第362話 隙

 オウカが魔剣を生み出したのは、赤竜ベリルと対決した時だ。

 その時、魔剣が二本存在している話は確かにあった。だが、そのどちらもオールゼロが持っているなんて思いもしなかった。


「この魔剣は君の主人同様の力を持つ。

 洗練されていないその魔力の塊でどうにかしきれるかな?」

「……」


 戦況は、圧倒的不利。

 ダメージが通るようにしたなんて言われても、攻撃自体がまともに通らないのでは意味が無い。

 その上で魔剣だ。魔剣に対抗できるのは魔剣しかない。

 この状況で戦えるのは、オウカのみ。


「放て!」


 その時、後ろから声が響いた。

 同時に俺の上を幾多の魔法が通過してオールゼロへと向かっていく。

 しかし奴が黒い剣を振り払うと、魔法は壁にでもぶつかった様に消失していった。


「なんの真似だ?」


 オールゼロが疑問を投げかけたのは、もちろん魔法を放った一群――勇者候補クラスメイトたち。


「戦うことを、選んだまでだ」


 光本が答える。


 この受け答えは数秒程度。

 しかしそれは間違いなくオールゼロに隙を生んだ。


「―――――ッ!」


 静かに風を斬る音。

 俺とオールゼロがそれに気づいた時には、銀の剣を握っていた黒い腕が宙を舞う。

 一言の会話が生み出した隙をオウカは逃さなかった。


 さらに追撃の魔剣が振られるが、次はもう片方の黒い剣で防がれる。

 しかしオウカは二本。今度は一本で対抗したオールゼロの身体が吹き飛んで、崩壊した壁から建物の外まで飛んでいった。


 オウカがそれを追いかける。


「僕たちも行くぞ!」


 後ろでクラスメイトの覇気のある声が聞こえた。

 誰が発破をかけたか知らないが、どうやらあいつらも覚悟を決めたらしい。

 しかし状況が不利なままでは――


 そこではたと気づく。

 目の前に、銀の剣――から喰らいが落ちていることに。

 いまオールゼロの握っているのはかけ喰らいのみ。


 俺は起き上がって虚喰らいを手にした。

 ずっしりとした重み。今まで使っていた剣が玩具だったのかと疑うほどに。

 しかし振るうことはできる。

 十分、戦える。


 これなら、戦況を変えられるかもしれない。


 駆け出して屋外へと出る。

 そこでは既にオウカとオールゼロの攻防が繰り広げられていた。


「やぁッ!」

「ふんっ!」


 二本の魔剣をオウカが振り下ろし、オールゼロが剣身で受け止めるが、その衝撃で地面が盛大に砕ける。

 この勢いのままであれば結界も壊せるかもしれない。

 だがそうなった場合、ゾ・ルーの魔法が解けた生徒や冒険者たちはどうなるのか。

 それに、街の中では騎士団や魔法師団がモンスターと戦っているはず。


 オールゼロはどこまで想定して動いている?

 相手の思惑に乗せられたらお終いだ。


「なら、ここで!」


 攻防を繰り広げる二人に接近する。


 二人の剣戟はオウカが少しばかり押しているように思える。

 ちらりと、オウカの視線が俺を見た。

 それで十分どうするか理解した。


 オウカが一旦後方へ下がり、


「秘技――十六夜散華ナタシュバラ


 視界が闇に覆われ、青い一閃が奔る。


「受けるとでも?」


 オールゼロの嗤う声が聞こえた。

 そこだ。


 魔剣と魔剣がぶつかり合う音。

 それを正確に捉えて――虚喰らいを刺し込んだ。


「――ぶぐっ」


 吐血の声と滴る血の音。

 闇が晴れる。


 オールゼロの黒いフードがこちらを見ていた。

 その手に握られた虧喰らいは――


「なっ……!」

「その程度の動き、見えていた」


 俺の腹部を貫いていた。

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