第364話 勇者の誕生

「ごめん。僕のアビリティで時を戻せればよかったんだけど、これは僕に危険が及ばないと発動できない条件なんだ」

「ああ……それで、全然動いてなかった、のか」


 条件がわかっているなら、むしろどんどん動いて条件を整えるべきだろうと、攻撃を受ける前なら言っていただろうが。

 いまはもう、なんかどうでもいいや。

 傷が癒えないから、じわりじわりと己の体力が削られていくのを感じる。


「戦う、なら、気を付けろよ。

 あれは、ただの……器だ」


 以前王都で襲撃にあった時、相手が魔道具を使っていた。

 そのあと俺も使ったのでよく覚えている。魔力を流して自在に動かせる人形だ。相当の魔力量と、コントロールを持っていれば安全な場所で戦える代物。

 攻撃を受けれるようにした? ふざけるな、人形に当てても意味がない。

 結局最初から手のひらで踊ってたわけだ。


 ああ、でも。

 オウカが無事で、本当によかった。

 オウカに何も無ければ、それでいい。


 これ以上、オウカを巻き込まないように。


 ここで、終わらせてくれ。


「任せたぞ」

「――ああッ」


 光本が俺の手から虚喰らいを拾い上げて握りしめる。

 すると――空気が一瞬にして変わった。

 絶望とは真逆の、勇気に満ち溢れたような、暖かな魔力の気配。

 俺の傷が治ったわけでもないのに、肌から伝わる感覚が心地いい。


 何が……起きた。


 光本の気配が、溢れ出ている魔力がまるで違う。


「僕たちは必ず勝つ。

 オールゼロを倒し、魔王の復活を止め、平和な世界を築く。

 そして、帰るんだ。元の世界に!」


 光本の姿が消える。

 同時に、オールゼロの前で銀の剣を振り上げている姿が目に入った。


「ッ!」


 オールゼロが咄嗟に反応して黒の剣で受ける。


「君は、その気配――まさか」

「終わらせるッ!」


 剣身を滑らせ、さらなる追撃。オールゼロは防いでいるものの、押されているのか徐々に後ろに下がっている。


「みんな!」


 光本の掛け声とともに魔法が放たれる。


「させぬよ。

 アビリ――」

「読んでいるっ!」


 オールゼロが魔法を発動させるのと同時に、いやアビリティで時間を戻したのであろう光本が先に火魔法を放った。

 オールゼロが燃え、次々にクラスメイト魔法がぶつけられていく。

 相互干渉によって大きな爆破が起きた。


「これでも、ダメなのか」

「当然だな」


 その中ににオールゼロの姿はなく、声は空から聞こえた。


「くく、ついに、ついに来てくれたか」


 空中に浮かんだオールゼロは、小さく笑い、そして光本へ顔を向けた。


「君の名は?」

「……コウキだ」

「よかろう、コウキ。

 我は君を歓迎する」

「歓迎、だって?」


 オールゼロの言葉に、光本は訝しげな表情を浮かべた。

 それでも、奴は言葉を続ける。


「分からないか? この魔力の気配を。

 他の誰とも違う、選ばれた者だけが覚醒したときのものだ」

「それって」


 何かに気付いた両木が目を白く光らせて光本を見た。

 彼女のアビリティ、六眼エーデルアイズであれば、本来見えないはずのクラスメイトのステータスも見える。


 ああ、なるほど。そういうことか。

 ここでやっと、目覚めたわけだ。


「おめでとう、候補諸君。

 君たちは役割を果たし、いまここに――勇者が誕生した!」


 そう、俺たちの本来の目的。魔族に立ち向かうための最後の希望。

 勇者の誕生、ついにそれが果たされた。


 故に。


 そんな声と共に、オールゼロの姿が消える。

 光本が警戒を高めたが、再び奴が現れたのは――


 俺とオウカの後ろだった。


「妖狐族と孤独なる少年は、この世界に必要ない」

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