第六章 この異世界で
蘇生(教会らしき建物)
第366話 棺の中
――深い。
ただ暗く、冷たく。
深海を思わせる感覚が神経を撫でていく。
いつ間違えただろうか。
そもそも選択なんてしただろうか。
終わりの見えない闇の中を、俺はさまよい続けるのだろうか。
『大丈夫ですよ』
声がした。
静謐で、感情を見せない、透き通るような声。
『ツムギ、あなたをここで終わらせたりはしません』
「……リー」
『吾の主はツムギです。
吾が守るべき存在です』
消えたはずの身体が、何かに包み込まれる。
温かくて優しい、心地のいい感覚だ。
『戦いの前、吾がツムギを抱きしめたことを覚えていますか?』
「ああ……補給とか言っていたな」
『実はあれは嘘です。
本当はあの時、ある魔法をツムギに掛けておきました』
「魔法……」
『精零よりも強力な名もなき精霊魔法
精霊が一度だけ使える、死からの再生ができる魔法です。
精霊は再構築できるので必要のない魔法だと思っていましたが、吾にもやっとその使い道が理解出来ました』
「そうだったのか」
『そうです。
だから、もうここに居てはいけません。
戻りなさい、ツムギの居るべき場所に』
「最後にひとつだけいいか」
『なんでしょう』
「……悪かったな、俺たちの戦いに巻き込んで」
『そんなことありません。短い間でしたが、吾はツムギとの時間がとても幸せでした。
長い時が経てば吾も身体を取り戻すでしょう。その頃にはもうツムギもオウカもいないでしょうが……それでも、吾はこの思い出を忘れることはありません。
だから、悪かったなんて言わないでください』
「そう、だな……ああ、リー。
ありがとう」
***
意識がふっと何かに張り付いたように、俺はあっさりと目を覚ました。
微睡みも気だるさもない。
身体を起こして周囲を見る。
「なんだ……ここ」
教会の中のような場所だった。
天井はいくつも穴が空いて薄明かりが差し込み、奥に見えるステンドグラスは割れている。
壁の所々に綻びがあり、空気は全体的に埃っぽいから、それだけでここが何年も使われていない場所だと理解出来る。
しかし、それ以上に驚いたのは、
「棺……か」
教会の中には黒い棺が乱雑にいくつも置かれていた。
見れば自分も棺の中で、
足元には――――オウカが眠っていた。
「オウカ……」
白い髪に、尾が一つ。ここまでの出来事が事実であると囁くようだった。
俺はその小さな頭を撫でる。
柔らかい耳のラインをなぞっていると、ぴくりと反応した。
「ん……?」
起き上がるオウカを見ながら、俺は途端に不安を覚える。
もしかしたら、また記憶を失っているかもしれない。
そんなことになれば……。
しかしそれは杞憂に終わった。
「ツムギ……様」
「……よかった」
安堵が一気に押し寄せてきて、俺は思わずオウカを抱きしめる。
「ツムギ様……よかった、生きてる。生きてます」
オウカが嗚咽を漏らすが、それもほんの少しの間だけだった。
「でも、どうして……私たち、魔族の攻撃を受けたはずなのに」
「リーが布石を打っといてくれたんだ」
「そう、だったんですか……リーさん」
オウカが少し寂しそうな表情を浮かべながら、俺の腹部を撫でる。
よく見れば、俺は傷が全部なくなっている。服とかはボロボロのままだ。
対してオウカは戦った時のままで、傷もあるし服も汚れていた。
その横には虧喰らいが転がっている。
「よかったです、傷が治っていて。
でも、リーさんがツムギ様を助けるのは分かりますが、どうして私まで無事なんでしょう」
「この状況から見る限り……俺の所有物として扱われたものが一緒に移動したっぽいな」
「え、じゃあ」
「オウカは奴隷だから、俺の所有物として扱われたんだな」
「……」
ぎゅっと、オウカの拳に力が入る。
「私、奴隷でよかったと思えたのは初めてです」
今までは思ってなかったんかい。
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