第365話 終焉

 オールゼロが俺とオウカを見下ろす。

 フードの奥の闇から、その感情を窺い知ることはできない。


「させないッ!」

「ダメ、光本!

 紡車たちを盾にされてる」

「くっ……!」


 光本が動こうとしたのを両木が止める。

 オールゼロと光本の間に倒れた俺とオウカがいる。

 俺たちを盾にすること狙ってこの位置に来たのだ。

 邪魔なく、確実に俺たちを殺すために。


「言ったであろう? 君は必ず殺すと」


 オールゼロの握っていたかけ喰らいが振り上げられた。


 ――ああ、これで本当に。


「だめぇぇえええ!」


 オウカの背中が俺の目に映る。

 その光景に、俺の思考が何かを取り戻した。


 ――ダメだ。

 目の前で、オウカが殺されそうになっているぞ。

 俺を庇って。

 もう終わる俺の為に。


「なら、君から死ぬといい」


 剣先がオウカに向かう。


 ――ふざけるな。


 そんなこと――


「させるかああああああああぁぁぁッ!!」


 穴の空いた身体を無理やり起こして、オウカの前に立つ。

 同時に――俺の心臓を黒い剣が貫いた。


「……ぅ」

「つ、ツムギ、さ」


 俺は自分に刺さった虧喰らいの剣身を握りしめる。

 手のひらに食い込む痛み。

 まだ、生きている。


 考えてみろ。

 もしここで俺だけ死んで。

 そのあとオウカがどうなるか。

 オールゼロはオウカのことも必ず殺しにくるだろう。

 俺が一人勝手に満足して死んでも、彼女だけは戦い続けなければいけなくなる。


 それじゃあ意味が無いんだ。


 オウカは世界に嫌われている。

 だが、オウカが笑って過ごせるようじゃなきゃ意味が無い。


 そのためにも、


「お前だけはぁあああああ!!」


 命尽きる前に。

 心を殺せ!


「絆喰らいッ!」

「愚かな。脳喰らい」


 俺の黒い影が伸び、オールゼロからは赤い影が伸びる。


「君のアビリティと我のアビリティはともに神へ至る力。

 故に互いの攻撃は通らない。しかしそれで十分」

「知るか――――ッ!」


 絆喰らいが――脳喰らいを突き破った。


「なっ」


 そのままオールゼロの心臓部へ突き刺さる。

 奴から焦りの声が漏れた。

 だがこいつは人形だ。


「全部、喰らえッ!」

「こ、これは!?」


 影の前の空間が歪み、絆喰らいが入り込んでいく。


「次元を超えて、我を喰らうというのか!」

「オールゼロぉおおおおおおお!」


 もう少し、あと少しで。


「やはり君はだ。

 この世界に必要のない存在だ!」


 オールゼロが虧喰らいから手を離して右腕をあげた。

 魔法がくる。

 その前に――


「殺すッ!」

「塵芥となって消えろ!」

「ツムギ様!」


 オウカが俺にしがみついた。

 俺は、お前を守りたい。

 お前が、普通の女の子として生きていける世界を。


「喰らえよぉぉおおおおお!」





















 絆喰らいがなにかに触れた。








 が、


「アビリティ――終焉パンドラ


 オールゼロの魔法が発動する。

 視界が闇に覆われ――


 俺も、オウカも。

 この身と精神が、世界から消える感覚だった。














***


 一瞬であった。

 光本が目にした光景は。

 紡車紡希という男の勇姿は。

 オールゼロの放ったアビリティは黒い球体を生み出し、巻き込まれたすべてが呑み込まれて消えた。


「……」


 オールゼロが黙り込んだままその場に立ち尽くす。

 残されているのはツムギの血溜まり。

 その身も、刺さっていた黒の剣も、一緒にいた妖狐族も。

 まるで存在していなかったように、無くなったのである。


「あ……あ」


 言葉が出ない。

 光本は肺の中の息をわずかに洩らしながら、唇を震わせていた。


「つ、む、が」


 やっと吐き出した言葉。

 しかしその名の人間はもういない。


「興醒めだな」


 そう呟いたのはオールゼロだった。


「ともあれ……目的は達せられた。

 物語の準備は整った」


 四肢が砂となって消え、最初に現れた時と同じ、擦れたローブ姿に戻る。


「ここに勇者が誕生した。

 ならば相対する存在もまた、ここに誕生する。

 宣言しよう――我が魔王となる」

「オール……ゼロッ!」


 ざわつく勇者候補たち。

 ただ一人、光本は瞳に怒りの感情を灯し、握っていたから喰らいを突きだした。


「お前だけはッ!」

「魔王と勇者が折角そろったのだから、舞台は変えるべきだ」


 オールゼロが答えると、その周囲が黒い炎に包まれる。


「君たちは元の世界に戻りたいのだろう?

 ならばその方法を教えてあげよう」

「なんだと!?」

「東にあるほむらの森に来い。

 そこには別の世界とつながる魔道具がある。

 我も、攫った王女もそこで待つ。

 もし我を倒すことができれば、君たちは元の世界へ帰れるだろう」


 オールゼロの姿が炎に飲まれる。


『待っているぞ、勇者よ』


 最後に声だけが響き渡り、学院には静けさだけが残された。


「……紡車くん」


 光本は空を見上げる。


 勇者になったという実感は光本になかった。

 それよりも、この世界に召喚されてから目的としていた魔王復活が阻止できなかったこと。

 そして、クラスメイトを一人失ってしまったこと。

 己の無力さに叫びたくなるほどであった。


 それを我慢して、唇を震わせながら大きく呼吸をする


 ――これから、自分たちにできること。


 オールゼロを、魔王を倒す。


「――みんな、行こう」


 勇者としての、確かな意思を心に打ちつけて。

 



 第五章 了

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