第372話 かわいい子はオナラしない

 原初の大精霊クィ。

 随分前だが、投星祭の準備で山に登ったときに一度遭遇している。


「どうして王子様がここにいるんですかー?」

「……それはこっちのセリフだよ」


 強張ったままの顔の口角を無理やり上げる。自分が緊張しているのを自覚しながら、思考をフル回転させて状況打破を探る。


 しかし、


「でもでもー、会えたのでよかったですー!」


 音もなくクィが俺に抱きつく。この動きに前回も今回も俺は反応出来なかった。


「むっ」


 なぜか唇を尖らせたような声を出したのはオウカだった。

 しかしそんなこともお構いなしに、目の前の幼女は俺の身体に顔を擦りつけてくる。


「なんだかリーちゃんの匂いもありますねー?

 もしかしてリーちゃんの魂を貰いましたか?」

「……そういうの、わかるんだな」

「アレを使ったら、ここに戻りますからねー。

 それで王子様はいるんですねー」


 リーのことを思い出して、自身の感情に冷静さが戻っていく。

 産んだなどと豪語する幼女はそんなこと気にしている欠片もないが。


 いや、いまは思い返している場合じゃない。

 目の前の現実を考えろ。

 どうやら、俺たちがこの森にいるのはリーの魔法による結果みたいだ。

 それでもって、クィには敵対する気はないらしい。まあ、最初から人のことを王子様とか言ってるから当然なのかもしれないが。だが過去の経験が警戒心を生んでしまう。


 俺は目配せで大丈夫だとオウカに伝えつつ、クィに問いかける。


「ここは、焔の森でいいのか?」

「そうですよー。昔は精霊がいっぱいいたんですけどー、

 いまは――

「なり、そこない……?」

「ほらー、いまそこにいるエルフですよー」


 クィが俺の腹部に埋めていた顔を上げて、後ろを指差す。

 そこに気配は全く感じなかった。しかし振り返ると、


「そこまでです」


 青い矢をこちらに向けたエルフがいた。

 一人、だけじゃない。見渡せば、他のエルフにも囲まれている。

 緑の服に、金色の髪と細長い耳はイメージ通りそのものだ。

 おかしな場所があるとすれば、俺たちに言葉を投げたエルフはツインテールだし、他のエルフもそれぞれ髪型が違う。そして全員女。

 しまいには、青い瞳ときやがった。

 いつの間に……囲まれたんだ。


「んもー、感動の再開を邪魔するなんて」

「なにを言っているんですか。

 その人類から離れて、こちらに戻ってきてください――


 エルフがそう告げた時だった。


『大精霊、だと?

 それが、大精霊か!』


 どこからともなく、低い声が響き、同時にボフンと何かが破裂するような音がした。

 音のした方に全員が視線を向ける。そこにはオウカがいて、制服のスカートがゆらりと揺れているが、彼女がぶんぶんと顔を横に振っていた。

 まさかこんなタイミングで放屁、なんて阿呆な解には辿りつかない。かわいい子はオナラしない。


 注視すべきは、彼女の後ろで蠢くだ。


「ご、ごめんなさいツムギ様……」


 彼女の儚い声を掻き消すように影が一瞬大きくなり、すぐに縮むと、なんとオウカの姿になった。


「驚く諸君に教えてしんぜよう。

 魔の頂に立つ十の竜が一頭。

 影の捕食者、マスグレイブ・ターフェアイト・ドラゴンである!

 大精霊の力、喰らわせてもらうぞ!」

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