第371話 茂みの中から


***


 とある洞窟の中で二匹のエルフが向かい合っていた。

 どちらも緑色のワンピースのような服を着た人類的な姿をしており、体格と胸元の膨らみから女性的作りであることが伺える。


 似たような姿に顔立ちをしているが、明確な違いといえば金髪の髪型だろう。

 入口より奥にいるエルフはポニーテール。彼女は大量の木の枝を編んで作ったのであろう椅子に座り、手前のエルフを睨みつける。

 睨まれたまま頭を垂れて黙っているエルフはツインテールだ。身長も、椅子に座っているエルフより一回り小さいか。


「まさか逃げられるとは……」


 椅子に座っていたエルフが神妙な面持ちで呟く。


「ごめんなさい」


 ツインテールのエルフが謝罪の言葉を述べた。幼そうな声だが、そこには悔しさが入り交じっているように思える。


「相手も必死なのですから仕方ありません。見ていましたがそれなりの実力もあるのでしょう。

 本来なら放っておいてもいいのですが、いまはあの方も戻ってきています。今後は二名を捜索しつつ、あの方に近付けないよう警戒を怠らないように」

「はい」


 ツインテールのエルフは立ち上がり一度頭を下げてから洞窟を出る。

 月は既に遠く、暗い森の中は静寂を保っていた。


「あの、女の子……」


 エルフが思い返しているのは、人類らしき男と一緒にいた亜人。

 その姿が珍しいものであることに気づき、そして、


「あの、青い眼」


 自身の目元を撫でながら、その青い瞳には明確な怨念が宿っていた。


「かならず、見つけるッ!」

「大変です!」


 ツインテールのエルフがいきこんでいたところに、今度はサイドテールのエルフが慌てた様子でやってきた。


「なに? あの方から離れないで」

「いえ、その、あの方が」

「警戒を高める。人を増やして、それから――」

「あの方が、いなくなりました!!」


 サイドテールエルフが大きな声でそう報告すると、ツインテールエルフは「そんな大きな声出せたの?」と驚いた様子で目を見開き、そしてその内容に表情を青ざめた。


「――き、きんきゅーしょうしゅーッ!」


***


「……」


 水中から顔を半分だけ覗かせた俺は周囲の様子を伺う。

 特に変わりのない森の中だが、先程まで追ってきていたエルフの気配はない。

 安全を確認したところで、川辺にオウカと二人で這い出た。


「ケホケホッ……どこまで、来たんでしょう」

「さあな。少なくとも焔の森を抜け出してはいなさそうだ」


 少し水を飲んでしまったのか、咳込むオウカの背中を撫でる。

 一面木々の風景は変わりない。時間もまだ真夜中で星の明かりが紅葉をわずかに照らしていた。


 俺たちは滝壺へ落ちたあと、流されるままに下流へと進んだ。

 すぐ周辺に出たのではエルフたちに見つかりかねない。滝の裏に洞窟でもあればよかったが、落ちる時にはそんなものは見えなかった。やはりこういうのは都合よくあるものじゃない。


「しかし下っていったことくらいはあっちも承知だろう。

 すぐに追っ手が来るはずだ」


 濡れた服を風魔法ですぐに乾かそうと上着を脱いでいると、


 ――カサッ


 と、目の前の茂みが揺れた。

 敵!? 隠れていたのか?

 まったく気づかなかった。


 俺とオウカが最大限警戒を高めると同時に、茂みの中からその正体が姿を現した。


 ――金色の長い髪に、桃色のシャツを着た、目を閉じた幼き少女。


「はぁう、やっぱり王子様の匂い!」

「く、クィ!?」


 どうしてここに、原初の大精霊がいるんだ。

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