。

 ――エルフの影に。


『やはり気付いていたか!』


 影は攻撃を避け、エルフから分離すると、その姿を立体的なものにする。

 俺の姿だ。


『さすがと言っておこうか』

「ひとつだけ影が濃ければ誰でも気付く」


 前方にはマスグレイブ、後方には弓を構えたエルフと挟み撃ちの状態だが、エルフ側は動揺を隠しきれていない。

 だから、俺は目の前の影に意識を集中させる。


「マスグレイブ、お前はなんで大精霊を襲う?」

『大精霊は世界と契約した神に等しき存在。

 それを喰らえば我も叡智を手にし、真理の向こうへ辿りつけるだろう』

「はっ、知識欲が暴走しすぎだな」


 鼻で笑ってみせると、俺の姿をしたマスグレイブは口角を吊り上げた。


『貴様は欲しくないのか? 万能の力を、極限の存在を』

「あいにく、さっきの話を聞いたあとじゃ、そんな欲も出てこねえよ。

 この世界はある意味役割を終えてるんだ。

 本当なら魔族も勇者も必要ない」

『そうか。貴様はやはりそういう男だ』


 影が俺に向かって飛んでくる。

 後ろにはエルフ。俺は咄嗟に横に避けるが影は追いかけてくる。


「風魔法」


 風を呼び起こし木の上まで逃げた。


『貴様は何も欲しないし何にも興味を示さない。

 短い間だったがよくわかったぞ?』

「言ってくれるな。結構色々と興味持って動いてたと思うが」

『貴様の動きは全てが演技だ。そうあるべきと考えて動いているに過ぎない。

 本当はもう、神に至る力の反動で、まともな感情は残ってないだろう?』


 一瞬だが、自分の筋肉が反応する感覚があった。

 それを見ていたマスグレイブが大声で笑う。


 笑い、笑って、大きく息を吐き。


『――要らぬなら寄越せッ!』


 怒号とともに、一瞬で眼前へと詰めてきた。

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