影の竜(霊の聖域)

第374話 霊の聖域

 胸元にへばりついているクィを引き剥がして起き上がる。

 景色が変わったと言ったが、正確に言うならこれはもう場所が変わっている。


 紅葉はなくなり緑の葉が木々から生え、見もしなかった蝶などが舞い踊っている。

 太陽はないが周りは白く光り、まるで昼の様な明るさで、心地のよい幻想的な空間が広がっていた。


「どこだ、ここ」

霊の聖域アーカディアですよー」


 素直な疑問が口から漏れ、それをクィが拾い上げる。

 俺は幼女の方を見つめて訝しげな表情を浮かべた。


「お前が連れてきてくれたのか」

「王子様がなんとかしろっていうから、あの影が入れない場所に来たのですよー。

 ここはですねークィみたいな精霊とか、さっきのエルフとかしか入ることのできない、聖域なのです」

「聖域……こんな場所に俺たちを連れてきてもいいのか」

「導くのは自由なのですよ」


 つまり、本来は精霊やエルフしか入れないが、それらの手を借りれば他の者も入れるというわけだ。


「あれ、それじゃあツムギ様、エルフの人たちも来てしまうのでは……?」

「だろうな……だが、マスグレイブよりはましだ」


 マスグレイブとエルフを同時に相手しろと言われたら大問題だが、エルフというだけなら対策のしようがある。


「どうやらあのエルフたちは、この幼女がお目当てらしい」


 そう言って立ち上がった俺は、クィの頭に手を乗せる。

「えへへー」じゃないわボケ。お前のせいで散々な目に遭ったわ。


「とりあえずここに転がっていても仕方ない。

 どこか落ち着いて話せる場所はないか?」

「ありますよ、ついてくるのですー」


 クィは俺の右手を取ると、そのまま森の奥へと引っ張っていく。

 慌てた様子で、オウカも俺の左手を握り締めた。

 両手に花、とはちょっと言い難い。


***


「おお、これはまた……」


 ついた場所は巨樹の根本。安易に巨樹とは言うが、幹の太さは元の世界の一軒家が入るんじゃないかってくらい幅がある。

 そんな巨樹の真ん中には、リスの巣のように穴がぽっかりと開いていた。元が大きいだけに、リスの巣みたいにみえるが、穴の大きさも人が数人入って過ごせるレベルだ。


 クィに連れられて穴の中に入る。

 何故か穴の中も明るくなっていて、桃色の鏡台や桃色のベッドが置かれていた。桃色尽くしだな。

 そんな見た目なので、ここがクィの住処であることは容易に確信できた。


「じゃーん、ここがクィのお部屋なのですよー」

「ああ……そうだろうな」

「ささ、こちらに座ってください」


 クィが端におかれた椅子をテーブル前まで引きずってくる。

 持ってきたのは一つだったので、俺はオウカの方を見るが、彼女が首を横に振ったので俺が座る。オウカはその後ろに立った。


「さて、なにから聞こうか……」


 目まぐるしい状況変化についていけてない思考をなんとか整理しつつ、目の前の大精霊に聞くことを俺は考え始めた。

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