第376話 この世界

「お、オウカは……?」


 動揺を抑えきれていないのは理解している。が、それよりもオウカの所在のほうに意識が向いていた。


「大丈夫ですよ。

 いままで一緒に居たのはあの子です。ちゃんとここにいます」


 そう言って彼女は自身の胸元に手を添える。


「以前のようなことはもう起きません。

 いまは呼ばれたので私が出てきたまでです」

「そう、なのか……。

 いや、呼ばれたとして、お前が出てこれるのか?」

「私は確かにこの子の中に戻りましたが、別に消えた訳ではありません。

 でなければ、邪視を使っているのもおかしいでしょう?」

「そう、か……いや、そうだな」


 オウカが無事だと理解して、幾分か落ち着きが戻ってくる。

 同時に状況の意味不明さが思考に流れ込んできた。


「二人は互いを知っているのか……?」

「もちろんですよー。いまのクィがいるのはことわりちゃんのおかげなのでー」


 クィは何てことないような口調で答える。


「あなた様には、私から説明致しましょうか」


 オウカ――ではなく、理と呼ばれた少女が、クィの隣に移動する。


「昔話からになりますが、かつてこの世界に魔王がいた事はあなた様もご承知のはずです」

「ああ、そして次の魔王復活を阻止するために、俺クラスメイト達は異世界から召喚されたんだ」

「そうです。一つ前の魔王は勇者によって倒されました。

 その勇者というのが、この世界で神と称されている――ミトラスです」

「…………!?」


 声すら出なかった。

 言っている意味が理解出来なかった。

 言葉をそのまま受け止めるなら、勇者=神という話になる。


「じゃあ、なんだ?

 この世界の神は、自分で世界を作って、自分で勇者になって魔王を倒して、それで満足して消えたって言うのか!?」

「そうです」

「そんなことって……」


 あっていいのだろうか。

 自ら作り出した世界で、自ら遊んで、自ら捨てる?

 そんなの


「まるで」


 たどり着いたひとつの考えに、思わず呻き声が漏れて、反射的に立ち上がる。

 歪んだ視界が足元をおぼつかなくさせ、俺は両手をテーブルについた。


 捻れていくような視界の中で、自身の得た解が脳内を駆け巡る。


 そうだ、まるでゲームだ。

 遊び終えたゲームを捨てるかのような行為だ。


 この世界はミトラスが作り上げ、そして捨てられた。








 ここは、一度エンディングを迎えた世界なんだ。















「だから、魔物になった」


 突如として響いた声は、部屋の外からだった。

 振り向けば、そこにはエルフの集団がこちらを睨みつけてくる。

 先頭にいた、ツインテールの小さなエルフが弓を向けた。


「精霊にもなれない、邪視でもない、魔物として人類に滅ぼされる存在。

 そんなの、認めない。

 だから、その少女を――を、殺す」


 それは自分たちのことを言っているのだろう。

 世界が歪み、それを整える中で青い瞳であるエルフは魔物となった、

 その代りに埋め込まれたのが、邪視だと。

 言いたいことは理解できる。

 ――いや、できない。


「唯一の元凶……?」


 その言葉は誰を指しているのか、当然分かっている。

 だから俺は彼女の方をみた。

 彼女は何の感情を顔に出さず口を開いた。


「妖狐族が人類から嫌われているのは、邪視を持っておりそれを広めたからだと言われているのは、あなた様も知っているでしょう」


 俺は続きを促すように、無言で彼女を見つめる。


「事実、本来の邪視を持っているのは妖狐族だけです。 

 しかし妖狐族と言うのは、神がこの世界を捨てる前までは存在しませんでした」

「つまり……世界が改変されたときに妖狐族が生まれたと……?」

「いいえ。

 正確には、彼女が――妖狐族の少女だけが生まれたのです。

 世界は歪みを正す代償に邪視を生み、そのすべての罪を一人の妖狐になすり付けようとしたのです」


 …………どうして。


 どうしてなんだ。


 かつて思った。

 オウカがこれからも生きていく世界は、こんなにも彼女に残酷なのか、と。


 それすら、甘い考えだった。


 この世界は。

 、オウカを嫌い、殺そうとしている。


 

 ――青い矢が、俺の横を通り過ぎた。

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